【対峙】



 それは、川沿いを歩いていた時だった。


 静かに雪降る水面に、映る満月に魅入られていたとき。


「ぐぁあぁあっ!」


 誘拐犯が、叫びを上げて倒れ込んだ。

 彼は背中から弓矢を受けて、血を流しながら、倒れ込んだ。

 来た。来た! 助けが来た!

 誰かが私を助けに来たのだ!


「お嬢様! 大丈夫ですか!」


 続けて、背中から聞こえる頼もしい声。


 私は、その声に安心して、

 一気に涙が溢れ出した。


「カシュー!! 」


 私は、フラフラと立ち上がった。

 やっぱり、カシューは私の騎士様だ。

 騎士団長カシュー。

 我が国の精鋭騎士のなかの頂点。

 騎士のなかの騎士。

 そして、私の大好きな男の子だった。


「お嬢様っ、ご無事で何よりですっ!」


 助けに来たのは、カシューたった一人らしい。

 しかし、問題はない。

 彼は最強の騎士なのだ。


「お嬢様、だなんて言わないでっ! 

 今夜だけは、私を女の子の名前で呼んでよぉっ!」


 私は、たまらず叫んだ。

 私は、彼に、どうしようもなく恋していた。

 本当なら、クリスマスの夜も互いの立場なんて捨てて、カシューと二人きりで過ごしたいと思っていたのだ。

 雪景色のなか。

 私を助けに来たカシューは、まさに白馬の王子様であった。


 私とカシューが、抱き合う刹那。


「行くな逃げろっ! 

 カシューは、お前を殺そうとしているんだっ!」


 誘拐犯さんの叫び声を、私は信じた訳ではなかった。

 ただ、体が反応した。

 私の足は、地面を蹴って、

 私は無意識に、後ろに飛んで逃げていたのだ。

 

 そして、私のいた場所を、カシューの剣がビュンと過ぎた。


 え?

 カシューが、私に、剣を振った?


「ほう? 貴様、いったい誰から聞いたのだ?」


 カシューは低い声で、誘拐犯へと尋ね返した。


「……間抜けなお前の口からだよ。騎士団長カシューさま。

 『クリスマスイブの夜、お嬢様暗殺計画をする』って、

 王宮地下の武器倉庫でな」


「まさか! あの時聞かれていたとは…… 

 国王様ですら知らない王宮地下を、なぜ貴様が知っている?」


 カシューは、目を見開いて驚愕していた。


「はっ、忍者を舐めんじゃねぇ。

 ……早く逃げろお嬢様っ! 分かっただろ?

 お前は国から命を狙われてんだよ!」


「っ……!」


 分からない。

 何にも分からなかった。

 一体なにが起こっているのか?

 どうしてカシューは、私に剣を向けているの?


 私は、急いで後ずさった。

 それを追いかけるように、カシューは逃げる私に迫ってくる。


 



「うぉぉぉおおおっ!!」


 誘拐犯さんは、背中に背負った袋の中から筒を取り出し、カシューに向けた。

 銃だ。


「バンッ!」


 放たれる閃光と、飛び出す弾丸。

 しかしカシューはそれを涼しい顔で、

 下から上へと斬り飛ばした。


 バゴォォオォォォォ!!


 直後、真上でで火薬が激しく爆ぜて、数歩先すら見えなかった暗闇は弾け飛んだ。

 爆発の閃光で視界が奪われる。

 私の周囲は、まるで昼間のような明るさ包まれた。


「……ふははっ! お嬢様ごと爆殺する気か? 忍者如きの雑魚めが!」


 騎士カシューは、邪悪な笑みで、今にも私の背後へと迫っていた。


「……違うな。死ぬのはお前だけだ、カシュー!」


 ビュン!


 風が鋭く、切り裂かれるような音がした。


「グッハァァァアアアッ!!」


 カシューは、苦痛の悲鳴を上げた。

 振り返ると、カシューの身体からは、激しく赤い血が吹き出している。

 三本の矢だった。

 カシューの胴体と喉と太ももには、三本の矢が、深々と突き刺さっていたのだ。


「ぐぅぅぅぅ……」


 カシューが苦悶の表情で倒れ込むのを、私はただ呆然と眺めていた。

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