第6話 娘は父親ばなれができてない

     ◆


 父 田中 薫が編集者 尾崎 まこと会っているとき、田中家4姉妹は、第2北海道女子中学校の校門前に立っていた。


 次女 田中 青子は、新しく入学する中学校を眺めて感慨深そうにつぶやいた。


「ここか、今日からぼくたちが入る、新しい中学校は……」


 横にいる三女 田中 光と四女 田中 鳴も、似たような気持ちで見ていた。だが、長女 田中 真琴だけは違った。

 手をパンパンと叩き、校舎の前で立ち止まる妹たちに言いつける。


「ほらほら、みんなっ! まずは職員室に行きましょう。始めてなんだからお行儀よく、キッチリした態度でね」


 感傷に浸っていた青子はどこか現実に戻されたような気がして不満そうに口をとがらせる。


「まこ姉ェ、真面目すぎィー!」


「真面目すぎくらいが丁度いいのよ。あなたたちの場合には特にね」


 そこからグダグダと3人への説教が始まった。

 日常の細かい事から普段のどうでもいい事まで隅々と。

 校門前を通る生徒たちからクスクスと笑みがこぼれた。

 気づかないのは説教をする真琴だけで、恥ずかしさのあまり3人は顔を赤くしてうつむいていた。


 説教を終えて真琴は晴れやかな表情で拳を振り上げる。


「じゃあ、いくわよォーみんなっ! 気合いれてねっ!」


 3人は「「「お、おー……」」」と、まったく気合いのない返事をして拳を振り上げた。


 5分ほどの説教だが、3人の精神はガリガリに削られて、気合いなど微塵も出る気配はなかった。


 校舎に入り4人は事前に調べた二階の職員室へと向かう。

 歩きながら青子は、新しい制服を撫で回してニヤニヤとしていた。


「むふふっ。それにしてもここの制服、可愛いよねぇ。ゲームキャラが着るやつみたいで」


「そう? あたしは趣味じゃないな」


 不満そうに三女 光が愚痴をこぼした。

 四女 鳴は、長女 真琴に問いかける。


「鳴たちは全員同じクラスなんでしょ?」


「そうよ。でもそういうのって珍しいわよね? 4つ子っていったら普通、クラス別々にされるのに」


「たぶんまこ姉ぇ、引っ越しとかが多くてそのクラス、4人くらい他のクラスより少ないんじゃないかな? だから人数合わせのため、ぼくたち全員が同じクラスなんだよ」


「そうかもね。青子の言うとうりかもね」


「ね、ねぇ……」


 光がもじもじしながら横のトイレを指差した。


「そ、それよりさ、トイレ行かない?」


 どうやら初めての学校でかなり緊張していたようだ。


     ◆


 ――場所は移り、田中家では、絵本作家である田中 薫が、担当編集である尾崎 まこと共に、自室で絵本完成に向けて作業をしていた。


「先生ぇ、どうです? 絵本のほうは」


 4メートルほど後ろで正座をしていた尾崎さんが声をかけてきた。

 机の上の原稿に集中したまま答える。


「す、すいません、まだです……頑張ります」


「わかりました、先生ぇ。私……先生のためなら いくらでも待ちますよぉ……永遠にでも……」


 熱の入った甘い声からは、何か別の意図を感じるのは気のせいだろうか? 


