第3話 おもちゃと2人のロリババアちゃん
◆
学院長室を目指す黒羊 祭は、黒髪の少女とは正反対に、廊下を音を立てず、忍び足で歩いていた。
(今度はゆっくり、不意を突かれても避けられるように、慎重にぃ……)
いつまたゴーレムが襲ってきてもいいように、細心の注意を払い廊下を歩いた。
だが、なんの妨害もなく学院長室前にたどり着いてしまう。
「ふぅー」
たった100メートルがアメリカ横断に匹敵した。ちなみにした事はない。
(もう、ゴーレムも襲ってくる気配はないし、あのゴーレムで最後だったのかもしれない。 ボスっぽかったし)
胸に手を置いて、すーはーと呼吸を整え、眼前にある 念願の学院長室の扉をじっと見る。
「ここに……学院長が……」(よく知らないし、見たこともないけど……不老不死の化け物か……)
弱気な心を、両頬をパンと叩いて打ち消した。
「よしっ、いくぞ!」
気合いを入れて、未知なる存在がいる学院長室の扉のドアノブをつかみ、心の中で (うりゃあああっ!)と叫びながら恐る恐るゆっくりと開けた。
開けたそこには『広い空間』と、真ん中には【銀髪の少女】が立っていた。
幼いが どこか妙齢な雰囲気を纏わせる美少女であった。
きっと風呂上がりだったのだろう。
『全裸』で、長い銀髪をタオルで拭いていた。
「―――っ!」
『全裸』で、長い銀髪をタオルで拭いていた少女とピタリと目が合った。
反射的に目を逸らす。
…………………………
気まずい沈黙が流れ、銀髪の少女はキョトンと。
「何者じゃ、お主は? 『学院長』であるわらわになんの用じゃ?」
「が、学院長ォッ!」
予想外の事実に衝撃を受けた。
少女の裸体を見ないように、ごくわずかにまぶたを開けて、ぼんやりとさせた瞳で見る。
(こんな子供が……学院長……?)
だが納得はいった。
(50年以上この容姿なら、誰もが不老不死だと思うだろうな……)
困惑したが ほっと安堵した。
(はぁ~~。 どんな怖い人かと思ったけど、なーんだ、こんな可愛い子供とは、心配して損した)
安堵した直後――
「なァッ!」
学院長は一瞬で俺との間合いをつめて、首をガシっとつかみ、床に『ドン』と押し倒した。
「うわッ!」
小さなお尻を、俺の胸にズンと乗せて、俺の両腕を、両足で押さえて 床に固定した。
「ぐうぅっ!」
喉も圧迫されて声もまともに出ない。
(な、なんて力だッ! こんな子供が……!)
動きを封じられ身動き一つできなくなった俺を、全裸で胸に座る学院長は ゾっとするような瞳で見下ろした。
「聞いておろう、このわらわが……何者じゃとな? 何用でここを訪ねた。 それと、なぜ男の分際でここに入れた。その理由をのべよ」
「ううぅっ……」
声も出ず 身動き一つとれない俺の頭の中は混乱し、何も考えられない状態になっていた。
幼児体型とはいえ、こう目の前で全裸だとまともに前も見れない。
「早く答えよ、坊や……」
威圧感をさらに強めた。
漫画なら『ゴゴゴゴゴゴ』という擬音が書かれていただろう。
(きっと……答えを間違えれば……俺は死ぬ!)
そう直感した。
「むっ! お主、魔力を持っておるな? なぜ 男が魔力を持っておる。それから説明せい」
『俺にもわからない』と――口にしようとしたが、その言葉を飲み込んだ。
(この状況でそんな曖昧な答えを、この学院長が許してくれるのか? ――否。言えばどうなるかわかったものじゃない。 答えるなら第一声は、この子が、学院長が、満足できる答えじゃないとダメだ)
答えを慎重に模索した。
だが、小さい子供に全裸で、小さいお尻で、小さい両足で、床に固定されている 異様な状況のせいか思考が停止し、ただ震えることしかできなかった。
震える俺を、冷たい瞳で見下ろし。
「3秒以内に答えよ。 答えぬ場合は――」
そして尖った歯を、俺の喉元に当てて――
「噛み殺す」
殺気がこもった声を放った。
死の予兆を感じて全身をガタガタと震わせた。
あの巨大なゴーレムより遥かに上の『死の戦慄』
圧倒的な絶対者からの『死の宣告』
俺の脳裏には――『 死 』
その言葉しか思い浮かばなくなっていた。
「1」
学院長による《死のカウントダウン》が始まった。
「お、俺は……」
「2」
「お、俺は魔女に……」
「3……」
「 俺は魔女になりたいんですゥ! 」
想いの丈を吐き出した。
最良の答えなどわかるはずもない。
だったら、この胸にある『ただ一つの想い』をブチ撒けるしかないじゃないか。
―――3秒が過ぎた。
学院長は俺の喉元から歯を離し、胸の上で呆けていた。
このときの彼女は とても可愛らしく子供らしかった。
ぷっ と、学院長は吹き出し――
「 ふはははははははははははははははははははははははっ! 」
可愛らしい笑い声が室内に響き渡り、俺の脳内を覆い尽くした。
「 ふははははははははははっ! 男のくせに魔女になりたいじゃと?」
コクっと、押し倒されながら うなづいた。
「面白いヤツじゃのう、お主。 わらわも長いこと生きておるが、お主のような……ぷっ! ぶははははははははははははっ! 」
(わ、笑いすぎだよぉ。 こんなに笑われたのは 生まれて初めてのことだよぉ……)
先ほどより空気が軽くなったとはいえ、俺の脳裏から【死】という言葉が消えることはなかった。
俺は自身の夢を語り 笑われることには慣れている。けれどそれは だいたい悪意あるバカにした笑いで、学院長とは違う。
学院長はまるで『面白いオモチャ』を見つけて喜んでいる、そんな笑い方だ。
勝手にそう思っているだけで、実際は違うのかもしれないけど、俺の脳裏には 嫌な予感が 焼きつくように感じられた。
(気を許せないな、この人……!)
