第7話 パパの浮気者ぉ!
4姉妹は教室で自己紹介をして、始業式のため『第2北海道女子中学校の体育館』に移動した。
そこでは校長の話しが延々と続いていた。
「あーあー、なんで校長の話しって、こんなに長いんだろうね。これ、世の中の子供全員が思うよね?」
青子が前に並ぶ姉に言うと――
「そう? 私はそうは思わないわよ」
真琴が振り返り言った。
ぷくーっと頬をふくらませる。
「ぶぅー。まこ姉ぇなんて校長と結婚しちゃえっ」
「お、女でしょうが。それに、話しが好きなわけじゃないわよ。もっと他の事を考えているだけ」
「なに?」
「んー。夕飯の献立とか、それに明日の朝の献立とかかな」
「まこ姉ぇも、話し聞いてないじゃん。ってか、食べることしか考えてないし。ぼくよりタチ悪いよ」
「じゃあ、いまから考えることを放棄するわね。三食全部、野菜料理ね」
「ひぎゃあっ。堪忍してぇ」
いじわるな姉の笑顔に涙を浮かばせた。
「ふふふっ、冗談よ。それに校長先生の話しって、聞かなくても だいたいいつも一緒でしょ?」
「うわっ、言い切ったよ。まこ姉ぇ、悪い女だ」
「みんなの献立に比べれば、仕方ない犠牲よ」
真琴にとって校長の話しより、家族の献立のほうがずっと大事なものらしい。
青子は両手を構える。
「ぐぬぬっ。早く終われ~~終われ~~。呪いかけちゃるっ」
「やめなさいっ!」
姉のチョップが、頭にズンと落ち――
「あいてェ! そうだっ! こんなときは……」
何かをピーンと思いついた。
◆◆
――現在 田中家自宅では、いまだこの家の家主 田中 薫が自室で絵本の執筆活動にいそしんでいた。
薫の後ろからは じ~~~~っと、正座をする尾崎 まこからの粘りつくような熱視線が送られていた。
(ううっ……ずっといい知れぬ悪寒を感じるぅ……。ど、どうしよう……これじゃあ全然集中できないよぉ……。どうにか気を紛らわせる方法はないだろうか?)
苦悩する僕の頭の中に――
《パパっ!》
《あ、青子……》
次女からのテレパシーが届いた。
この力はテレパシーが使えない者でも僕限定で送ることができる。
条件は二つ。
一つは、『僕はこの力を持っていると認識し、この力について詳しく知っている事』
二つ目は、『僕と相手に強い信頼関係がある事』
この条件を満たしていれば どんなに離れていても、娘たちは僕にテレパシーを送ることができる。
そして僕からも、娘たちがどんなに離れていてもテレパシーを送ることができる。
《ねぇーパパぁ、聞いてよ聞いてよ!》
《なんだい、青子? 中学校で何かあったのかい?》
《うん、大事件っ! じつはね……》
娘たちに何かあったのかと思い、ゴクリとツバを飲み込んだ。
《校長の話し長い! というわけでパパ、退屈だからなんかして遊ぼっ》
心の中でズッコけた。
朝、できるだけ僕にテレパシーを送らないという約束はなんだったのだろうか?
たかが校長先生の話しで破られるほど簡単なモノだったのだろうか?
本気で僕は、青子の教育方針を間違ったと反省する。
《あ、青子、朝の約束は?》
《うん! できるだけ我慢したよ! でも もう無理! 遊ぼっ》
どうやら青子なりに我慢したらしい。
《じゃあパパ、しりとりしようよ。まずは、『校長ウザい』ね》
最初の言葉を決めて、しぶしぶと付き合う。
《じゃ、じゃあ……犬》
《ヌードル食べたい!》
《椅子》
《スイカ食べたい!》
《イカ》
《カップラーメン食べたい!》
《…………》
しばらく青子とテレパシーしりとりを続けていると――
「 先生ぇ 」
後ろから声がかけられ 振り向くと、いつのまにか尾崎さんがすぐ後ろに立っていた。
さきほどの告白のときとは違い、雰囲気はいたって真面目であった。
おそらく編集者として原稿の進み具合をチェックしに来たのだろう。
《お、尾崎さん、なんでしょうか?》
《へっ? 尾崎さん》
(し、しまったっ!)
