Promise Of White Christmas

こよい はるか

ホワイトクリスマスの約束

「そろそろクリスマスだな」


 冬樹ふゆきがそう言って、私の手に指を絡める。

 恋人繋ぎだ。

 私は冬樹の手を一度ほどき、手袋を外してもう一度冬樹の手を取る。大好きな彼氏の手は暖かかった。


「そうだね……クリスマスイブ、デートする?」


 背の高い冬樹を見上げて問いかける。

 その瞬間、冬樹の顔がぱぁっと輝き、


「しよう!」


 瞳までもキラキラさせて、そう言った。

 自然に手を握る力が強くなる。


 クリスマスイブは決まって毎年終業式。午前で授業が終わるから、デートにはぴったりだ。

 今年のクリスマスイブも楽しみだなっ!


 私と冬樹は家が近く、小さい頃から仲が良い幼馴染。昔からお互い以外とは大きな関わりは持たず、二人でいることが当たり前になっていた。


 周りの女子高生が、冬樹をチラチラと見ている。やはり、イケメンだから目立ってしまうのだ。

 学校の中でも指折りのイケメン。クールな性格は女子たちのハートに刺さり、ファンクラブもあるほど。


 そんな冬樹と私が常時一緒にいる事を中学校の入学当初は噂していた人たちもいた。中学一年生なのにカレカノなのが珍しいのもあるかもしれない。

 でも、それが当たり前になった今は面と向かって嫌味を言われることは無くなった。


「あのカップル、めっちゃ美男美女じゃない?」

「悔しいけどお似合いだよね……」

「私、女の子の方タイプなんだけど……!」


 クリスマスイブを楽しみにしていた私には、そんな女子高生の話など聞こえる由もなかった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【冬樹Side】


 手を繋いで雪亜ゆきあと通学路を歩いていると、ポケットの中のスマホがブッブーと鳴った。

 せっかく雪亜といられる時間なのに、なんだよ……と思いながら、「ごめん」と言ってつないでいた手を離し、代わりに腕を組んでスマホを見る。


 ほぼ家に帰ってこない父さんからの久しぶりのメールだった。


『とても急で申し訳ないが、父さんはアメリカへ海外赴任することになった。

 家族には全員に話をしてあるが、全員でアメリカに引っ越すことになった。

 向こうにはホームステイする事になっている。

 クリスマスイブまでに荷物をまとめて、すぐに家を出られる状態にしておきなさい。

 いつ帰ることができるかは分からないが、いつか日本に帰ってくるつもりだ。

 この日本の景色を目に焼き付けておけ。』


 素っ気ない、メールだった。


 は? 海外赴任? 引っ越し? アメリカ?

 もう、雪亜と一緒に居られなくなる……?


 その事実を悟った瞬間、俺は足を止めた。


 雪亜と一緒に居られない運命、笑顔を見られない運命、声を聴けない運命——。


 考えたくもないことが、道のど真ん中にへたり込んだ俺の頭の中をひとりでに動き回っている。


「冬樹……? どうしたの⁉ 体調悪い……?」


 おうして、心配もしてくれなくなるのか……。


「いや、大丈夫」


 差し伸べてくれた雪亜の手を取らず、自分の足で身体を支えて立ち上がる。

 雪亜の表情が少し傷ついたように見えたのは、気のせいだろうか。


 少なくとも、今言うべきじゃない。雪亜を悲しませたくない。望みたくもないクリスマスイブが刻一刻と近づいていることを、雪亜に教えたくなかった。


 でも、もう雪亜は俺を必要としていないかもしれない。俺と一緒にいる時間が長いと言ったって雪亜には友達がいるわけだし、さっきも傷ついた表情をしているように見えたし……。


