第3話 襲われた馬車

 異世界の常識。


 悲鳴が聞こえたら一目散に逃げろ。


 なのに俺は悲鳴が聞こえた方に向かって走っていた。


 うぬぼれているわけではないけど、助けられる命があるなら……助けたいというのが日本人心ではないだろうか? 転生したとはいえね。


 音がした茂みの向こうに飛び出る前に、そっと何が起きているのか確認をする。


 そこにあったのは――――形だけで馬車だとわかるモノが半壊していて、周りには従者と思われる人が何人か倒れていた。


 さらに壊れた馬車には全身から凄まじい量の汗を流しながら杖を持つ金髪の美少女が一人と、彼女を守るかのように鎧を着て剣を持つ女騎士がいて、彼女達を狙うかのように囲んでいるのは、黒いゴブリンだ。


 黒いゴブリンって……まさかブラックゴブリン!? いや、さらに上位個体であるダークゴブリンである可能性もあるんじゃ!?


 ここら辺では出没するはずのない上位個体の魔物が、十匹もいるのはあまりにも不自然に思える。


 そもそも俺みたいな初心者冒険者がどうこうできる魔物じゃない。いくら切れ味のいい剣があっても当たらなければ意味がないからだ。


 このまま逃げるべき……なんだろうけど……ふと目に入ったのが、女騎士が持っている剣だ。


 ロングソートよりも長い刀身は、両手に使うことを想定した剣だが通常大剣と呼ばれている物とは違って刀身はロングソードの刀身の細さをしている。


 刀身の太さとは刀身自体の強度に大きく関わっているし、一メートル五十を超える長さに耐えうるには強力な素材か鍛冶師の腕が試される。


 彼女が持っている武器は――――惚れ惚れする程までに美しい剣だ。


 さぞかし腕の良い刀匠が打ったに違いない剣だ。


 ただ……残念なことに……。


 そのとき、前線の三匹の黒いゴブリンが女騎士に襲い掛かり、隙を見計らったように後ろの黒いゴブリン達が一斉に後ろのドレス姿の女の人に向かって走り出した。


「ッ! ソフィ!」


 女騎士が急いで戻りながら黒いゴブリン達を薙ぎ払う。が、限界を迎えている剣では斬ることができず、打撃音のような鈍い音が響いて黒いゴブリンが両腕で剣を防いでいた。


「リサッ!」


「すぐに逃げてくれ! ここは私が!」


「ダメッ! リサを置いてなんていけないわ!」


「だが……このままでは……私ではソフィを守れない……!」


「そうだとしても……友人を見捨てて一人だけ逃げるなんてできないわ。もしここで死ぬ運命なら……」


「くっ……」


 女騎士は――――悔しそうに自分の剣を見つめた。


 美しい逸品ではあるが、長年手入れしかせず……そうなると耐久性はどんどん下がり、剣としての役目を果たせなくなる。


 彼女の剣も……もう剣としての使い方は難しいだろう。


 黒いゴブリンは知性が高いのか、下卑た笑みを浮かべながら二人を囲み始めた。


 このままでは間違いなく二人は殺されるだろう。


 一度も会ったことがない相手だけど……このまま見殺しにしたくはない。


 そう思うよりも先に体が動いていた。


「「!?」」


 急に現れた俺を見て目を大きく見開く二人と、黒いゴブリンの視線も一瞬俺に向く。


 俺は手に持っていたもう一振りの剣・・・・・・・を女騎士に向かった投げた。


「これを使ってください!」


「なっ!?」


 彼女が使っていた武器と長さが似た剣。


 長剣よりも一回り刀身が長い大剣サイズだが刀身は少し細めの剣。


 偶然にも俺もそういう剣を打ったことがあったから持ち歩いていた・・・・・・・。厳密には倉庫に腐っていただけだけど。


 剣を受け取った女騎士の目は、一瞬悲し気な色を帯びたが、すぐに覚悟を決めたかのように剣を抜いた。


 俺はというと見届けることなく、黒いゴブリンに教われる。


 全力で剣を盾代わりに攻撃を受け止めると、強烈な勢いの攻撃に体が吹き飛ぶのがわかる。


 やっぱ……異世界の魔物ってやべぇ……!


 地面に体が転がる感覚と、俺を囲う強力な魔物の気配がして、それでも俺も死にたくはない。


 急いで体を起こすと、ニヤケ面の黒いゴブリン四匹が俺を見下ろしていた。


 クソ……自分達より遥かに弱いからって、舐めやがって……といっても、実際俺にできるのは……。


 と思った次の瞬間、シューッと風が通り過ぎる。


 それと共に、黒いゴブリン達の動きが微動だにしなくなった。


「助太刀感謝する」


 その声と同時に黒いゴブリン達が一斉にその場で倒れた。


「す、すげぇ……」


 これが……異世界の強者と呼ばれている存在だ。


 美しい赤色の髪をなびかせた女性は、倒れた黒いゴブリン達を見返すこともなく、芯の強そうなルビー色の瞳を俺に向けたままゆっくり歩いてきては、手を差し伸べてくれた。


「大丈夫か?」


 ボケーッと見上げていたから首をかしげてそう聞いてくる美少女騎士の手を慌てて握る。


「ど、どうも」


 握った手は思ったより柔らかくて、こんな強い人だからめちゃくちゃ豆だらけだと勝手に想像したけどそんなことはなかった。


「こんな素晴らしい剣を貸していただき感謝する」


「いえ。それにしても……こんな強そうな魔物を一瞬で倒せるなんてすごいですね」


 すると苦笑いを浮かべる彼女。


「私というよりこの剣が素晴らしい切れ味だった。ありがとう」


 そう言いながら剣を返してくれたので受け取った。


「それにしても……そんな大きな剣をよく持って歩いていたんだな?」


「え? あ、あはは……たまたまです。でも俺には大きくてあまり使えなくて」


「そうだったのか。詮索するような言い方で申し訳ない」


「いえ……」


 めちゃくちゃ……礼儀正しいな。こう誰かを傷つけることを極力避けているみたいだ。


 そんな彼女の後ろからひょっこりと顔を出すもう一人の美少女がこちらを見つめる。


「初めまして! 私、ソフィアって言います! こちらは護衛のリサです~」


「ソフィ……誰彼構わず名乗ってはいけないとあれほど……」


「いいでしょう! 命の恩人だし!」


 少し呆れた美少女騎士とにこやかに笑う美少女。


 一瞬殺されるかもしれないと思ったけど……女騎士に剣を渡してみんなで生きる道があってよかったと思う。


 やっぱ……女の子は笑う顔が一番だな。

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