後ろに立つ現実の尾崎さんにかける言葉を、テレパシー中の青子に聞かせてしまう。
《パパ……。尾崎さんって……もしかして、パパ。そこに尾崎さんがいるの? たしか今日って尾崎さんがくる日じゃなかったよね? どういうこと?》
何故か責めるような口調に戸惑った。
《い、いや、それには訳が……》
「先生ぇ、どうなんです原稿のほうは? よろしければお手伝いしましょうか?」
訳を言おうとしたとき、後ろからまた声をかけられた。
「え、え――っとぉー……」
内と外から言葉をかけられ混乱状態になってしまう。
《パパ! パパ! パパ! どういうこと? 説明してよ! ぼくを無視する気?》
さらに青子が責め立ててくる。
混乱した状態で口をパクパクと動かす。
「あっ、あっ、あっ、ちょ、ちょっと待って……青子……いま説明を……」
「えっ、青子? どういう意味ですか、先生ぇ?」
(ぎゃあっ! またッ!)
今度はテレパシーで聞かせる青子への言葉を、後ろの尾崎さんに聞かせてしまう。
《パパ!》 「先生!」 《パパ!》 「先生!」 《パパ!》 「先生!」
(~~~~~~~~~~~~ッッ!)
内と外から言葉責めにされて混乱状態を極める。こんな状態でまともに会話する事なんてできるわけがない。
(あううっ……だ、誰かぁ、助けてくれぇ~~~~)
助けを呼んだが、誰も来てくれなかった。
絵本の世界なら助けにきてくれるのに。
この現実世界を恨めしく思う。
《パパ、浮気でしょ?》
《へっ?》
突拍子のない青子の発言に心身が凍りつく。
(い、いきなり青子は、なにを言っているんだ?)
《決定ねっ! 決定よ、その反応! パパはぼくたちを捨てて、尾崎さんと一緒になる気なんだァー! みんなに言い付けてやるゥーっ!》
《 ええええええええええええッ! 》
(なんでそうなるの? 浮気とか捨てるとか意味がわからない! 僕はただ真面目に仕事をしていただけなのに、なんでこんなことになるんだ?)
あまりにもの精神的負担により、思考がパーンっとハジけ、同時に青子とのテレパシーが途切れた。この結果によりのちのち大変な事になることを予感させた。
「せ、先生ぇ……大丈夫ですか? 顔、青いですよ……」
心配そうに僕の顔をのぞき込んでいた。
頭が真っ白な状態で唇を動かス。
「大丈夫デス。僕ハ浮気ナンテシマセンカラ……」
「はい?」
まるでロボットのような口調で告げるとキョトンと首をかしげた。
今頃 青子はみんなに僕の浮気のことを話しているだろう。
浮気でもなんでもないのだが、本来いないはずの尾崎さんがここにいる時点で詳しく説明する必要がある。
これから僕へ、4人からの怒りのテレパシーが送られてくると思うとゾッとした。
「 ふぅ―――っ 」
「――ッ!」
尾崎さんに、耳の中に息を吹きかけられ、振り向くと、目の前にある彼女の唇が妖艶な笑みをツクる。
「うふふっ、先生ぇ。締め切りがもうすぐだからって、焦って緊張してますねぇ? それじゃあ良い作品は描けませんよぉ。その緊張……ほぐして差し上げます……」
「い、いえ、遠慮しておきます。本当に十分リラックスできていますから……」(こ、これ以上、彼女の好きにさせちゃダメだ……)
机の上にある、描きかけの絵本の原稿をのぞき込む。
「それにしても先生ぇ、あまり筆が進んでいないように見えますが……。本当にほぐさなくてよろしいんですか?」
「こ、これは、これから脳内で色々なことが起きそうなので、停滞しているだけで……」
娘たちのテレパシー攻撃という。
尾崎さんは、僕の邪魔にならないにようにと、少し離れた場所で正座をする。
「ふぅー……」
息を吐いて緊張した身体をほぐし、服の袖を巻くし上げる。
(さあっ! 気合い入れ直して描きあげちゃいますか!)
