第2話 黒髪少女とアンパン


 ――黒羊 祭が魔女学院に侵入してから、およそ10時間が経過した――


「はァ、はァ……ゼェ、ゼェ……」


 俺は息を切らせ、どこかもわからない学院内をおぼつかない足どりで歩いていた。


(は、反則だぁ、この学院……。ゴーレムだけじゃなく、あんなトラップまであるなんて……)


 深さがわからない落とし穴。

 超高速で飛んでくる鎌。

 部屋に逃げ込んだら閉じ込められ、水攻め。

 その他 数々の凶悪なトラップ群。

 何回 死んでたかわからない。


「くっ!」(これは試練だ! 男が魔女になるという、普通ならありえない偉業を達成する前の……! なるためには これくらいの試練を乗り越えてみせろ……という神の啓示!)


 ハアハアしながら脳内に前向きな思考を巡らせる。


 よろよろと歩きながら学院内の殺風景な壁を眺めていると――ふと、壁に貼ってある《パネル》が目にとまる。


「あ、あれは!」


 そこには――


【100メートル先。学院長室 】

 

「 やったああああああッ! 」


 歓喜の雄たけびを上げて、意気揚々とスキップでもしたい気分で、この先の学院長室を目指す。


(ついにここまでぇ、あと100メートル先に 学院長がいるんだぁ……ああぁ……全長一万メートルの塔の中、よくたどり着いたものだよぉ……俺ぇ……)


 自身に感動して思い出す。

 夢を誓った『あの日の事』を。


(そうだ、あの日誓った『俺の夢』。 それを叶えるためにも、俺はこんなところで立ち止まっている訳にはいかないんだ!)


 燃えあがった心の隙を突くように、目の前の床から――『 ズ ボ ッ 』と、 これまでより遥かに大きなゴーレムが出現した。


「なッ!」


 現れた瞬間 巨大ゴーレムは拳を振り上げて、俺めがけて振り落とした。


(ふっ、不意を突かれたっ、避けられないっ! 受け止めるしかない! 受け止められるか、俺に? ――否! 受け止めて見せる!)


 覚悟を決めて防御態勢をとった瞬間――


 ――――ザシュッ――――


 切り裂く音と共に、巨大なゴーレムの体が真っ二つとなり、砂となって消えていく。


「へっ? どうなっているんだ?」


 目をパチクリとさせていると、砂となった巨大ゴーレムの脇の通路から1人の少女が姿をあらわした。


 この学院の制服を着ていて、黒髪で凛々しく、どこか攻撃的な雰囲気を纏わせる少女であった。


「そこで何をしている?」


 無表情で問いかけられ言葉につまる。


「えっ、え――っと……」(ど、どうしよう? なんていい訳しよう? 俺いま侵入者なわけで。 しかも、普通この塔にいないはずの男なわけで。 もしかしてこの状況、かなりヤバいんじゃ?)


『返答しだいでは戦闘になる』


 それを踏まえたうえで、慎重に答えを模索した。

 ここは絶対に穏便に済ませたい。

 決して不純な動機でここにいる訳ではないのだから。


(魔女になりたいから、ここに侵入した……と言えばわかってくれる……訳ないか)


 故郷の学校で、俺の夢を語ったときの反応は――《東京魔女学院って女しかいねぇんだろ? エロ目的で入るのか?》――だった。


 あの日、男が魔女になりたいなどと安易に言うことが、どれだけ誤解を招くことかを学んだ。

 あと言われたのは『オカマなのか?』ある意味コレが一番ショックを受けた。


 どんなに弁明したところで皆が 俺を変態扱いした。

 俺の夢を応援してくれた唯一の友人にさえ、『必死に弁明しすぎると、怪しまれるわよ』と言われた。


 だが、夢を誤解されて弁明したくならない者など この世にいるのだろうか? ――否。皆無。

 けど、友人の言うことも一理ある。必死になれば逆に怪しまれるのもたしか。


(ひ、必死になっちゃダメだ……。よ、余裕に優雅に、説得力のある言い訳を……)


 テンパリまくって余裕も優雅も説得力もない言い訳を言いそうだ。


 ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ

  

 一歩一歩 近づいてくるたびに、心臓が張り裂けんばかりに鼓動した。


(ど、どうすればいい? どうすればいいんだァァァッ!)


 もうダメだ! 土下座しかない! そう思ったとき、目の前まで来た 黒髪の少女のお腹から――


《 ぐうううううっ 》


 空腹の音が鳴り響いた。


 お腹に視線を傾け、続けて彼女の顔を見ると みるみると紅潮していく。 

 うつむいたまま真っ赤な顔で唇を動かす。


「た、頼む……。ひゃ、100円でいいから、恵んでくれないか……た、頼む……」


 消え入りそうな声で懇願する彼女の姿に、俺との立場が何もかも逆転したように感じられた。


「100円を、何に使うつもりですか?」


「あ、アン……」


 言いかけた途中――


『ぐうううううっ』 


 空腹の音が再度 鳴り響いた。


 それ以上何も言わず、財布から300円を取り出し、さらに顔を赤くして震える彼女に手渡した。


「お、恩にきるぅ……」


 そう言って受け取る彼女の姿からは最初の凛々しいイメージは消え失せ、俺には お腹を空かせた可哀想な子羊にしか見えなかった。


「い、いえ、たいした事はしてませんから……では……」


 苦笑して100メートル先の学院長室に向かおうとした時――ふと、思いつく。


「あの、聞いてもいいですか?」


「なんだ?」


 黒髪の少女はもう平静を取り戻し、最初の凛々しいイメージに戻っていた。ちょっともったいない。可愛かったのに。


「あの、さっきのゴーレム。倒してくれたのは、あなたですか?」


「違う。 私は人助けするような善人じゃない」


「そ、そうですか……」(でも、さっきの魔法は あきらかに彼女の魔法だったよな? 人から善人と思われるのが嫌なのかな?)


 疑問に思っていると――


《ぐうううううっ》


 3度目の空腹の音が鳴り響いた。

 顔を朱に染めて。


「も、もう、コンビニに行く」


「は、はい、引きとめてごめんなさい。 それで何を食べるんですか?」


「……あ、アンパンだ……」


 真っ赤な顔で答えると今度こそコンビニへと向かっていった。

 その後ろ姿を見て思う。


(なんか可愛い人だったな。 でも、男が学院に侵入していても、何も言われなかったな?)


 最後に、黒髪の少女の後ろ姿に目をやりつぶやいた。


「本当に……ホットでドライな人だったな……」

       

      ◆◆


 黒羊 祭と別れ、学院の廊下を歩く黒髪の少女は、お腹が減っているなか、さきほどのことについて反省をしていた。


(まだまだ未完成だな、あの魔法。 あの程度のゴーレムを破壊するのに、かなりの魔力を喰ってしまった。 もう少し燃費をよくしないと)


 反省中の黒髪の少女のお腹から《ぐうううぅぅぅっ》と、4度目の空腹の音が鳴り響いた。


(くっ、こっちの燃費もな、くっ! ホントに悪すぎるぞ、私のお腹は。 早くコンビ二でアンパンを補給しないと)


 だが少女は知らなかった。

 コンビニでは今、アンパンが急激に売り切れていることを。

 少女がアンパンを買えたのは、ここから20キロ先の 55件目であることを少女は知らなかった。


『それ以外を食べろよ』そう思うかもしれない。

 けれど少女が聞いたら こう返すだろう。

『 嫌だ 』と。力強く。

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