 俺と一緒にいることが、雪亜の荷物になっているんじゃないか。


 そんなことは考えたくなかった。雪亜のいない毎日なんて、俺には考えられない。雪亜が存在しない世界など、この世に必要ないとさえ思える。


 だけど、雪亜が幸せになる未来が一番だ。不幸で終わる雪亜の人生なんか、作りたくない。


「……冬樹?」


 雪亜に名前を呼ばれて気が付いた。顔を上げると、そこはもう雪亜の家の前だった。


「本当に大丈夫……? さっきから上の空だよ? 家、入る? お話聞くよ」


 上目遣いで見つめてくる雪亜がどうしても愛しい。その表情、他のやつらにも見せているのだろうか。


「……ううん、大丈夫。ちゃんとデートプラン、考えておくから」


 いつもなら雪亜に誘われなくとも勝手に家に入るくらい日常のことになっていたけれど、雪亜にとって俺がお荷物になっているのかを知りたかった。

 また雪亜が顔を歪めた気がした。でも、瞬きをしてもう一度見ると、いつも通りのほんわかとした笑顔に戻っていた。


「……うん。今日も送ってくれてありがとう! また明日ね」


 後ろにぱぁっと花が咲くような可憐な笑顔を残して、雪亜は家の中に入って行った。


 ——俺が傷つけてしまったのだろうか。


 もしそうなのならば、絶対に原因を聞きたい。謝りたい。このまま日本を発つなんて、絶対に嫌だ。

 でも……見慣れた雪亜の家のインターホンを押す勇気は、今の俺には無かった。


 はぁ……いつもの威勢はどこへ行ったんだ。


 自分に落胆しながら、気付かないうちに雪亜の家を離れていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【雪亜Side】


 そしてやってきたクリスマスイブ当日。

 家のすぐ近くの大きな公園で待ち合わせ。


 今日は気合いを入れた。


 鎖骨までの短めの髪の両側を三つ編みにして二つ結び。

 白いニットのセーターに白い短パン。タイツを履いて、ロングブーツ。

 いかにもデートに行く学生のコーディネートだ。


 ブランコの柵に腰かけて、空を見つめる。少しずつ夕陽が沈んでいく。

 待ち合わせの時間が近づいていく。そろそろ十分前だ。


「雪亜っ!」


 大好きな彼氏の声が耳に入った。

 振り向いた先には……いつも以上に輝いている冬樹。


 青色のジーンズに、白いパーカーと黒いジャケット。首には青色の毛糸のマフラーが巻かれている。

 驚いた冬樹の瞳は、クリスマスのイルミネーションを写して少し輝いて見えた。


 走ってきたのだろう。白くなった冬樹の吐息が宙に浮き、溶けていく。


「雪亜……」

「どうしたの?」

「……可愛いよ」


 そっぽを向いて、顔を隠して言った冬樹。

 手からはみ出た耳が赤く見えたのは、きっと夕陽が当たっているからだろう。


「……冬樹も」

「え?」

「かっこいい……よ?」

「え……?」


 自分で言ったことなのに、疑問形になってしまった。できることなら、こんなに輝いてカッコよく見える冬樹を他の人に見せたくない。

 でも、せっかくのクリスマスイブだ。デートを楽しまないと。


「……ありがとう」


 顔を隠していた手を下ろし、照れくさそうな笑顔で私を見下ろす。

 とっても、綺麗だった。


「じゃあ、行こうか」


 いつものように、私の手を取って歩き出す冬樹。

 最近少し冬樹がよそよそしくて私が何かしちゃったのかなと思っていたけれど、今はその事も忘れるくらい楽しめそうだと思った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【冬樹Side】


 クリスマスのイルミネーションの中を、のんびりと歩いていく。

 どこを見てもカップルだらけだ。この公園はデートスポットらしい。


「冬樹!」


 雪亜が弾んだ声を出した。余裕そうな笑顔をして振り向く。

 あぁ、やっぱり可愛い。


「なに?」

「イルミネーション、あと十分で点灯だよ!」


 確かに、もうそろそろ十九時だ。この公園では毎年、クリスマスイブの十九時にイルミネーションが点灯する。大きなクリスマスツリーを見上げてその時間を迎えるのがお約束だ。


「もうそんな時間か。行くか」


 うじゃうじゃとカップルがいる中を掻き分け、進んでいく。きっとクリスマスツリーにはすでに多くのカップルが押し寄せているだろう。


「うん!」


 笑顔を見せた雪亜。


 なんで俺の彼氏はこんなに可愛いんだろう。


 やっぱりこの笑顔が今日限りで見られなくなるだなんて、信じられなかった。


「……」

「?」


 無言で雪亜を見つめてしまう俺を、無垢な瞳で見つめて離さない彼女。

 彼女のいない毎日なんて、やっぱり考えられなかった。


 いつの間にかクリスマスツリーに着いていた。

 カップルの集団から少し離れて、ざわめきが遠くに聞こえるくらいになる。


「冬樹」

「どうした?」

「これ、プレゼント!」


 待ち合わせ当初から手にぶら下げていた紙袋を差し出した雪亜。

 寒さで赤くなっている頬に、思わずキスしてしまいそうになる。


「中、見ていい?」


 正直、とても嬉しい。

 ここ最近よそよそしかった俺にプレゼントをくれる心優しい雪亜が愛しい。


「もちろんっ!」


 頷いた雪亜の目の前で、自分の顔が赤くなっていくのを感じながら紙袋を開ける。


 中には、白色の毛糸のマフラーが入っていた。


「雪亜。本当にありがとう」

「いいえ、どういたしまして!」

「あっちでも肌身離さず持ち歩くな」

「……え?」


 いつの間にか、口に出してしまっていた。


肌身離さず持ち歩くな』——。


 まだ、言うつもりなんて無かったのに。

 口をついて出てしまった言葉は、もう取り戻せない。


「……俺、明日日本からいなくなるんだ」

「——何を言ってる、の?」


 仕方なく口を開いた俺の声は、掠れて、小さくて、情けなかった。


「父さんがアメリカに転勤するんだよ。それで、家族みんな引っ越すんだ。今まで黙っててごめん」


 これで、雪亜にも落胆されたことであろう。


 そう思ったのに。


「……冬樹、話してくれてありがとう。最近態度がよそよそしかったのも、そのせいだったんだね。話すの、辛かったでしょう?」


 こんな時にでも雪亜は心配してくれる。

 俺を気遣ってくれる。

 気遣いたいのは、俺の方なのに。


「……雪亜がそう言ってくれたから治った」


 俺はそう言って、バッグから小さな箱を取り出す。


「これ、俺からのプレゼント。開けて」


 そう言うと、雪亜はぱぁっと笑顔になり、


「やったぁ! ありがとう!」


 中身さえも見ていないのに、飛び上がるほど喜んでくれた。


 愛しい。


「……わっ。これ指輪だ!」


 街灯に雪の結晶の形がついているプレゼントの指輪をかざし、早速写真を撮っている雪亜。


「実は、俺もお揃いなんだ」


 そう言って、右手の薬指を差し出す。

 俺の渡した指輪から目を戻し、俺の薬指を見つめる雪亜。


「……嬉しいっ。ありがとう!!」


 雪亜はそう言って、俺に抱き着いた。


 抱いた身体から伝わってくるぬくもり。何度も抱きしめたその身体はやっぱり華奢で、小さくて、守りたくなった。


「あっ」


 小さく雪亜が声を上げた時、周りのイルミネーションが点灯した。


「ついた! すっごい綺麗!!」


 俺の手を小さな両手で握って跳んで跳ねる雪亜。それだけで、ここに連れてきて良かったと思えた。


「……綺麗だ」


 もちろんイルミネーションも綺麗。

 でも……雪亜の方が綺麗だ。


 俺は、その赤い頬にキスをした。


「……えっ」


 やられたことが信じ切れていないのか、俺を見つめて離さない雪亜。

 我慢しきれなかった。その身体を、もう一生離したくなかった。


「——約束」


 俺は小指を差し出す。


「俺が戻ってくるまで、絶対に俺を忘れないこと。待っててね?」


 その輝く瞳を見つめて、俺はそう言う。

 君が傷ついたとしても——俺は取り戻したい。


「うん。絶対」


 そう言って、細い小指を俺の指に絡ませる。


 ぎゅっとその指を握って、もう一度キスをした。

 周りでは雪が降り、音もなく降ったその雪は俺らの愛によって溶けて行った。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


【雪亜Side】


「はぁ……」


 口の前に両手を当て、手を温める。

 今日も寒い。


 あのクリスマスイブから、一年が経った。

 帰路にはあの彼氏の姿は無く、その様子が当たり前になってきている。

 でもやっぱり心にはなにか空いてしまった穴があって、何をしても埋めきれなかった。


 雪が降るホワイトクリスマス。

 あの日、私たちは一つの約束をした。


 忘れるわけがない。

 あんなに優しくて、カッコ良くて、他の誰より愛している冬樹を。


 だから、信じられなかったんだ。


「雪亜!」


 私を呼ぶ、その大好きな声が。


 空から雪が降ってくる。


 戻ってきたんだ。

 私たちのホワイトクリスマスが。


「冬樹!!」


 私は振り向いて、その彼の懐に駆け出した。

 微動だにせず私の身体を受け止めた冬樹は、やっぱり少し大人っぽくなっている。


「元気してた?」


 そう問いかける声だって、低くなっている。以前より余裕そうになった表情に、やっぱり頼り甲斐があるなぁと思った。


「してたよ!」


 もう、絶対に離さない。

 きっと君は、言わなくても分かってくれるよね。


 私は突然、冬樹のその唇に唇を重ねた。


「えっ」

「お返し!」


 一年前のあの感触、今のキスの感触、もう絶対に忘れない。


「雪亜」

「なぁに?」

「愛してる」


 今まで一回も言ってくれなかったその言葉を言って、私たちはもう一度唇を重ね合わせた。




                -Finish-

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