学院長への警戒心をさらに強めた。
胸の上でひとしきり笑うとニヤリと。
「男のくせに魔女になりたくて。 しかも、魔力まで持っておるとはのう……クククっ。 お主、本当に面白い逸材じゃのう。 よし、決めたぞ」
学院長は何かを決断して顔を近づけてくる。
(死ぬッ!)
覚悟した時――
「お主を魔女にしてやろう」
「へっ?」
耳元で囁かれ、半信半疑で問う。
「ほ、本当ですか?」
「うむっ、いいぞ。 だが、『条件』付きでだがな。クっクっク」
まるで悪魔との契約にも感じられた。
けれど、魔女になれるならそれでもいいと、本気で思ってしまっていた。
全裸のまま立ち上がり、俺を跨いだまま仁王立ちになり邪悪な笑みを浮かべた。
「さあ、坊や。 入学の手続きを始めようか」
こうして悪魔との――いや、学院長との契約が執り行われようとした、そのとき――
「メフィス。 この子、食べてもいい?」
横から可愛らしい声が聞こえ、学院長に跨がれたまま視線を向けると――
学院長と瓜二つ顔を持つ『幼い少女』が屈託のない笑顔で立っていた。
銀髪に 白い肌の学院長とは違い、謎の少女は 金髪で褐色の肌を持ち合わせていた。
謎の褐色少女も学院長と同じく『全裸』であった。
「お兄ちゃん♡」
耳元で甘く囁かれ ぶるっと身震いした。
褐色少女はニヤリと。
「ねぇーメフィス。 この子、食べてもいいでしょ?」
「ダメじゃ。 我慢しろ『リリス』」
「ええー残念♡ じゃあちょっと味見っ♡」
かぷっと耳を噛まれ。
「なッ! り、リリスさん、なにを…… !」
「でもさ、メフィス。 男が魔力をもってるのって、そんなにめずらしいことなの?」
「んー……まあ、めずらしいのう。 男が魔力を持っておることは、生物学上ありえんことじゃしな」
「でも、ここにいるじゃん?」
「そうじゃな。 もしかしたら、生物の理論外で産まれた存在かもしれんのう」
(生物の理論外? どういう意味だ?)
「じゃあ、どれくらいめずらしいの?」
「そうじゃな。 ネッシーくらいかのう」
(ネッシィー! 俺はそんな幻の生物と同レベルなのか?)
「では、こやつを飼うか?」
白いスーツを着ながら にっと笑い、妖しい瞳を流してきた。
背筋がすぅ――と寒くなる。
「冗談じゃよ、クククっ」
まったく冗談に聞こえないから怖い。怖すぎるぅ。
立ち上がり、リリスさんに視線を移す。
「あ、あの、学院長……この人は誰なんでしょうか?」
「気にするな。 わらわのペットみたいなものじゃ」
「ペットで――す! わん! にゃん!」
ペット扱いされているというのに笑って喜んでいた。
「なんなら、こやつに首輪を付けて散歩してみるか?」
「し、しません!」
「じゃあ、お主に付けてしてやろう」
「さ、されません!」(めちゃくちゃだァ、この人)
「で、坊や。 まだ何かわらわに質問はあるか? 今日はとびっきりのオモチャを手に入れて機嫌がいいのじゃ。 なんでも聞いてやるぞ」
ソファーで足を組む学院長に一言――。
「オモチャって俺のことですか?」
「違う」
「本当ですか?」
「うるさいのう、オモチャの分際で」
どうやらそうらしい。
俺をオモチャにする学院長を前にして、俺の魔女への扉がいま開かれた――気がする。
閉まった気もするけど、気のせいであってほしい。
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