 そのまま僕と尾崎さんは2時間ほど黙ったまま同じ部屋にいた


      ◆


 中学校のトイレで事を済ませて手を洗う妹たち3人に、長女 真琴が真面目な顔で言いつける。


「みんな、ここに入学するためにたくさんの入学金を払っているんだから、ちゃんと勉強しなきゃダメよ。わかっているわね?」


 3人は無言でうなづいた。


「それと、姉妹全員が同じクラスだからって、お互い甘え合わないようにね。いいわね?」


 それにも3人は無言でうなづいた。


「最後に、朝も言ったけど、パパにテレパシーするのはできるだけ禁止ね。する場合は私に許可を取ること。破った場合はおしおきだからね」


 3人は顔をしかめてうなづかなかった。

 青子はぷくーと頬をふくらませる。


「まこ姉ぇー、縛りキツすぎィー! いいじゃんいいじゃん、せっかくの中学校生活なんだしさ。もっとゆるゆる~っていこうよ、ゆるゆる~ってさぁ」


 真琴は腕でバツをつくり。


「ダーメ! お姉ちゃんとして許容できません!」


 他の姉妹たちからも非難の声があがる。


「姉貴、傲慢すぎ! 自分勝手だよォ!」


「そりゃね、お姉ちゃんだからね。あなたたちのことを思ってのことよ、光」


「それが傲慢、不遜、迷惑。パパは鳴たちのモノでもあるんだよ」


「そのとうりよ、鳴。でも、ダメなものはダメ。別になんとでも思っていいけど、私のゆうことを聞けない子は、家では『三食全部 野菜料理』ね」


 さわやかな笑顔で姉につげられ、妹たちは――


(((お、横暴だぁ!)))と心の中で叫んだ。


 ぐったりとうなだれ青子が吐息をこぼす。


「はぁー……せっかくの新しい中学生活なのに ぼくぅ、早くも家に帰りたくなってきたよぉ。早く帰って、パパと一緒にお風呂に入りたい……」


 次女からの発言に、長女 真琴は前々から思っていたことを口にする。


「それとみんな。そろそろパパと一緒に お風呂に入るのやめにしない?」


「「「 えええェ―――――ッ! 」」」


 今日一番の非難の声があがった。


「そこまで縛るのは横暴すぎだよ、姉貴ィ!」


「光の言うとおりだよ、まこ姉ェ! ぼくは家族みんなで入るのが何よりも楽しみなのにぃ」


「鳴もそう。家族みんなで入るの好き」


 妹たちの言い分を耳にし、真琴はどこか言いづらそうにつげる。


「気持ちはわかるけど、やっぱり中学2年生になるんだし、私たちは早く親離れしなくちゃいけないと思うの。お風呂代節約のためだって言って、無理やりパパに頼み込んだことだけど、そろそろやめにしない? これはパパのためよ。パパだって思っているはずよ。『私たちに早く親離れしてほしい』って」


 次女 青子は、姉の瞳をじっと見つめ。


「まこ姉ぇは、みんなで一緒にお風呂に入るの好きじゃないの?」


「大好きよ。入っているときは時間を忘れるよう……」


「だったら――」


「でも、このままパパに甘えてちゃダメだと思うの。いつか私たちは、パパから離れなくちゃいけない時がくる。だったらみんな、早くパパが望むようにしようよ、パパの気持ちに応えようよ。ちゃんと親離れするのが、パパへの恩返しだと思うの」


 ポツリと言った真琴の表情はどこか複雑な思いが含まれていた。


「それって……本当にパパが望む事なの?」


「えっ? どういうこと、青子?」


 次女からの問いかけに、キョトンとした。

 真剣な眼差しを送り。


「まこ姉ぇ。ぼくたちはパパに拾われ、パパに育てられ、パパが大好き、ずっと一緒にいたい、そうでしょ? なら、その心を無視してパパが望むからって親離れするのは、本当にパパが望むこと? 違うでしょ? パパはぼくたちには、『自分たちの心に従って生きてほしい』と思っているはずだよ。それが絶対一番のはずだよ。だったらパパが望むように生きようよ、まこ姉ぇ」


「で、でも……」


 戸惑う姉に、妹たちがどんどんとつめ寄っていく。


「素直になりなよ、まこ姉ぇ」


「姉貴の本当の気持ち、言いなよ」


「真琴姉さん。鳴たちに嘘つかないで」


 妹たちの想いのこもった言葉により、姉の心がポキンと折れた。いや、本当の心を受け入れた。


「わ、わかったわ。お風呂くらい一緒に入ってもいいわよね? 私たちはまだ中学生なんだし、ちょっとくらいパパに甘えてもいいわよね?」


「うんうん」


「そうそう」


「だね」


 青子 光  鳴 は笑顔でうなづいた。


 結局、最後は姉の負けで終わった。いや、全員大勝利。


 みんなパパが大好きなのだから。

  

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