《パパ!》
《パパ!》
《パパ!》
《パパ!》
《イイィィッ!》
気合いを入れた直後、一番危惧していた娘たちからのテレパシー攻撃がきた。
しかも4人同時に。
複数人が同時に僕にテレパシーを送った場合、送った者同士が僕を介して会話する事ができるのだ。
《変態ッ! 変態ッ! 変態ッ! パパの変態ッ!》
三女 光が激昂した口調で罵ってきた。
《男の人って、おっぱいが 大きければそれでいいのォ? 変態ッ! 変態ッ! 変態ッ! 尾崎さんのおっぱいが大きいからって、それで籠絡されちゃったの? パパの変態ッ! 変態ッ! 変態ッ!》
《ろ、籠絡って、どこでそんな言葉を?》
《パパの変態ッ!》
どうやら僕の言葉は届いていないようである。
《パパ、エロっ》
四女 鳴から軽蔑のこもった言葉が送られてきた。
(な、なんで? 僕は無罪なのに? なんでこんな最低な浮気男みたいな扱いになっているんだ?)
あまりにもの理不尽さに涙が出そうになる。
《パパ……》
《ま、真琴!》
一言だけだが感じる威圧感は、他の姉妹を圧倒していた。
《パパは私たちに黙って、尾崎さんと何をしているの……ねぇ? 怒らないから言ってみて……ねぇ?》
優しく諭しているように聞こえるが、中身は怒っているように感じられた。
奥にぐつぐつ沸くマグマのように。
プレッシャーは離れた場所にいるというのに、まるで目の前にいるかのように錯覚させた。
《う、浮気なんてしてないよぉ! 信じてくれェ! これには訳が……》
《言い訳はいいから、本当のことを言いなさい、パパ!》
ピシャリと言い切られ続きの言葉を失った。
どうやら いつも冷静な真琴がかなり熱くなっているようだ。
これ以上弁明しても無駄、逆効果に終わりそうだがしない訳にもいかず、今日 尾崎さんがいる事情をこと細かくみんなに話した。
―――話し終えて、みんなは―――
―――わかった、信じる―――
そう言ってくれた。
(よかったぁ……信じてもらえた……)
安堵した直後――
《 《 《 《本当のところはどうなの、パパ?》 》 》 》
《 イイッ! 》
どうやら僕の言葉はあまり信じてもらえなかったようである。ぐすん。
(浮気しました、ごめんなさい。くらいしか言えないぞ、もうっ)
狼狽する僕へ、普段 妹たちを諭すような口調で――
《パパは日頃から言ってるよね? いい訳はよくないことだって。だから正直に話して……ねっ、怒るから》
《お、怒るのッ!》
結局、言っても言わなくても怒られる運命らしい。
いい訳はよくない事だが、相手のいい訳はちゃんと聞いてあげよう――と教えるべきだったと反省した。
(だったらもうっ、僕に言える言葉はコレしかないじゃないかァ!)
意を決してすべての想いを込めて叫ぶ。
《 君たちを愛してる! だから信じてくれ! 僕は浮気などしない、君たちに誓って! 》
まっさらな想いを彼女たちにぶつけた。
………………。
沈黙が流れ―――
《 《 《 《わかった》 》 》 》
4人はそう言ってくれた。
嬉しかった。やっぱり愛情は心を込めれば伝わると確信できた。
だが、伝わりすぎたらしい。
《じゃあパパは、この4人の中で 誰を一番愛してる?》
《 イイィッ! 》
青子からのとんでもない質問にうわずった声をあげた。
《ついでに、誰と一番デートしたい? あと、誰と一番ちゅーしたい?》
とんでもない質問の連続に放心状態になった。
どうやら愛情を込めすぎて何か勘違いしてしまったようだ。
この状況に耐えられず、情けなくも娘に助けを求めてしまう。
《ま、真琴……青子を止めてくれぇ……》
一緒にテレパシーを聞いているはずの姉の真琴なら、この状況をどうにかしてくれると思い助けを求めたが、返答は期待していたものとは真逆のモノだった。
《ダメ、パパ。ちゃんと答えて》
《 えええええええッ! 》 (何故ゆえ……? 今日は何かみんな変だぞ? 厄日か? いや、死日か?)
