第4話 剣を持つ意味
「どうか……安らかに眠ってください」
すっかり暗くなったが、ぽっこりと出た土の前に手を合わせるソフィアさん。
俺とリサさんも合わせて手を合わせる。
彼女達を襲ったのはやはりダークゴブリンというゴブリンの最上位種の魔物だったらしい。
そのまま放置しておくのも申し訳ないと、ソフィアさんの意見で弔うことになった。
静かな森の中に場所もわからない道沿い……何だか悲しくなるけど、異世界はいつも命を落とす危険がある。みんなそれを覚悟の上で生きている。
「グレン様。今日はありがとうございました。今回助けてくださった謝礼は必ずします」
「いや、そこまで気にしなくても……ダークゴブリンの素材は全部俺が貰いましたし」
「いえ、そういうわけにはいきません。今日は日も落ちましたし、ここで野宿して明日街に向かいましょう」
「野宿!? こんな森のど真ん中で!?」
「ふふっ。ご心配なく、グレン様はゆっくりしてください」
え……魔物がいる森で野宿とか……冒険者ギルドで言うには自殺行為だって言ってたんだけどな。
「魔物のことは心配しなくていい。ソフィの力なら弱い魔物は近寄らせないことくらい簡単なことなんだ」
「あ……そういうことでしたか。神官の才能がある方だったんですね。そういえば治癒魔法も使われてましたものね」
「はい~そうですよ~」
ニコッと笑う天使のようなソフィアさんに、またもや護衛のリサさんは溜息を吐く。
個人情報をベラベラと喋るなって感じらしいが、どうしてかソフィアさんは自分のことはあまり隠さずに話してくれる。
これが……命の恩人に対する安心感なのか!
リサさんが腰の後ろに付けていた革製のポーチを開けると――――嘘のような寝袋や食器が出てきた。
「アイテムボックス……!」
「ああ」
「そんな小型のアイテムボックスは初めてみます」
「小型だからあまりたくさんは入らなくてな。こういう寝袋が入っているんだ」
うちの師匠が使っていたのはリュックみたいなタイプで、リュックなのに金属とか大量に入れてたんだよな。もう見慣れたものだが異世界の不思議である。
リサさんが出した食器を並べたり手伝っていると、少し離れたところで祈りを上げていたソフィアさんが小さな声で呟いた。
「――――
淡いベールのような不思議なオーラが周囲に広がっていく。
やがてキラキラした淡い光が周囲に浮かんでいて、穏やかな気持ちになる。
「凄い魔法ですね」
「ああ……ソフィの特別な力だ……グレン殿」
「はい?」
「恩人にこういう言い方をするのはよくないかもしれないが……どうかソフィの力のことは他言しないでもらえないだろうか」
「……ええ。何か事情があるようですし、誰にも言いませんよ。そもそも、俺には誰か知り合いがいるわけでもありませんし」
「ん? デンガル街の冒険者ではないのか?」
「ここがレベルを上げやすいと聞き付けて来ただけです」
「そうだったのか……あ……また私ばかり聞いてしまったな。すまない」
「はは。気にしないでください。大した情報でもないですし。そんな隠すもんもないですから」
「そう言ってくれると助かる」
リサさんはすぐに焚火を起こしては、やかんをセットしてお湯を沸かしたりする。
森の中で落ち着いていられるのも変な話だなと思いながら燃える炎を見守る。
一つ気になるのは……リサさんは自分の剣を大事そうに常に傍に置いてる。
やはり……彼女にとって大事なもので……だからこそここまで使い込んでいると思う。ただ、あれだけ使い込まれてる剣だ。彼女の年齢から考えて受け継がれてきた剣だろう。
そんな事を思っていると、隣からひょっこりと満面の笑みを浮かべて顔を覗き込むソフィアさんだ。
「うわっ!?」
「すぐに夕飯の用意をしますね~?」
「は、はい。何か手伝えることがあれば」
「お任せください!」
あはは……。
お嬢様……なんだろうけど、意外にもテキパキ料理を始めるソフィアさん。
すぐに美味しそうな匂いが充満して、木製のプレートに美味しそうな肉や玉子焼き、野菜が並ぶ。それだけで普段から手慣れているのがよくわかる。
「ん!? お、美味しい!」
「そう言って頂けると嬉しいですわ!」
「本当に……こんな美味しいのは食べたことがないくらいに美味しいです」
大袈裟とかではなく、本当に美味しい。前世ではほとんどはコンビニ飯だったし、異世界に来ても孤児である俺はご馳走を食べられる機会もほとんどなかったし、仕事もできる年齢じゃなかったからな。そう思うともう何年ぶりのご馳走なんだか……。
夢中になって食べると「おかわりしますか?」と可愛らしい笑顔を浮かべて聞いてくれる。
さすがにこれ以上食べてしまうと思い出しそうだし、やめておくことにした。
