第10話 スンダリー姫の心の旅路(Rajkumari Sundari Hridaya Yatra. The Spiritual Journey of Princess Sundari)
登場人物
スンダリー姫:ヴァイシャ―リー国の王女。
コハラ王:カーシー国の王。
ヴァーティヤ王:ヴァイシャ―リー国の王。
スバドランギ太后:コハラ王の母。
チャーナキャ:カーシー国の大臣。
精霊(スプシュカラ):自然の輪を回すために働く精霊(Bhūta)。
ウグラ:ヴァーティヤ王、スンダリー姫の従者。
クシャラ:コハラ王の親衛隊長。
侍女(スプシュカラ):ヴァーティヤ王の妃の侍女。
ヴィシュヌグプタ王(チャーナキャ):コハラ王の父。
コハラ王子(クシャラの子シャタ):ヴィシュヌグプタ王とスバドランギ王妃の子。コハラ王の幼少期。
死刑執行人(クシャラ):チャンダーラ族の死刑執行人。
暴徒1(ウグラ):逃げたヴァイシャ―リー人。
暴徒2(チャーナキャ):逃げたヴァイシャ―リー人。
歌舞の師(スバドランギ):ヴァイシャ―リー出身の女優。
ブッダシャカムニ(サティヤジット):元シャカ族王子の修行者。
Backing band
座頭、朗唱、リュート、鐘:ヴァーティヤ
朗唱、タンバリン、鐘:スバドランギ
フルート:ブダセーナ
タブラ:ヴィプラ
タンプーラ、伴唱:ドリティ
序幕
舞台の中央に蓮の花が置かれている。鐘の音と歩調を合わせて聖杖を持った座頭が登場し舞台中央に進む。楽団の演奏。座頭は四方を歩き回りながら聖杖を振って舞台を清める。
[女朗唱]
梵天と獣主、インドラに敬礼します。
インドラの旗祭りが始まりました。
演劇を上演する時がやってきました。
インドラの勝利を祝いましょう。
梵天よ、獣主よ、インドラよ。
私たちの怒りを聞いてください。
憎しみと悲しみを聞いてください。
もう充分です。もうたくさんです。
ああ、梵天よ、獣主よ、インドラよ、あなたは全て聞き遂げてくださいました。
私たちの心は今清らかです。全ての衝立は片付けられました。
今こそ演劇を鑑賞しましょう、注意深い類推によって、美しいものを見つけましょう。
それは奇跡的な光景です。私たちの心は繋がって輪のようになるでしょう。
それは神聖な姿です。私たちはひとつになるでしょう。
それは真理を支持します。私たちの心の鼓は、ダルマの響きを鳴らすでしょう。
座頭が中央に戻る。演奏停止。鐘の音ひとつ。精霊によって座頭の頭上から花が蒔かれる。
座頭「マガダの皆さん。カリンガの皆さん。確かに、私たちの間には怒りがありました。憎しみと悲しみがありました。でももう充分です。もうたくさんです。私たちの声は吐き出され、今神々に聞き届けられました。そしてブッダシャカムニは亡くなるとき、諸々の事象とは過ぎ去るもの、と私たちに教えてくださいました。ですから今私たちは、インドラの勝利をこの演劇によって祝いましょう。そして最後に、私たちの勝利を祝いましょう」
鐘の音。精霊が座頭の横に立つ。
精霊「座頭様。演劇って、なんていう題の劇ですの?」
座頭「これは精霊さん。それはですな、"スンダリー姫の心の旅路"、という劇ですよ」
精霊「玄妙な響きです」
座頭「そうですとも、そうですとも。スンダリー姫は昔のヴァイシャ―リー国の王女様でした」
精霊「それで、それはいつ頃の出来事なんですの?」
座頭「ブッダシャカムニが生きていらした頃です」
精霊「輝かしい時代です。劇はどこから始まるんです?」
座頭「ヴァイシャ―リーです。その頃ヴァイシャ―リー国のヴァーティヤ王のお妃様は、お腹の中の子が成長して、今にも生まれそうだったのです。お妃様はマガダ国の王女で、カーシー国のスバドランギ王妃のお妹様でした」
精霊「あ、どなたか来られましたよ」
座頭「おお、あの方の表情は穏やかで明るく、体つきは清らかです。あれはかのムニ様に違いありません」
座頭が蓮の花壇を持って座頭と精霊退場。椀を持ったブッダシャカムニ登場。鐘の音に合わせてゆっくり一歩ずつ中央へ歩む。中央へ着くと精霊が再登場してブッダシャカムニの頭上から花を蒔く。ウグラ登場。ブッダシャカムニを遠くから見ている。
ウグラ[独白]「おや、あの沙門様の表情は穏やかで明るく、体つきは清らかだ。どこのどなただろう?」
ブッダシャカムニ「事物に対する執着を見て、偏見における弊害を見て、固執せず、省察して、内心の安らぎを私は見た。従ってこのことを説く、ということが私にはない。だが私が見たものについては説くことができる。だから私はこう説こう」
演奏開始。
[男朗唱]
遠くを見るな 近くを見るな 内を見よ
憎しみは憎しみによっては鎮まらない
憎まないことによって鎮まる
私たちはかつて命の始祖であった
私たちは祖先の労苦の結晶である
私たちはひとつである
ひとつになって輪を回す
賢い者はそれを理解するであろう
演奏停止。精霊が再びブッダシャカムニの頭上から花を蒔く。ブッダシャカムニ鐘の音に合わせてゆっくり退場。
ウグラ[独白]「素晴らしい教えだ、有り難い教えだ、この方は立派な修行者だ。王様は今お妃様がお子を産みそうなので気をもんでおられる。この方のことをお伝えしよう。これが王様の従者としての私の正しい務めなのだ」
ウグラ退場。序幕終了。
第一幕『スンダリー姫の誕生』
演奏開始。
[女朗唱]
ヴァイシャ―リーは人々と自然が調和した街。
城ではいつも会議が開かれます。身分に関わらず皆が集います。
ヴァーティヤ王は真理を支持し全ての生き物を慈しむ敬虔な王。いつも皆の意見を聞いてから物事を決定します。
全ての人の幸せのために物事が決定されます。
全ての人の幸せのためにヴァーティヤ王は働いています。
ヴァーティヤ王は富が手に入っても皆に分け与えてしまいます。
ヴァーティヤ王は誰にも敵意を抱いていません。
だからヴァーティヤ王には財産はなく軍隊は小さいです。
でも誰もがヴァーティヤ王を尊敬しています。
演奏停止。ヴァイシャ―リー城内。ヴァーティヤ王登場。思案顔でうろうろする。
ヴァーティヤ王[独白]「もう妃が子を産むだろう。だが子は無事に生まれるだろうか。妃は無事でいられるだろうか。子が生まれるときに死んだり、母が死ぬのはよくあることだ。ああ、心配でならない」
ウグラ走って登場。
ウグラ「王様、王様、たいへんです」
ヴァーティヤ王「ウグラ、さては妃が子を産んだのか」
ウグラ「そうじゃありません」
ヴァーティヤ王「相変わらず人騒がせなウグラだ。だが私はお前のその純朴さを心から愛しているよ。実に純朴さこそ敬うべき美徳」
ヴァーティヤ王がウグラに合掌。ウグラも王に合掌。
ウグラ「これは嬉しいお言葉」
ヴァーティヤ王「それで何がたいへんなのだ」
ウグラ「ヴァイシャ―リーの街に立派な沙門様がおられたのです。その方の表情は穏やかで明るく、体つきは清らかでした。有り難い教えの詩を唱えられました。それで私は考えたのです。沙門様はきっと王様のためになる教えを説いてくださるだろうから、王様はこの方に会いに行って、施しをされるのが善い、と」
ヴァーティヤ王「なんだって。さあウグラ、急ぐのだ。一刻も早く私をその沙門様のところへ案内してくれ」
ウグラ「承知いたしました。さあ参りましょう」
ヴァーティヤ王とウグラ退場。背景交換。ヴァイシャリー市街。椀を持ったブッダシャカムニ登場。
ブッダシャカムニ[独白]「今日はまだ施しをしてくださる方がいない。だが嘆くべきではないし、人々に声をかけて乞うべきではない。心を落ち着けてもう少しここに立っていよう」
ヴァーティヤ王とウグラ走って登場。ヴァーティヤ王はマンゴーを持っている。
ウグラ「王様、おられました。あの方ですよ」
ヴァーティヤ王「ああ、あの方の表情は穏やかで明るく、体つきは清らかだ。あの方は立派な修行者に違いない。さあ、私はあの方に施しをして、教えを説いていただこう」
ウグラ「そうしましょう」
ヴァーティヤ王とウグラ、ブッダシャカムニに近づく。ブッダシャカムニ、ふたりに気づいて振り向き、三人は合掌を交わす。
ヴァーティヤ王「沙門様、私はヴァイシャーリーの王ヴァーティヤです。どうかあなたに施しをさせてください」
ブッダシャカムニ、マンゴーを椀に入れて受け取る。
ブッダシャカムニ「ありがとうございます」
ヴァーティヤ王「あなたの表情は穏やかで明るく、体つきは清らかです。ですから差し支えなければ教えてください。あなたはどこのどなたなのですか? どうしてあなたの表情はそんな穏やかで明るく、体つきは清らかなのですか?」
ブッダシャカムニ「私はかつてシャカ族の王子でした。姓はガウタマです。事物に対する執着を見て、偏見における弊害を見て、固執せず、省察して、内心の安らぎを私は見ました。そのため私の表情は穏やかで明るく、体つきは清らかになりました」
ヴァーティヤ王「なんということでしょう、あなたは敬虔な人の家長、慈悲の心の水源、ブッダシャカムニ様ではないですか。あなたを尊敬する人々から噂を聞くたびに、お会いしたいと思っていたのです」
ブッダシャカムニ「ヴァーティヤ王、実は私もあなたを尊敬する人々から噂を聞くたびに、お会いしたいと思っていたのです」
ウグラ「私も王様を心から尊敬するそのひとり」
ヴァーティヤ王「これはもったいないこと。ですが私はあなた様のように内心の安らぎを見ることができてはいないのです。私の妃は今にも子が産まれそうで、今私の心は心配のために乱れているのです。さあ、お慈悲ですから、私に教えを説いてください」
鐘の音。演奏開始。ブッダシャカムニ手印を作る。
男朗唱
遠くを見ないでください 近くを見ないでください 内を見てください
憎しみは憎しみによっては鎮まりません
憎まないことによって鎮まるのです
私たちはかつて命の始祖でした
私たちは祖先の労苦の結晶です
私たちはひとつです
ひとつになって輪を回します
賢い者はそれを理解するでしょう
演奏停止。精霊によってふたりの頭上から花が蒔かれる。鐘の音。
ヴァーティヤ王[独白]「私は内を見た。私はかつて命の始祖であった。私は祖先の労苦の結晶である。私たちはひとつである。ひとつになって輪を回す。私は誰をも憎んでいない。憎まないことで憎しみは鎮まり、安らぎが訪れた」
ヴァーティヤ王「素晴らしい教えです、有り難い教えです。今私の表情は穏やかで明るく、体つきは清らかになりました。私の子がもうすぐ生まれるのです。ブッダシャカムニ様、どうか城まで来て、私の子供が生まれたなら、祝福を与えてあげてください」
ウグラ「それは素晴らしいことです」
ブッダシャカムニ「それではそういたしましょう」
三人退場。背景交換。ヴァイシャ―リー城内。ヴァーティヤ王、ウグラ、ブッダシャカムニ登場。
ウグラ「おや、あれはお妃様の侍女だ、何事だろう」
侍女走って登場。
侍女「王様、一大事でございます」
ヴァーティヤ王「いったい何が起こったのだ」
侍女「お子様がお生まれになられました。美しい女の子です。でもお妃様は、お子を産まれてすぐ、お亡くなりになられたのです」
鐘の音。ヴァーティヤ王とウグラ立ち尽くす。ブッダシャカムニ合掌。演奏開始。
[女朗唱]
ヴァイシャ―リーの王女様がお生まれになられました。(いと優しき)
全ての生き物を抱擁する慈悲の心を持ち、
全ての生き物を感動させる美しさを持った王女様がお生まれになられました。(いと美しき)
お母様の尊い労苦と犠牲によって
マガダ国の王女、カーシー国のスバドランギ王妃のお妹様の、
尊い労苦と犠牲によって、命は繋がれました。(輪が回りました)
朗唱の間に侍女が一度退場。赤ん坊(に見立てたパラミツの実)を抱いて戻ってくる。演奏停止。
侍女「悲しいことです。むごいことです。でも姫様がお生まれになられました。さあ王様、お妃様の労苦の結晶です」
ヴァーティヤ王、赤ん坊を抱いて泣く。
ヴァーティヤ王「喜びと悲しみは常に寄り添う。これが世の常というものだ」
ウグラと侍女号泣。
ウグラ「悲しいことです。むごいことです」
ブッダシャカムニ「ヴァーティヤ王よ、諸々の事象は過ぎ去るものである。さあ、お妃様の犠牲に報いましょう。姫を祝福しましょう」
ヴァーティヤ王「そうしなければなりません。ブッダシャカムニ様、どうかこの子に名を与えて、この子を祝福してください」
ブッダシャカムニ、赤ん坊を抱く。
ブッダシャカムニ「こんなにも美しい姫であれば、こう名付けるほかありません。スンダリー姫、と。スンダリー姫がその慈悲の心によって全ての生き物を抱擁しますように。その美しさによって全ての生き物を感動させますように」
鐘の音。精霊によって赤ん坊の上から花が蒔かれる。演奏開始。
[女朗唱]
喜びと悲しみは常に寄り添います。(それは過ぎ去ります)
憎しみと愛も常に寄り添います。(それは過ぎ去ります)
心を落ち着けて内を見ましょう。
そこには美しいものが見えます。
それがこのヴァイシャ―リーの王女、スンダリー姫です。(いと優しく美しき)
朗唱の間に役者退場。ブッダシャカムニのみ残る。背景交換。ヴァイシャーリー郊外。演奏停止。
ブッダシャカムニ[独白]「ヴァーティヤ王のお妃様はマガダのお生まれで、カーシー国のスバドランギ王妃のお妹様だ。スバドランギ王妃は敬虔な方。昔私に施しをし、親切にしてくださった。あの方にお妹様の不幸をお伝えしなければならない。それにカーシー国の王は心が狭く暴虐で、スバドランギ王妃は困っておいでと聞いた。カーシーに行ってスバドランギ王妃にお妹様のことをお伝えし、その上で慰めて差し上げなくては。さあ、私はカーシーへ行こう」
ブッダシャカムニ退場。『スンダリー姫の誕生』の幕終了。
第二幕『内を見ない王』
演奏開始。
[男朗唱]
聖なるカーシーは豊かな街。ガンジスの恵みを享受しています。(母なる恵み)
でもカーシーのヴィシュヌグプタ王は自分の利益しか考えていません。
そのくせ自分が何をしたか、自分が何をしなかったを見ることがありません。
他人が何をしたか、何をしなかったかばかりを見ています。
そして全ての生き物と自然と敵対しています。
彼は、人々はなすべきこととなすべきでないこととは我が意に従うべきと思っています。
だから全ての物事を自分ひとりで決定します。誰の意見も聞きません。
手に入った富は独り占めにします。
だからヴィシュヌグプタ王の財産は膨大で大きな軍隊を持っています。
でも誰もヴィシュヌグプタ王を尊敬していません。
息子のコハラ王子もそうでした。
演奏停止。カーシー城内。ヴィシュヌグプタ王登場。
ヴィシュヌグプタ王「ああ、暑い。ああ、腹が減った。ああ、さっき陳情に来た農夫が気に入らない。まったく腹の立つことばかりだ。どいつもこいつも気に入らない。私を誰だと思っているのだ。偉大なるカーシー王、ヴィシュヌグプタ王であるぞよ。気に入らないと言えばスバドランギが産んだあの息子、コハラだ。生意気で、反抗的で、いつも私を睨みつける。よし、うさ晴らしにまたしつけをしてやろう。おい、クシャラ」
ヴィシュヌグプタ王、手を叩く。クシャラ登場。
クシャラ「お呼びでございますか」
ヴィシュヌグプタ王「呼んだに決まっておるだろう。馬鹿な奴だ。お前は親衛隊長のくせに、間抜けでいけない。コハラが不良になってしまったのは、お前にコハラのお守りを任せたせいかもしれない」
クシャラ「申し訳ございません」
ヴィシュヌグプタ王「よしよし、それでよい。全ての人間は私に従わなければならない。これが真理なのだ。さあ、コハラを連れてこい。今からあいつにお仕置きをしてやろうと考えたのだ」
クシャラ「ですが、コハラ王子は何も悪いことをしていません」
ヴィシュヌグプタ王「何か言ったかな?」
クシャラ「何でもございません」
クシャラ退場。
ヴィシュヌグプタ王「体がかゆい。気に入らない。腰が痛い。気に入らない。不快だ。全てが不快だ。いったいこれらはどいつのせいなんだ? 自然のせいだ。全ての生き物たちのせいだ。そうに違いない。今に見ておれ。目にもの見せてやる」
クシャラとコハラ王子登場。
クシャラ「王子をお連れしました」
ヴィシュヌグプタ王「よし、クシャラ、お前はもういい、失せろ」
クシャラ「仰せのままに」
クシャラ退場。
ヴィシュヌグプタ王「コハラどうした、なぜそんなに遠くに立っている。私の近くに来い」
コハラ王子「嫌です。父上は怖いです。いつも私を殴ります」
ヴィシュヌグプタ王「それは私のせいではない。お前が生意気なせいだ。さあ、こっちに来い」
コハラ王子「嫌です。私は父上が怖いのです」
ヴィシュヌグプタ王「父に逆らうのか。やはりお前はどうしようもない不孝者だな。よし、それでは私からお前に近づいて、しつけをしてやろう」
ヴィシュヌグプタ王、コハラ王子を捕まえて尻を叩く。
コハラ王子「痛いです、苦しいです、悲しいです。父上、やめてください」
ヴィシュヌグプタ王「父に指図するとはますます反抗的な息子だ。よし、もっとお仕置きをしてやろう」
ヴィシュヌグプタ王、コハラ王子の尻を何度も叩く。スバドランギ王妃とクシャラ走って登場。
スバドランギ王妃「王様、おやめください。あんまりにむごいことです」
スバドランギ王妃、コハラ王子を抱擁。
ヴィシュヌグプタ王「王妃ではないか、クシャラ、さてはお前、王妃に知らせたな」
クシャラ「そうとも言えますが、そうでないとも言えます。私はただ、王妃様にコハラ王子はどこかと尋ねられて、お答えしただけなのです」
ヴィシュヌグプタ王「ええい、気に入らん。どいつもこいつも気に入らん」
侍女走って登場。
侍女「王妃様、お客様が見えられました。ブッダシャカムニ様でございます」
スバドランギ王妃「ああ、神々が私たちを憐れんで遣わしてくださった」
侍女「それから王様、コーサラとの国境にコーサラの軍勢が押し寄せてきたとの知らせでございます」
ヴィシュヌグプタ王「何だと、コーサラめ。よし、我が大軍によって返り討ちにしてやろう」
ヴィシュヌグプタ王、侍女退場。
スバドランギ王妃「愛しいコハラや、大丈夫ですか」
コハラ王子「大丈夫です。でも私は父上が憎いです。いつか父上に仕返しをしてやります」
スバドランギ王妃「コハラ、お前はなんということを。そんなことはいけません。王様は視野が狭く、他者と不快なことしか見ていないので、あんな人になってしまった、憐れむべき人なのですよ」
コハラ王子「よくわかりません」
スバドランギ王妃「あなたが大きくなって、あなたを慈しんでくれる人に出会えれば、きっとわかります。さあクシャラ、この子を連れて行ってください。そしてブッダシャカムニ様をここへお連れしてください。知らせてくれてありがとう」
クシャラ「仰せのままに」
クシャラとコハラ王子退場。演奏開始。
[スバドランギ王妃の朗唱]
マガダから嫁に来てからというもの、私は笑ったことがありません。(悲しむばかり)
私は王様を愛せませんでした。王様が私を愛せないのも、息子を愛せないのも、きっとそのなのです。(原因があり結果があります)
これが応報です。私の苦しみは私が生みました。(憐れな王妃様)
これが応報です。息子の憎しみは私が生みました。(憐れな王子様)
クシャラとブッダシャカムニ登場。
クシャラ「王妃様。ブッダシャカムニ様をお連れしました」
スバドランギ王妃「ああ、ブッダシャカムニ様、お久しぶりでございます」
ブッダシャカムニ「王妃様、ご無沙汰いたしました」
ふたり合掌を交わす。
スバドランギ王妃「クシャラ、ご苦労様でした」
クシャラ「それでは私はこれで」
クシャラ退場。ブッダシャカムニ、クシャラに合掌。
スバドランギ王妃「それでブッダシャカムニ様、急なお越しでしたが、何かあったのですか?」
ブッダシャカムニ「はい、それはあったのです。ヴァイシャ―リーでお妹様が女の子を産まれてすぐ、亡くなられたのです」
鐘の音。スバドランギ王妃手で顔を覆う。
スバドランギ王妃「妹とは大の仲良しでした。妹は優しくて美しくて、私は妹を心から愛していました。私の気持ちをわかってくれるのは妹だけでした。ああ、その妹はもういません。私はついにひとりになってしまいました。そして王様は暴虐で、息子のコハラはいつもいじめられています。私の心は乱れています。ブッダシャカムニ様、さあ、お慈悲ですから、私に教えを説いてください」
鐘の音。演奏開始。ブッダシャカムニ手印を作る。
[男朗唱]
遠くを見ないでください 近くを見ないでください 内を見てください
憎しみは憎しみによっては鎮まりません
憎まないことによって鎮まるのです
私たちはかつて命の始祖でした
私たちは祖先の労苦の結晶です
私たちはひとつです
ひとつになって輪を回します
賢い者はそれを理解するでしょう
演奏停止。精霊によってふたりの頭上から花が蒔かれる。鐘の音。
スバドランギ王妃[独白]「私は内を見ました。私はかつて命の始祖でした。私は祖先の労苦の結晶です。私たちはひとつです。ひとつになって輪を回します。私は誰をも憎んでいません。憎まないことで憎しみは鎮まり、安らぎが訪れました」
スバドランギ王妃「素晴らしい教えです、有り難い教えです。今私の表情は穏やかで明るく、体つきは清らかになりました」
クシャラ走って登場。
クシャラ「王妃様、一大事でございます」
スバドランギ王妃「何が起こったのですか」
クシャラ「王様がコーサラ軍と戦っていたところ、味方に裏切られて、お討ち死になさいました」
『内を見ない王』の幕終了。
第三幕『ヴァーティヤ王の遺訓』
演奏開始。
[女朗唱]
諸々の事象は過ぎ去るものです。十数年が過ぎ去りました。(生じる性質あるものは滅びる性質あるもの)
スンダリー姫もコハラ王も大人になりました。(美しい姫と凛々しい王)
父の後を継いだコハラ王は、父王と同じやり方をしました。
ひとりで富を独占し、大きな軍隊を作りました。
人の意見を聞きませんでしたが、ただひとり、
幼馴染で大臣のチャーナキャとだけはいつも相談していました。
次は誰から何を奪えるだろうか、について。
演奏停止。カーシー城内。コハラ王とチャーナキャ登場。
チャーナキャ「王様、準備は整いました。ヴァイシャ―リーを攻めましょう」
コハラ王「だがチャーナキャ、ヴァイシャ―リーのヴァーティヤ王は美徳備わり、人々の意見を聞き、国は平和に治められている。人々は幸せに暮らしていて、不敬な行いをする者もなく、カーシーに対しても何の罪科もない。彼らは我々に対して友好的だ」
チャーナキャ「それがどうかしましたか。ヴァーティヤ王は富を得ても全て皆に分け与えてしまうし、誰にも敵意を持っていないので、財貨なく軍隊は小さい。我々であれば簡単に征服できるでしょう。ヴァイシャ―リーを征服すれば、我々はヴァイシャ―リーの人々から富を奪うことができます」
コハラ王「それはその通りだ」
チャーナキャ「先王のことをお忘れではありますまい。先王は味方を信頼したばかりに殺されたのです」
コハラ王「裏切者どもは幼い私をも殺そうとしたが、彼らは私を子供と侮っていた。それで私は返り討ちにしてやったのだ」
チャーナキャ「あのときの私の力添えもお忘れなく」
コハラ王「忘れてなどいない、我が友チャーナキャよ」
チャーナキャ「ヴァイシャ―リーだって今は友好的でも、いつ我々に刃を向けるかわかりません。今のうちに滅ぼすべきです」
コハラ王「それもそうだ。それではさっそく出陣しよう」
演奏開始。
[女朗唱]
コハラ王が率いる大軍がヴァイシャ―リーに押し寄せました。
ヴァイシャ―リーの人々はひとたまりもなく踏みにじられました。
たくさんの人が泣き叫びながら殺されました。(暴力の惨禍)
コハラ王の軍勢がヴァイシャ―リー城にまで迫りました。
演奏停止。背景交換。ヴァイシャ―リー城内。ヴァーティヤ王、スンダリー姫、ウグラ登場。
スンダリー姫「父上、あきらめてはなりません。こんな暴力を容認してはなりません。さあ、戦いましょう」
ウグラ「姫様のおっしゃる通りです。このウグラは一騎当千。カーシーの軍勢などひとりで蹴散らしてやります」
ヴァーティヤ王「スンダリーよ、ウグラよ、それはならない。暴力に暴力で報いてはならない。ウグラ、お前に頼みがある。スンダリーを守って城から逃げるのだ。スンダリー、ウグラから離れてはいけないよ」
ウグラ「王様がそうおっしゃるなら、このウグラ、命に代えても姫様をお守りします」
スンダリー姫「父上はどうされるのですか」
ヴァーティヤ「私はコハラ王と話し合ってみよう。話をすれば、わかってもらえるかもしれない。これ以上の暴力をやめるよう説得しよう。これこそが私の王としての務めなのだ」
スンダリー姫「コハラ王は暴虐だったヴィシュヌグプタ王の息子です。父と同じように人の話に耳を傾けないと聞いています。きっと説得できないと思います」
ヴァーティヤ王「そうかもしれないが、そうでないかもしれない。いずれにしても、こうする他はないのだ。さあ、お前たちは急いで逃げなさい」
スンダリー姫「父上、どうかご無事で」
スンダリー姫とウグラ、ヴァーティヤ王に合掌して退場。コハラ王、チャーナキャ、クシャラ登場。クシャラは縄を持っている。
コハラ王「ここにいたか、ヴァーティヤ王」
ヴァーティヤ王「コハラ王ですな、ヴァーティヤ王です。お願いがあります。私と話をしてください。私の言うことに耳を傾けてください。私の心を見てください。私はあなた方に微塵ほどの敵意も抱いていないのです」
チャーナキャ「信じてはなりません」
コハラ王「およそ人が嘘をつくものだということは父がよく教えてくれた」
ヴァーティヤ王「嘘ではありません。私はあなた方を憎んでいません。ただ皆で協調して安らかに幸せに暮らしていきたいとだけ思っているのです」
チャーナキャ「嘘つきは自分を嘘つきとは呼びません」
コハラ王「その通りだ。危うく騙されるところであった。クシャラ、こいつを捕えるのだ」
クシャラ「ヴァーティヤ王様、ごめん仕る」
クシャラ、ヴァーティヤ王の腕を背中で縛る。
チャーナキャ「さあ王様、こいつをヴァイシャ―リーの街中で引き回してやりましょう。ヴァイシャ―リーの連中に、我々に歯向かうとどうなるか見せてやりましょう」
コハラ王「それではそうしよう」
役者たち退場。演奏開始。
[女朗唱]
憐れヴァーティヤ王、縄で縛られ引きずられ。(悲しいこと)
ヴァイシャ―リーの市街へと連れてこられました。(むごいこと)
朗唱の間に背景交換。ヴァイシャ―リー市街。ヴァーティヤ王、斧を持った死刑執行人(覆面)に引きずられて登場。コハラ王とチャーナキャも登場。
チャーナキャ「ヴァイシャ―リーの市民諸君。ヴァーティヤ王はのんきにも安楽を楽しみ民を守る義務を怠った。それゆえ諸君は今日踏みにじられたのだ。これはヴァーティヤ王の罪に他ならない。さあ、我々は諸君に代わってヴァーティヤ王を断罪しよう」
スンダリー姫とウグラ登場。ウグラは棒を持っている。
スンダリー姫「ああ、あれは父上です。父上が殺されてしまいます。お助けしなければ」
ウグラ「姫様いけません、今行けば姫様まで殺されてしまいます」
ヴァーティヤ王、スンダリーを見つける。
ヴァーティヤ王[独白]「スンダリーが私を見ている。あの子は勇気があるから、私を助けようとここへ来るに違いない。今私はこの詩を唱えなければならない。これが父としての私の最後の務めなのだ」
演奏開始。
[ヴァーティヤ王の朗唱]
愛しい娘よ
遠くを見るな 近くを見るな 内を見よ
憎しみは憎しみによっては鎮まらない
憎まないことによって鎮まる
私たちはかつて命の始祖であった
私たちは祖先の労苦の結晶である
私たちはひとつである
ひとつになって輪を回す
賢い者はそれを理解するであろう
演奏停止。
スンダリー姫[独白]「美しい詩です。でも父上、遠くとは何ですか? 近くとは何ですか? 内とは何ですか? 命の始祖とは何ですか? 輪とは何ですか? 私は愚者のようです。私にはよくわかりません」
コハラ王「急に詩など唱えて、ヴァーティヤ王は気が狂ってしまったらしい。それにしても娘とは誰のことだろう?」
チャーナキャ「誰でもいいでしょう。さあチャンダーラ、こいつを殺してしまえ」
死刑執行人「仰せのままに」
死刑執行人、ヴァーティヤ王を引きずって退場。
舞台裏の死刑執行人「ヴァーティヤ王の首が落ちました。ヴァーティヤ王は死にました」
スンダリー姫「おのれ」
スンダリー姫が飛び出そうとすると、ブッダシャカムニ登場。スンダリー姫の肩にそっと触れる。
鐘の音。精霊によってスンダリー姫とブッダシャカムニの頭上から花が蒔かれる。演奏開始。
[男朗唱]スンダリー姫とブッダシャカムニの舞踏(カタカリの様式)。ブッダシャカムニは首をふったり手ぶりをして教え諭す。スンダリー姫は何度もうなづく。
父君の詩を聞きましたか。あの詩を忘れてはなりません。
今のあなたは憎しみと怒りに心が捕われています。
この力は私たちが動物だったときには大切なものでした。
この力によって私たちは生き延びてきました。
あなたが憎しみと怒りを感じるのは、あなたが健康な印です。
でも私たちが人間となったとき、この力は変化しました。
自分をも傷つけるものへとなってしまったのです。
そして人間は巧みな技術で大きな暴力を作り出すことができます。
そのため人間の憎しみと怒りは、やがて自然と全ての生き物を破壊します。
今はこのことがわからないかもしれません。
でもいつかあなたは理解するでしょう。
あなたの心の旅路はまだ始まったばかりです。
ブッダシャカムニ退場。演奏停止。
スンダリー姫「あの方は父上から何度も聞いた、私の名づけ親ブッダシャカムニ様では?」
チャーナキャ「おや、さてはあれがヴァーティヤ王の娘だな? クシャラ出会え」
クシャラ、棒を持って登場。
クシャラ「ここに」
チャーナキャ「あの娘を捕えるのだ」
クシャラ「ですがあの娘はどんな罪を犯したのでしょうか」
チャーナキャ「あれはヴァーティヤ王の娘に違いない。それがあの娘の罪なのだ」
クシャラ「それは罪ではありません。それは行為ではありません。それは生まれです」
チャーナキャ「大臣に逆らう気か。お前の家族がどうなっても知らんぞ」
クシャラ「それは困ります」
クシャラ、スンダリー姫に近づく。ウグラ、棒をかざしてスンダリー姫の前に出る。
ウグラ「姫様に触れさせるか。このウグラが相手だ」
クシャラ「よき豪傑。このクシャラと戦うがいい」
演奏開始。ウグラとクシャラ、演武して棒で打ち合う。棒がぶつかるたびに鐘の音。
[男朗唱]
ヴァイシャ―リーの勇者ウグラ、カーシーの勇者クシャラ。
互いに劣らぬ豪傑同士、火花を散らして戦うこと50余合。
いつまで経っても勝負がつきそうにありません。
スンダリー姫はウグラにもしものことがあってはと危ぶみました。
(スンダリー姫、ウグラとクシャラの間に割って入る)
[スンダリー姫朗唱]
豪傑たちよ、そこまでです。
争いはもうたくさんです。
カーシーの勇者よ、私を捕えたければ捕えなさい。
演奏停止。鐘の音。精霊によってスンダリー姫の頭上から花が蒔かれる。
クシャラ[独白]「なんと神聖なばかりに美しく勇敢な姫君だろう、さてはパールヴァティ女神の化身かもしれない。この方を捕えるなどとんでもないことだ」
クシャラ「あなたを捕えることはできません。いったい誰があなたを捕えられるでしょう。あなたを捕えられるのは獣主くらいなものですが、私はそうではありません。さあ、早くお逃げください」
スンダリー姫「私はヴァイシャ―リー王女スンダリー。カーシーの勇者クシャラ、あなたのことは忘れません。さあウグラ、逃げるのです」
ウグラ「そうしましょう」
スンダリー姫とウグラ退場。『コハラ王によるヴァイシャーリー征服』の幕終了。
第四幕『スバドランギ太后の遺訓』
演奏開始。
[女朗唱]
多くのヴァイシャ―リー市民が捕囚となりました。
歩かされてカーシーに移送されました。(それは暴力)
移送される間にもたくさんの人が死にました。
悲しいことです。むごいことです。(それは暴力)
ヴァイシャ―リーの人々はカーシー人たちを憎みました。
ヴァイシャ―リーの捕囚たちとともに、コハラ王たちもカーシーに戻りました。
演奏停止。カーシー城内。コハラ王登場。
コハラ王「ヴァイシャ―リーの征服は全てうまくいった。ヴァーティヤ王の娘は取り逃がしたが、それは問題ではない。これでカーシーはますます強大になった。さあ、次は宿敵コーサラを討つ番だ。チャーナキャがヴァイシャ―リーの戦後処理を終えて戻ったら、すぐに出陣しよう」
クシャラ走って登場。
クシャラ「王様、たいへんです。ヴァイシャリーの捕囚たちが何人か逃げました」
コハラ王「これは一大事」
侍女走って登場。
侍女「王様、たいへんです。スバドランギ太后様がヴァイシャ―リー人たちに連れ去られました」
コハラ王「なんということだ。クシャラ、母上を救うのだ。ヴァイシャ―リー人たちを討つのだ。母上と奴らを探すぞ」
クシャラ「急ぎましょう」
役者たち退場。演奏開始。
[男朗唱]
憐れスバドランギ太后、復讐に燃えるヴァイシャ―リー人たちに捕われて。
カーシーの郊外に連れていかれておりました。(おいたわしい)
演奏停止。縄で縛られたスバドランギ太后とヴァイシャ―リーの暴徒二人(覆面)登場。暴徒2は斧を持っている。
暴徒1「さあ太后、観念するのです。あなたに恨みはありませんが、あなたはコハラ王の母親。あの暴虐な男に暴力の果報を思い知らせてやらなければなりません」
スバドランギ太后「ええ、わかっています。これが暴力の果報です。かまいません、私はこの命でカーシーと息子の罪を償いましょう。さあひと思いに」
暴徒2「ご立派です。それではそうしましょう」
暴徒2、斧を振り上げる。コハラ王とクシャラ走って登場。
コハラ王「待て暴徒ども、母上に罪はない。お前たちの敵はこの私だ」
スバドランギ太后[独白]「ああ、コハラが私を助けに来てくれた。やはりあの子は根は優しいのです。でももう間に合わない。それでは私はこの詩を唱えてあの子に聞かせましょう。これが私の母としての最後の務めなのです」
演奏開始。
[スバドランギ太后朗唱]
愛しい息子や
遠くを見ないでください 近くを見ないでください 内を見てください
憎しみは憎しみによっては鎮まりません
憎まないことによって鎮まるのです
私たちはかつて命の始祖でした
私たちは祖先の労苦の結晶です
私たちはひとつです
ひとつになって輪を回します
賢い者はそれを理解するでしょう
演奏停止。
コハラ王[独白]「美しい詩です。でも母上、遠くとは何ですか? 近くとは何ですか? 内とは何ですか? 命の始祖とは何ですか? 輪とは何ですか? 私は愚者のようです。私にはよくわかりません」
暴徒1「急に詩など唱えて、太后は気が狂ってしまったのだろうか? 息子だって? おや、あれはコハラ王だ。さあ、急ごう」
暴徒2「ごめん」
斧が振り下ろされスバドランギ太后倒れる。
コハラ王「おのれ」
コハラ王が飛び出そうとすると、ブッダシャカムニ登場。コハラ王の肩にそっと触れる。鐘の音。精霊によってコハラ王とブッダシャカムニの頭上から花が蒔かれる。演奏開始。
[男朗唱]コハラ王とブッダシャカムニの舞踏(カタカリの様式)。ブッダシャカムニは首をふったり手ぶりをして教え諭す。コハラ王は何度もうなづく。
母君の詩を聞きましたか。あの詩を忘れてはなりません。
あの者たちを殺してはなりません。争いはもう充分です。
憐れな王よ、今のあなたは暴力の鎖に捕われています。
憎しみと怒りの鎖があなたを縛り付けています。
そのためあなたは自然と全ての生き物、
そして自分をも傷つけています。
あなたはこの鎖を断ち切らなければなりません。
今はこのことがわからないかもしれません。
でもいつかあなたは理解するでしょう。
あなたを心から愛してくれる者によって。
ブッダシャカムニ退場。演奏停止。
コハラ王「あの方は母上から何度も聞いたブッダシャカムニ様では?」
暴徒1「よし、気は済んだ。さあ逃げよう」
暴徒2「そうしよう」
暴徒たち退場。
クシャラ「待て」
コハラ王「クシャラ、追うな」
クシャラ「ですが、彼らは太后様を殺しました」
コハラ王「そうではない。母上を殺したのはこの私なのだ」
『スバドランギ太后の遺訓』の幕終了。
第五幕『スンダリー姫の計略』
演奏開始。
[女朗唱]
スンダリー姫とウグラはどうしたのでしょう。
スンダリー姫とウグラは森へ逃げました。
スンダリー姫は心ゆくまで泣きました。(おいたわしい)
そして朝が来ました。
演奏停止。森の中。スンダリーとウグラが果実を食べるしぐさ。
スンダリー姫「ウグラ、さあ私たちはこれからどうしましょう」
ウグラ「とにかく、生きていかなくっちゃいけません」
スンダリー姫「それはその通りです。でもあのコハラ王にどうにか復讐してやらなければなりません」
ウグラ「それはもっともなことです。でもどうやって?」
スンダリー姫「さて、どうしたものでしょう」
歌舞の師、壺を持って登場。
歌舞の師「ああ、ここにいらっしゃった。あのパールヴァティさながらに美しい方は、亡きヴァーティヤ王のご息女、スンダリー姫に違いない。横にいるのはヴァイシャ―リー一の勇者ウグラ殿に違いない」
スンダリー姫「おや、どなたかいらっしゃいました」
歌舞の師、スンダリー姫とウグラに近づく。それぞれ合掌を交わす。
歌舞の師「ヴァイシャ―リーの王女スンダリー姫でらっしゃいますね?」
スンダリー姫「その通りです。あなたはどなたですか?」
歌舞の師「私は亡きヴァーティヤ王に親切にしていただいていた、ヴァイシャ―リー生まれの女優です。ヴァーティヤ王の亡骸はヴァイシャリーの人々によって荼毘に付されました。これがご遺骨です。私はこれを姫様に届けに来たのです」
スンダリー姫、壺を抱いて泣く。ウグラ泣く。
スンダリー姫「父上、なんと変わり果てたお姿に」
歌舞の師「おいたわしい」
スンダリー姫「私は計略を思いつきました。コハラ王の目に物を見せてやりましょう。歌舞の師よ、私はあなたの技を学びたいのです」
歌舞の師「ヴァーティヤ王には恩義があります。美しい姫君よ、私の技を学んでください」
演奏開始。ウグラ、壺を捧げ持つ。歌舞の師とスンダリー姫の舞踏。しばしば互いを指差すしぐさ。
[歌舞の師とスンダリー姫の合唱]
あの子を見て、踊る女王のように美しい。
あなたは踊れます。あなたは歌えます。
踊りは自然の形態を表現します。
歌は生き物たちの声を表現します。
ふたつが調和したとき、美が生じます。
美を見たとき、人々にラサが生じます。
それは自然を肯定します。
それは命を肯定します。
それは真理を支持します。
あの子を見て、踊る女王のように美しい。
あなたは踊れます。あなたは歌えます。
歌舞はあなたと全ての生き物を鼓舞します。
役者退場。背景交換。カーシー城内。
[女朗唱]
スンダリー姫はこうして歌舞の技を習得しました。
それからスンダリー姫とウグラはカーシーへ行きました。
夜の闇にまぎれて、密かにカーシー城に忍び込みました。(暗く静か)
スンダリー姫の計略とはどのようなものなのでしょうか。(健気な姫君)
演奏停止。コハラ王登場。寝転ぶ。
コハラ王「母上が亡くなってからというもの寝つきが悪い。私は暴虐な人間であったが、母上とブッダシャカムニ様が私の目を覚ましてくれたのだ。だからこれは当然のことなのだ。ああ、どうしたら今まで迷惑をかけた人々に償いができるだろう」
コハラ王起き上がる。
コハラ王「おや、遠くで美しい声が聞こえる。行ってみよう」
コハラ王歩く。スンダリー姫とウグラ登場。ウグラは隠れるしぐさ。演奏開始。スンダリー姫の舞踏。
[スンダリー姫の朗唱]
夜の静けさが私の心を包みます。
月の光が私の心を震わせます。
私を愛してくれた人は去りました。私はひとり。
私は夜と月を愛するしかないのです。
演奏停止。
コハラ王「[独白}なんと美しい人だろう。なんと素晴らしい歌舞だろう。パールヴァティと見紛うばかり」
コハラ王「美しい人よ。あなたの歌声に私は目を覚ましました。あなたの歌声は清らかですが深い悲しみをたたえています。あなたはどうしてそんなに悲しげなのですか? あなたの身に何があったのですか?」
スンダリー姫「陛下、私の身に何があったとして、それが陛下に何の関りがありましょう。それに、このことは陛下に言うべきではないのです」
コハラ王「おっしゃっていることがよくわかりません」
スンダリー姫「そうでしょうとも、ええそうでしょうとも」
コハラ王「不思議な人だ。私は自らの行為の応報によって母が亡くなり、そのために心が沈んでいます。あなたの歌舞は私の心を安らげてくれます。どうか私の侍女になって、ときおり歌を聴かせ、踊りを見せてください」
スンダリー姫「太后様のことは悲しいことでした。それではそうしましょう」
コハラ王「名前を教えてくださいますか」
スンダリー姫「スンダリーと申します」
コハラ王「美しいあなたにふさわしい名前です」
ウグラ[独白]「さすがは姫様、うまくおやりになった」
『スンダリー姫の計略』の幕終了。
第六幕『コハラ王の悔恨』
演奏開始。
[女朗唱]
コハラ王は人が変わりました。(賢者は過ちを認めます)
まず生活を改めました。食べ過ぎないように気を付けました。
陽が落ちた後は何も食べません。
余った食べ物を貧しい人たちに分け与えました。
次に人の意見を聞くようになりました。
特に侍女になったスンダリー姫とよく話をしていました。(恋の予感)
スンダリー姫はコハラ王が想像していた人とは違うことに戸惑っていました。(恋の予感)
演奏停止。カーシー城内。コハラ王とスンダリー姫が話をするしぐさ。クシャラ登場。
クシャラ「陛下、チャーナキャ卿がヴァイシャ―リーから戻られました」
コハラ王「そうか、ここへ連れてきてくれ」
クシャラ、スンダリー姫を見て驚くしぐさ。
クシャラ[独白]「おや、この新しい侍女は誰だろう。ああ、ヴァイシャ―リーのスンダリー姫ではないか。こんなに美しい人がふたりといるはずがない。だがこのことを陛下に言うべきだろうか。いや、私が言うべきではない。それを言うのはスンダリー姫ご自身がするべきことなのだ」
クシャラ「それではお連れしましょう」
クシャラ退場。
スンダリー姫[独白]「カーシーの勇者クシャラ、義を知り敬虔なる勇者クシャラ」
コハラ王「スンダリー、どうしたんだい」
スンダリー姫「何でもございません」
チャーナキャとクシャラ登場。
チャーナキャ「陛下、あなたの友チャーナキャが今ヴァイシャ―リーから戻りましたぞ」
コハラ王「ああ、私の友チャーナキャよ。お疲れ様」
チャーナキャ「太后様のことは残念でした。ヴァイシャ―リーの捕囚たちを何人か処刑して、見せしめにしてやりましょう」
スンダリー姫[独白]「おぞましい男」
チャーナキャ「おや、その新しい侍女は誰ですか? どこかで見たような」
スンダリー姫「気のせいでございましょう。お初にお目にかかります大臣様。スンダリーと申します」
チャーナキャ「スンダリー? 美しい? 思い切った名前をつけたものだ。いったいどこの馬鹿がそんな名前をつけたのだ?」
スンダリー姫[独白]「ブッダシャカムニ様はあなたよりは賢いと思いますけれど」
コハラ王「チャーナキャ、スンダリーは私の心を癒してくれる大切な友だ。侮辱は許さないよ」
チャーナキャ「そうですか、それでもう手はつけたのですか?」
コハラ王「何を言い出すんだ、とんでもない」
スンダリー姫[独白]「もう我慢なりません」
チャーナキャ「それならまあいいでしょう。陛下もそろそろ嫁を取るべきお年頃。私の妹はどうですか?」
コハラ王「その話はまたにしよう。それよりヴァイシャ―リーの捕囚のことだがね、全員解放しようと思うのだ」
スンダリー姫[独白]「なんて素晴らしいことでしょう」
チャーナキャ「なんですって? 陛下は気が狂ってしまわれたのですか? 太后様があんなことになったばかりですよ。ヴァイシャ―リー人たちは陛下や私たちカーシー人を憎み復讐を誓っています。今そんなことをすれば、カーシーは滅びますよ」
コハラ王「だが私は間違いを犯した。どうにか償いをしたいのだ」
チャーナキャ「間違い、償い。結構ですな。美徳に目覚めましたか、陛下。そうしてヴァーティヤ王のように善行に狂い、国を滅ぼすのがいいでしょう」
コハラ王「君は反対なんだね」
チャーナキャ「反対です。大反対ですとも」
コハラ王「わかった、君の意見にも一理あると思う。それではせめて捕囚たちの生活を改善しよう。労働の時間を減らして、自由な時間を与え、収容所の衛生にも気をつけるように。これは譲らないよ」
チャーナキャ「困った陛下だ。わかりました」
スンダリー姫[独白]「一安心です」
コハラ王「クシャラ、さっそくそのようにしてくれ。任せたよ」
クシャラ「かしこまりました」
クシャラ退場。
チャーナキャ「さあ、それはそれとして、ヴァイシャ―リーは片付きました。次はコーサラです。出陣はいつにしますか。明日ですか。明後日ですか?」
コハラ王「コーサラとは戦わないよ。和睦しようと思うのだ」
チャーナキャ[独白]「なんということだ、陛下はどうして急にこんなに弱腰になってしまったんだ」
コハラ王「それでチャーナキャ、君は名門の婆羅門だし、アヨーディヤーに使者として出向いてほしい。すでに他の評議員たちとは相談して決めたことだ。承知してくれるかい?」
チャーナキャ「何を言っても無駄なようですな。確かに私は名門の婆羅門ですし」
コハラ王「これはカーシーだけでなくコーサラのためにもなる和睦だよ。そして他の国の人々のためにもなる。全ての生き物が喜ぶ和睦だと私は考える」
チャーナキャ「おめでとうございます」
スンダリー姫[独白]「おめでとうございます」
コハラ王「承知してくれたね、ありがとう。さて私はヴァイシャリーに行こうと思う」
チャーナキャ「ヴァイシャ―リー? 陛下が? 何のために?」
コハラ王「それはもちろん、ヴァイシャリーの人々に謝りに行くんだよ」
チャーナキャ「謝る? ヴァイシャ―リーの人々に? 陛下が? ご愁傷様。陛下、死にに行くようなものですよ」
コハラ王「危険は承知だ。しかし私はそうしなければならない。クシャラを連れて行くよ」
チャーナキャ「やれやれ、どうなっても私は知りませんよ」
演奏開始。
[女朗唱]
コハラ王とスンダリー姫、そしてクシャラは、
わずかな手勢とともにヴァイシャ―リーへ行きました。
ヴァイシャ―リーの街の中、ヴァーティヤ王が殺された十字路に、
クシャラたち親衛隊が声を上げて、ヴァイシャ―リーの市民に集まってもらいました。
演奏停止。背景交換。ヴァイシャ―リー市街。ウグラ棒を持って登場して物陰に隠れているしぐさ。コハラ王、スンダリー姫、棒を持ったクシャラ登場。
クシャラ「ヴァイシャ―リーの皆さん、コハラ王から皆さんにお話しがあります。ぜひ聞きにいらしてください。これは私たちの和解のための話し合いです。コハラ王は悔恨しておられます」
ウグラ[独白]「姫様はコハラ王が改心したらしいなんておっしゃっていたが、怪しいものだ。不敬虔な人間というものは、そう簡単に敬虔になれるものじゃない。さてしかし困ったことだ。ヴァイシャ―リーの人々は今なお怒りに燃えている。これはただでは済まないだろうが、姫様とこう離れていたのではいけない」
クシャラ、ウグラの陰に気づくしぐさ。クシャラ、ウグラに近づく。
クシャラ「やや、くせもの」
クシャラとウグラ、棒を打ち合わせる。鐘の音。
ウグラ「またお前か」
クシャラ「ヴァイシャ―リーの勇者ウグラ殿ではないか。ここで何をしておられる」
ふたり棒を収める。
ウグラ「私は姫様の守役。姫様をお守りしているに決まっているだろう」
クシャラ「そういうことであったか。しかしいかに貴公といえども、こうあの方と離れていてはうまくあるまい」
ウグラ「それで困っておったところよ」
クシャラ「私に考えがある。こうしよう」
クシャラ、ウグラに耳うち。
ウグラ「それは私たちにとってはよい計略だが、貴公、私たちがどういう心づもりでいるのか、尋ねないのか」
クシャラ「あのような神聖な方のお心の中を私のような者が覗き見るべきではない」
ウグラ「見上げた勇者だ」
クシャラとウグラ、コハラ王に近づく。ウグラ、スンダリー姫に目配せ。
コハラ王「おやクシャラ、この威風凛々たる豪傑は、どこの誰だね? こんな立派な豪傑は、お前以外には我が親衛隊にはいなかったはずだが」
クシャラ「これは我が弟のラウドラです。用事があって遅れていましたが、いま到着したのです。もしものときには必ず我らの力になってくれるでしょう」
コハラ王「これは頼もしい。ラウドラ、力を貸しておくれ」
ウグラ「お任せください」
スンダリー姫[独白]「これで一安心。クシャラさんに後でお礼を言いましょう」
コハラ王「ヴァイシャ―リーの人々がだいぶ集まってくれた。さあ、私は彼らに謝らなければ」
コハラ王、中央に進んで跪く。
コハラ王「ヴァイシャ―リーの皆さん、私はカーシー王コハラです。先日私と私の軍隊がしたことを、私は謝りに来ました。私は愚かで、暴虐でした。ヴァイシャ―リーのたくさんの人々を殺し、苦しめました。ですが今では私は深く悔恨しています。どうか許してください。そして償いをさせてください」
舞台裏の声(男)「冗談じゃない。償いだって?」
舞台裏の声(女)「あたしの子供を返してくれるっていうのかい?」
舞台裏の声(男)「償ってもらおうじゃないか。さあ、我らのヴァーティヤ王を殺したこの場で、死んでもらおうじゃないか」
舞台裏の声(女)「そうしてもらいましょう、ぜひとも」
ヴァイシャ―リー市民三人(仮面)登場。棒を持っている。
「さあ、皆の衆。ヴァーティヤ王の仇、我らの家族と友の仇を討とう」
ヴァイシャ―リー市民三人、コハラ王に襲い掛かる。クシャラとウグラが棒で受ける。鐘の音。
演奏開始。クシャラとウグラの演武。
[女朗唱]
憎しみを憎しみによって鎮めようと、
ヴァイシャ―リーの人々がコハラ王を討たんとしますが、
相手はふたりの勇者。そうは問屋がおろしません。
棒を振り回して大いに戦うその姿は、
インドラとスカンダと見紛うばかり。
ヴァイシャ―リーの人々は次々襲い掛かっては吹き飛ばされます。
見かねたスンダリー姫が進み出ます。
役者たち動きを止める。スンダリー姫の歌舞。
[スンダリー姫朗唱]
怒りはもう充分です。
憎しみはもうたくさんです。
矛を収めてください。憎悪を鎮めてください。
難しいことです。耐え難いことです。
それなら私を討ってください。
私を殺して、皆さんの気持ちを晴らしてください。
私はそれを喜びます。
演奏停止。鐘の音。精霊によってスンダリー姫の頭上から花が蒔かれる。ヴァイシャ―リー市民、平伏。コハラ王、クシャラ、ウグラ泣く。
ヴァイシャ―リー市民1「とんでもないことです。あなた様を殺すなんてことはできません」
ヴァイシャ―リー市民2「私たちが間違っておりました。私たちは矛を収めます」
ヴァイシャ―リー市民3「私たちの怒りは静まりました。憎しみは鎮まりました。さあコハラ王よ、話し合いをしましょう」
コハラ王「そうしましょう」
コハラ王たち話をするしぐさ。『コハラ王の悔恨』の幕終了。
第七幕『スンダリー姫思い詰める』
演奏開始。
[女朗唱]
コハラ王とヴァイシャ―リーの人々は、
親しみある話し合いを行いました。
ヴァイシャ―リーの合議制が復活し、自治が認められました。
全てがうまく行きましたが、スンダリー姫の心だけはそうではないようです。
演奏停止。カーシー城内。果物の入った籠が脇に置かれている。スンダリー姫登場。悩ましげにうろうろする。
スンダリー姫[独白]「コハラ王を討つ好機だったのに、どうして私はあんなことをしたのでしょう。ウグラにコハラ王を討たせることだってできた。どうして私はそうしなかったのでしょう」
スンダリー姫の反対側からコハラ王登場。悩ましげにうろうろする。
コハラ王「スンダリーはいったい何者なのだ。なぜああも神聖なまでに美しく、人を虜にしてしまうのか。ああ、私もあの女神に心を捕われたひとりだ。どうにかこの思いを伝えたいものだ。だが一方的にこんな気持ちを伝えるのは礼儀に反する。そうだ、散歩に連れ出して、その機会が訪れるのを待ってみよう。ふたりでこの果物を一緒に食べよう」
コハラ王、手を叩く。
コハラ王「スンダリー、スンダリー、いるかい」
スンダリー姫「はい、おります」
スンダリー姫、扉を開けるしぐさをしてコハラ王に近づく。
コハラ王「スンダリー、思いついたのだけれど、今日は良い天気だ。郊外の森に水が湧いている美しい泉があるから、一緒にそこへ行ってこの果物を食べるのはどうだろう」
スンダリー姫[独白]「このときめきは何なのでしょう」
コハラ王「気が進まないかい」
スンダリー姫「私は陛下の侍女ですから、もちろんお供いたしますよ」
コハラ王「ありがとう。それでは出かけよう」
コハラ王、籠を片手に持つ。コハラ王とスンダリー姫、一緒に歩くしぐさ。動く背景。
コハラ王「ヴァイシャ―リーでは、君のおかげで全てがうまくいった。ありがとう」
スンダリー姫「いいえ、私のせいではありません。陛下の美徳がヴァイシャ―リーの人々にも見えたので、そのせいで全てうまくいったのです」
コハラ王「お世辞でも嬉しいよ」
スンダリー「お世辞ではありません。太后様のことは悲しいことでした。でも陛下は悲しみを乗り越えられ、太后様の尊い犠牲を無駄にすまいと、今の陛下は慈しみの心で人々を抱擁されています。陛下は真の英雄です。陛下は、神々に愛され、全ての生き物を喜ばしく見ていらっしゃいます。天愛喜見、デーヴァナンプリヤ・プリヤダーシでいらっしゃいます」
コハラ王「デーヴァナンプリヤ・プリヤダーシ?」
スンダリー姫「デーヴァナンプリヤ・プリヤダーシです」
コハラ王「かくありたい」
スンダリー姫「すでにそうであられます。ですから私は陛下を」
スンダリー姫、口ごもって恥じらうしぐさ。
スンダリー姫[独白]「私はいったいどうしてしまったのでしょう」
コハラ王「スンダリー、気持ちのいい散歩だ。私は楽しい」
スンダリー姫「私も楽しいです」
コハラ王[独白]「スンダリーは私を嫌ってはいないかもしれない。今こそ私は勇気を持ち、慎みつつ、これを言おう。これが真に男らしい男の作法なのだ」
コハラ王「それでは私たちは手を繋いで歩かないかい。そうすれば、もっと楽しくなるかもしれない」
スンダリー姫「そ、それはちょっと」
スンダリー姫、恥じらうしぐさ。
コハラ王「そうだね、やめておこう。失礼なことを言ってしまった」
コハラ王、スンダリー姫に頭を下げる。
スンダリー姫「でも、試してみましょうか。もしかしたら、もっと楽しくなるかもしれません。さあ、私の手を取ってください」
スンダリー姫、恥じらいつつ手を差し出す。
コハラ王「それでは、そうしてみよう」
コハラ王、スンダリー姫の手をそっと握る。演奏開始。コハラ王と手を繋いだままスンダリー姫の舞踏。
[スンダリー姫朗唱]
太陽が照っています。風が吹いています。素晴らしい日です。(素晴らしい日です)
花々が咲いています。生き物たちがはしゃいでいます。素晴らしい日です。(素晴らしい日です)
私の心は弾みます。私は心のままに舞います。素晴らしい日です。(素晴らしい日です)
太陽よ、風よ、私を見てください。私は歓喜しています。(歓喜しています)
花々よ、生き物たちよ、私を見てください。私は歓喜しています。(歓喜しています)
スンダリー姫と手を繋いだままコハラ王舞踏。
[コハラ王朗唱]
太陽が照っています。風が吹いています。素晴らしい日です。(素晴らしい日です)
花々が咲いています。生き物たちがはしゃいでいます。素晴らしい日です。(素晴らしい日です)
私の心は弾みます。私は心のままに舞います。素晴らしい日です。(素晴らしい日です)
太陽よ、風よ、私を見てください。私は歓喜しています。(歓喜しています)
花々よ、生き物たちよ、私を見てください。私は歓喜しています。(歓喜しています)
スンダリー姫とコハラ王の舞踏。
[スンダリー姫とコハラ王のかけあい朗唱]
スンダリー姫 楽しいです。満足です。あなたと手を繋いでいます。
コハラ王 楽しいです。満足です。あなたと手を繋いでいます。
スンダリー姫 あなたの心が前よりよく見えます。
コハラ王 あなたの心が前よりよく見えます。
スンダリー姫 それでは私の心をよく見てください。何が見えますか?
コハラ王 眩しすぎてわかりません。太陽を見るようなものなのです。
スンダリー姫 そうではありません。見ようとなさらないのです。
コハラ王 そうです。そうするべきだと思うのです。
スンダリー姫 それではご自分の心を見てください。何が見えますか?
コハラ王 あなたが歓喜して踊っています。あなたが全てを祝福しています。
スンダリー姫 楽しいです。満足です。あなたと手を繋いでいます。
コハラ王 楽しいです。満足です。あなたと手を繋いでいます。
背景交換。森の中の泉。スンダリー姫とコハラ王、座って楽しそうに果物を食べるしぐさ。
[女朗唱]
清らかな泉のそばで、ふたりは睦まじく果物を食べました。
ふたりは幸せでした。ふたりとももう気づいていました。
自分たちが恋に落ちたことを。
でもスンダリー姫は城に帰ってから、
自分に対して驚き、苦しんだのでした。
役者退場。背景交換。演奏停止。カーシー城内。スンダリー姫登場。手で顔を覆う。精霊登場。
精霊「あれ、スンダリー姫様はどうしてしまったのでしょう、ずいぶん苦しそうだけど」
スンダリー姫「私はなんとふしだらな女なのでしょう。なんと矛盾した人間なのでしょう。父の仇、ヴァイシャ―リーの人々の仇のコハラ王、私の心で今だ憎しみの炎が燃えているあの人と、あんなに楽しく過ごすなんて。あの人に恋してしまうだなんて。このままではいけない。私はあの方への愛を忘れなければなりません。そして今度機会が訪れたなら、その時こそ、コハラ王を討たねばなりません。それが私の務めなのです」
精霊「わ、わ、たいへん。愛する人を殺すだなんてとんでもないことです。ましてスンダリー姫のような清らかで神聖な人が、すでに改心して英雄となられたコハラ王を殺すなんてことになれば、空前絶後の悲劇です。自然の輪は止まってしまいます。どうしよう、どうしよう。そうだ、あの方にこのことをお知らせして、どうすればいいか教えてもらいましょう」
精霊、走るしぐさ。演奏開始。スンダリー姫退場。背景動きながら交換。
[女朗唱]
自然の営みを助けるその力、
精霊はとても働きものです。
怠ることなく、嫌がることなく、
輪を回すためにいつも頑張っています。
私たちをいつも助けてくれます。
森の中。ブッダシャカムニ登場。衣を頭からかぶって座る。
精霊「あ、おられました。禅定をなさっています。でもかまいやしません。今はそれどころではないのです」
精霊、ブッダシャカムニに近づく。
精霊「ブッダシャカムニ様、たいへんです、たいへんなんです」
精霊、ブッダシャカムニの背中をばんばん叩く。ブッダシャカムニ、びっくりして衣から頭を出す。
ブッダシャカムニ「うわっ、私の安らぎを乱すのはどなたですか?」
精霊「私ですよ、ブッダシャカムニ様」
ブッダシャカムニ「これは精霊さんではありませんか。いつもご苦労様です」
ふたり、合掌を交わす。
精霊「ブッダシャカムニ様は相変わらずのんきですこと」
ブッダシャカムニ「ええ、おかげさまで、私には迷いは存在しません。諸々の欲望を欲望と正しく見て、偏見を偏見と正しく見て、なにものとも衝突していません」
精霊「あのですね、今はのんびり法話をお聞きしている場合ではないのです」
ブッダシャカムニ「いったい何があったのですか?」
精霊「それがですね、あのスンダリー姫とコハラ王が、恋仲になられたのです」
ブッダシャカムニ「へえ、それはおめでたいことではないですか。男女の仲とは秘め事。いくら精霊さんといえども、あまり詮索するべきではありませんよ」
精霊「詮索しますよ、詮索しなくてどうしますか。だってスンダリー姫にとってコハラ王はお父上の仇、ヴァイシャ―リーの人々の仇じゃないですか」
ブッダシャカムニ「ある観点から見れば、それはその通りです」
精霊「それでスンダリー姫の心はふたつに引き裂かれてしまったんですよ。コハラ王への愛と憎しみ、恋と義務感とに。苦しみにもがいていらっしゃるのですよ」
ブッダシャカムニ「生とは四苦八苦」
ブッダシャカムニ合掌。
精霊「それでスンダリー姫は思い詰めたあげく、コハラ王への愛を忘れる決意をなさいました。そして次の機会に必ずコハラ王を殺そうと決意なさったんです」
ブッダシャカムニ「なんですって、それは本当ですか?」
精霊「それは本当ですよ、ほらたいへんでしょう?」
ブッダシャカムニ「たいへんです。そんなことになれば、きっと自然の輪が止まってしまいます」
精霊「そうですとも、そうですとも。きっとスンダリー姫は苦しみのあまり、もうお父上の詩とブッダシャカムニ様の教えもほとんど忘れてしまわれています。いったいどうたらいいでしょう?」
ブッダシャカムニ「それではこうしましょう。いよいよというときになったら、精霊さん、あなたはスンダリー姫の心を叩いて、お父上の詩を思い出させておあげなさい」
精霊「え、ちょっとブッダシャカムニ様、私がそんな介入をしてもいいんでしょうか?」
ブッダシャカムニ「あなたは精霊。風が吹いて少し人の気が変わるのと同じことですよ」
精霊「そういうものですかねえ。まあそういうことにしておきましょうか」
ブッダシャカムニ「それから念のため、私が見たディヴヤーニ・ルーパーニをあなたに見せておきましょう」
ブッダシャカムニ、精霊の額に手を触れる。ふたり、目をつむる。
精霊「奇跡的な光景です、神聖な姿です、ディヴヤーニ・ルーパーニです」
ブッダシャカムニ「ここぞというところで、スンダリー姫とコハラ王にこのディヴヤーニ・ルーパーニを見せてあげなさい」
精霊「わかりました。さすがはブッダシャカムニ様、これでなんとかなりそうです。ありがとうございました」
ふたり、合掌を交わす。精霊、走り去る。鐘の音。
ブッダシャカムニ「全ての生き物よ、幸せであれ。安らかであれ」
『スンダリー姫思い詰める』の幕終了。
第八幕『大団円』
演奏開始。
[女朗唱]
全ての生き物よ、幸せであれ。
全ての生き物よ、安らかであれ。
[男朗唱]
全ての生き物よ、幸せであれ。
全ての生き物よ、安らかであれ。
[女朗唱]
その日もコハラ王は、陽が落ちてもまだ働いていました。
カーシーの市民に、困ったことがあれば申し立てるようにと伝えていたからです。
陳情に押しかけてきた人々の話を聞いては、決裁をしていたのでした。
演奏停止。カーシー城内。コハラ王、スンダリー姫、クシャラ、ウグラ登場。クシャラとウグラは戸の向こうで棒を持って立っている。
コハラ王「次の方、どうぞ」
カーシー市民男(仮面)登場。
カーシー市民男「王様、聞いてください」
コハラ王「聞きましょう」
カーシー市民男「うちの隣のバウッダの家族が、私らの家族がアージーヴィカ教徒だからと言って、いつも怒って怒鳴り、嫌がらせをするんです。彼らによれば、私らは不敬虔で、彼らは敬虔なんだそうです。彼らによれば、私らは邪悪な宿命論者で、彼らは善良な因果論者なんだそうです。それで私ら家族の心はいつも怯えて、苦しんでいるんです」
コハラ王「それで、あなた方ご家族は、本当に不敬虔なんですか? あなた方ご家族は、本当に邪悪なんですか?」
カーシー市民男「たぶん違うと思います」
コハラ王「それでは、彼らは、本当に敬虔なんですか? 彼らは、本当に善良なんですか?」
カーシー市民男「それは私にはわかりませんよ。どうして私にわかるでしょう、私は彼らとあまり話をしたことがありませんから、彼らがどんな人かよく知りません。彼らに尋ねてください」
コハラ王「あなたが敬虔で善良な人だということはわかりました。してみれば、彼らは全てのアージーヴィカ教徒が不敬虔で邪悪だとひとりで勝手に思い込んでいる、不敬虔で邪悪な者であればその尊厳を踏みにじっても一向に差し支えないとひとりで勝手に思い込んでいる、不敬虔で邪悪な人たちなのかもしれません。そのバウッダの家長に城に出頭してもらって確かめます。もし彼らがまた怒鳴ったり嫌がらせをしてきたら、あなた方は怯え、苦しむ必要はありません。彼らを茶化して笑ってやりなさい。ただし、彼らをも笑わせてやろうという気持ちでです。家長には、およそ人間とは多面的な生き物だということを説明してみましょう。それでよいですか?」
カーシー市民男「はい、それで結構です。私の心はすっかり安らぎました。王様は神々に愛され全ての生き物を喜ばしく見る人、デーヴァナンプリヤ・プリヤダーシです」
スンダリー姫手を顔前で握って天を仰ぐ。
スンダリー姫[独白]「デーヴァナンプリヤ・プリヤダーシ」
カーシー市民男退場。
コハラ王「次の方、どうぞ」
カーシー市民女(仮面)登場。
カーシー市民女「王様、聞いてくださいまし」
コハラ王「聞きましょう」
カーシー市民女「近所に変わった人がいるんです。その人はいつも近所の家々を覗き見たり、聞き耳を立てたりしているんです。それで、今お前はこう言ったがそれは間違っている、正しくはこうである、とか、この食器はここへ置くべきではない。こちらに置いた方が便利であるぞよ、とか指図するんです。そして最後に、正しいこととはこうであるぞよ、と演説をします。そうしてまた別の家を覗きに行くんです。それで私たちの心はいつも怯えて、苦しんでいるんです」
コハラ王「それで、彼の言うことは本当に正しくて、役に立つのですか?」
カーシー市民女「いいえ、私たちにとってはどちらでもいいことです。でも彼は、全ての人が、自分が正しいと思っていることをその通り正しいと思わなければならない、と言います。そして自分は全ての人がそうなるように全ての人がしたこととしなかったこととを見、監視しなければならない、と考えているみたいですし、そのように行為しています」
コハラ王「それでは彼は、いつ自分がしたこととしなかったこととを見るのでしょうか? いつ自分がしたこととしなかったこととを監視するのでしょうか?」
カーシー市民女「それは彼にしかわからないことです。でも思うに、彼にはそういう時間はありません。なぜなら彼は常に他人がしたこととしなかったこととを見ています。常に他人がしたこととしなかったこととを監視しています」