三女 光が暗い声で――
《パパ、言ってくれないと……あたしグレるから》と言い。
四女 鳴が――
《パパ……3秒あげる……。答えて》
僕を追い詰めた。
《3……2……1……》
《 僕はァ、みんなァ愛してるゥ――――――ッ! 》
さきほどと同じように、すべての想いを込めて叫んだ。
彼女たちに言える言葉はこれしかないのだから。
《はあ……はあ……はあ……。こ、これでいいかい……?》
《 《 《 《………》 》 》 》
沈黙がしばらく続き―――
《い、いいよぉ、パパぁ》
真琴から熱くほたった声で送られてきた。
そして続けての発言により、目が飛び出るほど仰天した。
《じゃあ……4人とも、『パパのお嫁さん』にしてくれるってことだね?》
《なッ、なんでそうなるのォッ?》
最善だと思って言った言葉により、僕は娘たちと重婚させられようとしていた。
(む、娘と重婚できる国なんて、どこにもないぞ……!)
喋れば喋るほど状況が悪化していく。
これ以上は精神が耐えられない! そう判断してテレパシー能力をオフにした。
これにより僕へのテレパシーは一時的に遮断されるのだ。
(よ、よくわからないけど、4人とも初めての学校ということで興奮して、酔っぱらったような状態になっているのだろうか? そうだな……しばらくして、みんなの頭が冷えて落ちついてから話そう……)
《パパ》
《ま、真琴ォ!》
遮断されていたはずのテレパシーが再度 送られてきた。
《な、なんでテレパシーを? 遮断したはずなのに?》
動揺する僕に、真琴が微笑みかける。
《ふふふっ、裏技を使ったの。パパのテレパシーについて色々と研究したから、パパが知らないことでも知っているのよ》
(さ、さすが真琴……。僕が知らないことまで知っているなんて……)
《パパ、さっきはゴメンね。みんなに乗せられて、つい変なこと言っちゃって……》
《い、いや、いいんだよ。でも、尾崎さんのことは信じてくれたんだろ?》
《80パーセントはね》
《ひゃ、100パーセントじゃないんだ?》
信用ないのかな、僕? ぐすん。
《だって聞いてるから。男の人は女の人を騙す人が多いから気をつけろって。パパは絶対そういう人じゃないって信じてる……けど、不安なの……》
《不安?》
《と、とにかく、パパは絶対に嘘をつくような人じゃないって、みんな信じてるから。そこだけは安心して》
《う、うん……》
《だから、信じてるから……パパ。 私たちが帰ってくるまで、尾崎さんをうちに引き留めておいてね。尾崎さんの口から直接 事情を聞くから》
《…………》
どうやら僕の言葉はあまり信じてもらえていなかったようである。ぐすん。
《わ、わかった……》
《じゃあね、パパ》
――プツンと、真琴からのテレパシーが途切れた。
恐らく尾崎さんの言動1つで修羅場だな。それを想像して頭痛がした。
絵本の締め切りと合わせてダブル修羅場だ。
もし、この修羅場を絵本にしたら子供たちは喜んで読んでくれるだろうか? ――いや、泣くだろうな。
僕は脳内アイディアノートから、この修羅場を削除した。
これでこの話しが絵本に反映されることは一切ない。
――南無――
おじさん、北海道で四姉妹を拾う 佐藤ゆう @coco7
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