まあ……冒険者稼業が軌道に乗ったらこういう美味しい食事も食べれるようになるだろうし、そのときにたくさん食べればいいさ。
リサさんは騎士として訓練を受けたのと、魔物は近づいてこれないとのことで、焚火を囲って眠ることになった。
どうやら馬車を襲った魔物は強すぎてこの魔法が効かなかったそう。
しばらく目を瞑って眠ろうとしていると、ガサガサと音が聞こえてきたので意識を向ける。
ゆっくりと剣を抜く音が聞こえた。
名剣は鞘から出るときですら美しい音色を響かせる。
これからリサさんが何をするかなんて容易に想像できる。
ゆっくり目を開けてリサさんが手に持っているものを確認した。
「やめた方がいい」
「!?」
「もうその剣は……」
「っ…………グレン殿は……鍛冶師なのか?」
「そんな大した鍛冶師ではありませんが、幼い頃から鍛冶の仕事を手伝っていました。たくさんの武器を見てきましたが……その剣くらい使い込まれた剣も珍しい。本来なら……もっと早くに折れてしまうんですが、しっかり手入れして大事にしてきたのがよくわかります」
「ああ……この剣は……我が一族に伝わる大事な剣なんだ……だが……その鍛冶師からも打ち直しはできないと言われた」
打ち直し……それは剣にもう一度命を吹き込むこと。だがそれは想像以上に難しい。そもそも刀身の擦り減った金属を復活させなくてはならないし、元々使われた金属に新たな金属を付与するとなると……元の刀身と合わせるのは並大抵な鍛冶師は受けるはずもない。
これがもし折れても代えが利く代物ならよいが……見ただけで厳しいのは言うまでもない。
「リサさん程の騎士がどうしてスペア剣を持ってないんですか?」
焚火が少し困惑するリサさんの顔を照らした。
一度目を瞑って何かを考えた彼女は、小さな溜息を吐いて目を開ける。
焚火の赤色の中でも光り輝く真紅色の瞳からは、譲れない信念が伝わってくる。
「私は……生まれてから騎士になるために育てられた。兄達は剣の才能がなかったこともあり、魔法使いや文官になってしまったんだ。幸いにも私には才能があったし、母が剣士だったことも私が剣士になる一番理由でもあったんだ」
体を起こして座り、彼女の話の続きを聞く。
「母は……誇らしい人で、誰よりも気高く強かった。そんな母だからこそ……多くの人々を守るために戦ったんだ。あの日も……」
拳を握るリサさんから深い悲しみが伝わってくる。
「偶然起きたスタンピードを母は一人で多くの民を守るために戦い続けて……命を落としたんだ。この剣は母が最期に私に託してくれたものなんだ」
今、涙を流してなくても……彼女がお母さんのことを想って流した涙の数々がわかる。
「だからその剣以外は握ろうとしなかったんですね」
「……ああ。でも……それは私のわがままで……護衛だというのに……ソフィを護ることもできなかった。護衛も騎士も……全て失格……だな…………はは……すまない。こんな話をされても貴殿には」
「――――わかりますよ。その気持ち」
あの日……俺も全てを失った。
失格……と思う気持ちもすごくわかる。でも…………。
「剣は……作った人よりも使う人が大事なんです」
「使う人が……大事?」
「鍛冶師がどれだけ素晴らしい剣を作っても、それを誰かを守るために使うのか、誰かを殺めるために使うのか……少なくともリサさんの剣からは、作り手の穏やかで平和を慈しむ気持ちが伝わってきます。お母さんが守り抜いた命を、今はリサさんが守ろうと剣を持っているのがわかります。失格だなんて思いません。その剣には……そういう想いが繋がっているんです」
「グレン殿……」
「剣は作った人よりも使う人が大事なんです。その剣の思いをリサさんが受け継いでいれば、ずっとその剣を使っているのと変わりません。だから胸を張って――――今の自分が正しいと誇っていいですよ。まだちゃんとした鍛冶師ではありませんが、これでも子供の頃から毎日鍛冶師の仕事を手伝ってきた俺がそう思うんですから!」
「……ふふっ。不思議だな。今までいろんな人と話し合ってきたけど……グレン殿が言うと本当にそうだと思えるんだな」
ずっと強張っていた彼女の表情が緩んだ。
「グレン殿。厚かましい頼みだが……今日貸してくれた剣を街まで貸してはもらえないだろうか」
「もちろんいいですよ。俺が持っていても使えないので」
「感謝する。その剣があれば、ソフィを守り抜くことができる。私は……自分に意固地になっていたけど大事なのは母上がしようとしたことやしてきたことを受け継いだんだな。剣ではなく想い……をな」
「ええ」
焚火を挟んだリサさんの顔が――――笑顔になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます