第1話 赤羽春乃は生きる理由を与える







 ワタシは、親友カップルの記念日を祝うために電車で彼等の家に向かっている。


 親友カップルは同棲しているし、大学を卒業したら直ぐ結婚しそうだ。




「ワタシたちも、何かが違えば二人のようになれていたのかな」




 ワタシは、隣にいる人にしか聴こえないような声で呟く。




 いつもなら直ぐ隣にいた人は、もういない。




 答えてくれるはずの人は、もういない。





♢♢♢





 親友の家の最寄駅からは、当然ながら徒歩で向かうことになる。


 途中でコンビニにでも寄ってお菓子でも買って行こうかと思いつつ、歩き続けていると―――




「ねえお姉さん、いまひとり〜?」




 ナンパ男に絡まれた。


 こういう類の連中は、無視するに限る。




「ねえ無視しないでよ〜。ひとりなら俺と遊ばない?」




 そう言いつつも、男はワタシの行き先に回り込みダル絡みしてくる。


 どうしようかな………?


 ここまで強引だと、面倒くさい。


 いっそ、対話で引いてもらえる可能性にかけようか―――



 そんなことを考えていると、後ろから聞いたことのある声がする。




「なにしてるんですか? この子、今俺と遊んでるんでナンパならやめてもらえます?」




 その声の主は、今から向かう家の家主のものだった。


 声が出そうになったが、寸のところで止めることが出来た。




「あ、すみません。彼氏さんがいたって知らなくて。それじゃあ…………(チッ、可愛い子だったのに)」




 聞こえてるのだけど………。


 ワタシは、助けてくれた親友の彼氏―――青木 幸樹くんにお礼を言う。


 彼は、親友と同じく高校からの同級生だ。




「すみません、ありがとうございました」




 ワタシが頭を下げると、幸樹くんは快活に笑う。




「友人として、当然のことをしたまでだよ」


「でも、なんでこんなところに?」


「美来ちゃんがお祝いに来てくれるって言うし、コンビニにお菓子を買いに来たんだ」


「それ、お祝いするワタシがすることじゃないですか?」


「家に人が来るんだ。おもてなししないとだろ」


「………あとでお代は払うからね」


「だいじょーぶ、だいじょーぶ」




 なら、ケチな親友に払っておこう。


 ワタシはそう思いつつ、幸樹くんと共に二人の家へと向かうのだった。






♢♢♢






 二人の家は、大学生二人が住むにしては狭めのアパートだった。


 結婚したときに大きい家に住めるよう、お金を貯めているんだそうだ。




「ただいま〜」


「お邪魔します」


「おー! きかたきたか!!」




 そう言って家の奥から出てくるのは、ワタシの親友―――赤羽 春乃だ。


 いつみても美人、というか美少女である。


 そんな二人にリビングに案内されたワタシは、二人にお祝いの言葉を贈る。




「春乃、幸樹くん、9周年おめでとう」


「ありがと〜!」


「ありがとな!」




 二人はとても幸せそうな笑みを浮かべる。


 とても羨ましくて、ワタシが二度と浮かべることはないであろう笑顔だ。




♢♢♢




 二人と談笑していると、窓の外は暗くなっていた。


 今が冬というのもあるが、楽しい時間が経つのはとても早い。




「それじゃあ、ワタシはそろそろ帰るね」


「うん、またいつでも遊びにおいでよ〜!」


「おう! いつでも来いよ!」




 そう言って笑う二人に、ワタシは精一杯の笑顔を浮かべて―――




「うん、また来るね」







♢♢♢







 私―――赤羽春乃は、扉が閉まったことを確認すると隣にいる幸樹に話しかける。




「あのさ………やっぱ、みくみく変だったよね?」


「そうだな。いつもは言っていた彼氏自慢も、俺たちを羨ましがる言葉もなかった」




 私が違和感を感じたのは別の部分だったが、思い返してみれば確かにそうだった。




「前者はともかく、彼氏がいないときも言ってた後者はおかしいよね。なりよりさ―――」




 私が感じた違和感。それは―――




「―――みくみく、一回も笑わなかった」


「…………」




 みくみくは、よく笑う子だった。


 最愛の彼氏いるときも、いないときも。


 些細なことで笑っていたし、大して面白くもない冗談でも笑っていた。


 そんなみくみくが一度も笑わなかった。


 それは、親友の春乃にとってとてつもなく大きく、衝撃的で、悲しいことだった。




「やっぱり、恭弥くんが死んじゃったからかな………」


「そりゃそうだろうな。あんなに惚れてた―――傍目から見ても深く愛してることが分かるくらい愛していた彼氏を失ったんだから」




 問いかける形にしたものの、私は確信していた。


 それは、幸樹も同じようだった。




「俺は、春乃を失うことが考えられない。けど、美来は失ったんだ」


「そう、だね………」




 みくみくは、人の気持ちに鈍感な私から見ても危なっかしく、儚げな空気を纏っていた。




「ねえ、私はどうしたらいいと思う………?」




 私の問いに、幸樹は少し悩んだそぶりを見せる。


 それでも、直ぐに答えてくれた。



「俺らに出来ることは、精一杯寄り添うことと、を作ってやるくらいだ」


「そうだよね………。じゃあ、みくみくにLINEしとくね」


「なにを連絡するんだ?」


「明日、すずちゃんたち記念日でしょ? だから祝ってあげてねって。私に出来ることは、それくらいだから」




 私は、一度息を吐いてから言葉を続ける。




「それに、すずちゃんは変わった価値観持ってるし、何か変えてくれるかもしれないでしょ?」


「まあ確かに………独特な価値観だわな」




 私は、自分に出来る精一杯を。




 私は、彼女が生きる理由を作るために文章を打つのだった。







――― ――― ――― ――― ―――

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