【交渉】
見知らぬ森のなか。
私は誘拐犯と二人きりで、小さな焚き火を囲んでいた。
「水、飲みなよ。お嬢様」
誘拐犯は、水の入った容器を、うずくまった私の口元へと近づけていた。
「いらない。喉、乾いてない」
私は疲れた声で言った。
「……私を誘拐して、どうする気なの?」
「君とデートがしたかったんだ」
「はぁ?」
誘拐犯は、無邪気な笑顔で言った。
みすぼらしい格好をしている。年は私と同じくらいだろうか?
「はぐらかさないで、誰かにお金で頼まれたんでしょう?」
「違うよ、純粋に君に一目惚れしたんだ」
「チッ」
私は、イライラのあまり舌打ちを決めた。
なんだ?コイツはバカなのか?
これが演技なら大したものだ。ここまで人をイラつかれるなんて。
「まさか! 本気で私の身体が目的ってこと? クリスマスイブに寂しい童貞男が、お嬢様さらって慰めてもらおうと?」
「まさか、無理強いはしないよ。僕はただ、君とこの夜を過ごしたかったんだ」
「はぁ? きも、気持ち悪ぅっ! なに紳士ぶってるのよ。誘拐犯のくせにっ!」
「あ、ははは、確かにそうだな」
誘拐犯は、白い歯を見せてクスクスと笑った。
私は、彼の雰囲気とのギャップに頭がくらくらしてきていた。
彼が誘拐犯でなければ、間違って惚れてしまっているかもしれない。
あぁ、そうだった。彼はナイフを持った誘拐犯なのだ。
彼の雰囲気に呑まれて、私は強気でまくしたててしまっていたけれど。
「お願い。私を家に帰して」
「それはできない相談だな」
彼はキッパリと断った。
「ついてこい。今夜のうちに国境を超えるんだ」
彼は、恐ろしい事を言った。
我が国の隣国ということは、サカリーナ共和国へ向かうのだろうか?
敵国へと連れ去られれば、我が国も容易に手出しができなくなるだろう。
彼は焚き火を松明に移すと、丁寧に痕跡を消していた。
「…………」
私は、こっそりと、パジャマの綿を千切って、足元にポロポロと落としておいた。
今日の私の寝巻きは赤色。
雪と同じ白色じゃなくて本当に良かった。
小さい頃に読んだ、
『ヘンゼルとグレーテル』
という童話を参考にした知恵である。
我が国の優秀な騎士たちなら、
あの人なら、王国騎士団長のカシューならば、
私が残してきた痕跡を辿り、必ず追いついてくれると信じている。
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