コハラ王「そうかもしれません。それではこうしましょう。あなた方は怯え、苦しむ必要はありません。彼がまたあなた方のしたこととしなかったこととを見、注意したなら、彼を茶化して笑ってやりなさい。ただし、彼をも笑わせてやろうという気持ちでです。それから彼に城へ出頭してもらいましょう。彼を説得して同意を得られたなら、目と耳を塞ぎ、朝から陽が落ちるまで禅定をしてもらいましょう。自分を見るという発想を思い出すかもしれません。それでよいですか?」
カーシー市民女「はい、それで結構です。私の心はすっかり安らぎました。王様は神々に愛され全ての生き物を喜ばしく見る人、デーヴァナンプリヤ・プリヤダーシです」
スンダリー姫手を顔前で握って天を仰ぐ。
スンダリー姫[独白]「デーヴァナンプリヤ・プリヤダーシ」
カーシー市民女退場。
コハラ王[独白]「ああ、疲れた。自分を見て知っていることではあるが、人間とはつくづく困った生き物だ」
コハラ王「次の方、どうぞ」
チャーナキャ登場。
チャーナキャ「陳情は今日はもう終わりです」
コハラ王「助かった。チャーナキャ、今戻ったのだね?」
チャーナキャ「そうです、いまアヨーディヤーから戻りました」
コハラ王「ご苦労様。それで、首尾はどうだい」
チャーナキャ「私がしくじるはずがないではありませんか。コーサラとの和睦が成立しました」
コハラ王「素晴らしい。さすがは我が幼馴染チャーナキャ」
チャーナキャ「我らの強大な軍事力をちらつかせて、力による平和を成し遂げましたよ」
コハラ王「なんてことだ」
チャーナキャ「なにか問題でも?」
コハラ王「それは和睦とは言えない。一時しのぎに過ぎない。コーサラはますます軍備の増強に邁進するだろう」
チャーナキャ「そうなれば、我らは彼ら以上に軍備の増強に邁進し、いずれ奴らを討つのです」
コハラ王「ほら、和睦と言えないじゃないか。軍備の増強、いずれ討つ。我らと彼ら、力による平和。おめでとう。君はどこへ行きたいのだ? ヒマラヤの頂きまで征服すれば、気が済むのか?」
チャーナキャ「コーサラと、タミラカムを討てば、差し当たって気が済むと思います」
コハラ王「それまでに、君は誰かに殺されてしまうんじゃないかと思うがね」
チャーナキャ「お言葉ですが、弱腰の者こそが殺されるのです。彼らも我ら、などと言っていたヴァーティヤ王のように」
コハラ王、顔を覆う。
コハラ王[独白]「それは私の拭えぬ罪」
スンダリー姫、胸元の短剣を持つ。
スンダリー姫[独白]「愛しい父の仇」
チャーナキャ「陛下、お疲れのご様子」
コハラ王「その通りだ。私は今日はもう疲れた。今日はもう眠い。コーサラにはまた使者を出さなければならないが、そのことは明日話そう。今日は私はもう休む」
チャーナキャ「そうなさいませ。朝になれば私の言うことがわかるかもしれませんからね」
チャーナキャ退場。コハラ王、ふらついて寝転ぶ。
コハラ王「もう駄目だ、眠くてたまらない。スンダリー、寝室まで行けそうにない。ここで眠るよ」
スンダリー姫「陛下、いけません。石床の上で寝たら風邪を引いてしまいます」
コハラ王「スンダリーは優しいね、いつも私を慈しんでくれる。それでは寝室へ行こう」
スンダリー姫「そういたしましょう」
コハラ王よろめきつつ起き上がり、スンダリー姫に手を引かれて歩く。スンダリー姫、戸を開けるしぐさ。コハラ王はすでに目をつむってほとんど眠っている。
クシャラ「スンダリーさん、陛下はどうされたのですか?」
スンダリー姫「陛下は一日中働かれたので、お疲れになったのです。寝室へお連れします」
クシャラ「それがよろしいです」
スンダリー姫の胸元から短剣が落ちる。鐘の音。
ウグラ「侍女殿、護符が落ちましたよ」
ウグラ、短剣を拾ってスンダリーに渡す。スンダリー姫受け取って胸元にしまう。
スンダリー姫「ええ、これは私の大切な護符」
スンダリー姫、コハラ王の手を引いて退場。
ウグラ「貴公、咎めぬのか」
クシャラ「あの方であれば、きっと思いとどまると私は信じる。あの方が自然と生き物を見捨てるなど、あり得ぬことだ」
ウグラ「あり得ぬ。だが我らは念のため王の寝室の前に控えていよう」
クシャラ「そうしよう」
クシャラ、ウグラ退場。精霊登場。寝台が置かれる。スンダリー姫、コハラ王の手を引いて登場。スンダリー姫、戸を開けるしぐさ。
精霊「不穏な気配です、その時が来たかもしれません」
スンダリー姫「さあ陛下、寝室に着きました。寝台でゆっくりお休みください」
コハラ王「ありがとう、ではゆっくり休むとしよう」
クシャラとウグラ登場。戸の外で座り腕組みしてうとうとするしぐさ。
コハラ王、よろめいてスンダリー姫を寝台に押し倒す。
スンダリー姫「ちょっと、陛下、いけません」
精霊、顔を手で覆いつつちらちら見る。
精霊「おおっと、これはもしかして情事でしょうか? 見てはいけない、でも見たい」
コハラ王「ぐー、ぐー」
精霊「なんだ、コハラ王は眠くて倒れただけじゃないですか」
スンダリー姫[独白]「カーシーの王、コハラは深く眠ってしまいました。彼は私を慈しんでくれた愛しい父上を殺し、多くの私の愛しいヴァイシャ―リーの人々を殺し、苦しめました。今こそ私の憎しみを晴らす時です」
スンダリー姫、胸元の短剣を取り出して振りかぶる。
精霊「うわ、たいへん。スンダリー姫、駄目です。さあ、あの方の心を叩いてお父上の詩を思い出させてあげないと」
精霊走る。
ウグラ「はくしょん。今日は冷えるな」
精霊転ぶ。
精霊「ウグラのうすのろ、こんなときに」
演奏開始。
[男朗唱]
愛しい娘よ
遠くを見るな 近くを見るな 内を見よ
憎しみは憎しみによっては鎮まらない
憎まないことによって鎮まる
私たちはかつて命の始祖であった
私たちは祖先の労苦の結晶である
私たちはひとつである
ひとつになって輪を回す
賢い者はそれを理解するであろう
演奏停止。スンダリー姫、短剣を胸元にしまう。
スンダリー姫[独白]「私はもう少しで父上の遺訓を破るところでした。デーヴァナンプリヤ・プリヤダーシとなったコハラ王を殺し、父の遺訓を破れば、私は自然と全ての生き物を見捨てることになります」
精霊、胸を撫でおろす。
精霊「ああ、よかった。さすがスンダリー姫。ご自分の力でお父上の詩を思い出された」
スンダリー姫[独白]「でも彼は私を慈しんでくれた愛しい父上を殺し、多くの私の愛しいヴァイシャ―リーの人々を殺し、苦しめました。やはり今こそ私の憎しみを晴らす時です」
スンダリー姫、短剣を取り出して振りかぶる。
精霊「ちょっと、ちょっと、早まらないでください」
スンダリー姫、短剣を胸元にしまう。
スンダリー姫[独白]「いけない、私はもう少しで父上の遺訓を破るところでした」
精霊、胸を撫でおろす。
精霊「もう、驚かせないでくださいよ」
スンダリー姫、短剣を取り出して振りかぶる。
スンダリー姫「いいえ、今しかありません。私はもうこれ以上コハラ王への愛を抑えることができません。今しかないのです」
精霊「ちょっと、ちょっと」
演奏開始。
[女朗唱]
愛しい息子や
遠くを見ないでください 近くを見ないでください 内を見てください
憎しみは憎しみによっては鎮まりません
憎まないことによって鎮まるのです
私たちはかつて命の始祖でした
私たちは祖先の労苦の結晶です
私たちはひとつです
ひとつになって輪を回します
賢い者はそれを理解するでしょう
演奏停止。コハラ王、目を覚まして半身を起こす。恐れの表情。スンダリー姫、短剣を胸元にしまう。
コハラ王「おや、スンダリー、君はどうして私の寝台で寝ているのだ?」
スンダリー姫「陛下は寝台に着いた途端に、私もろとも倒れるように眠られたからです」
コハラ王、立ってスンダリー姫から離れる。
コハラ王「それは失礼なことをしてしまった」
スンダリー姫「いいえ、いいのです。それより陛下は、どうしてそんなに恐ろしいお顔で急に目を覚まされたのですか?」
コハラ王「私は夢を見たんだ。夢に母上が現れて、亡くなる間際に唱えられた詩をもう一度唱えられた。次にヴァーティヤ王の娘が現れて剣を抜き、私に襲いかかったんだ。それで私は恐れおののき、飛び起きたんだ」
スンダリー姫、短剣を抜く。
スンダリー姫「コハラ王よ、もう隠す必要はありません。私こそがヴァーティヤ王の娘、スンダリーです。あなたは私を慈しんでくれた愛しい父上を殺し、多くの私の愛しいヴァイシャ―リーの人々を殺し、苦しめました。今こそ私の憎しみを晴らす時です」
コハラ王、うなだれる。
コハラ王「そういうことだったのですか、ヴァイシャ―リーのスンダリー姫。もっと早く言ってくださればよかったのに」
コハラ王、スンダリー姫にひれ伏す。
コハラ王「さあ、私を殺しなさい。そうしてあなたの憎しみを晴らすのです。これが私の務めであり、あなたの務めなのです」
スンダリー姫[独白]「ついにその時が来た。でもひとつ気になることがあります」
スンダリー姫「そうしましょう。ですが最後にひとつだけ教えてください。太后様が亡くなる間際に唱えられた詩とは、どのような詩だったのですか?」
コハラ王「このような詩です」
演奏開始。
[コハラ王朗唱]
愛しい息子や
遠くを見ないでください 近くを見ないでください 内を見てください
憎しみは憎しみによっては鎮まりません
憎まないことによって鎮まるのです
私たちはかつて命の始祖でした
私たちは祖先の労苦の結晶です
私たちはひとつです
ひとつになって輪を回します
賢い者はそれを理解するでしょう
演奏停止。スンダリー姫驚いて短剣を落とす。
スンダリー姫「不思議なことです、有り難いことです。その詩は私の父が亡くなる間際に唱えられた詩とまったく同じです」
演奏開始。
[スンダリー姫朗唱]
愛しい娘よ
遠くを見るな 近くを見るな 内を見よ
憎しみは憎しみによっては鎮まらない
憎まないことによって鎮まる
私たちはかつて命の始祖であった
私たちは祖先の労苦の結晶である
私たちはひとつである
ひとつになって輪を回す
賢い者はそれを理解するであろう
演奏停止。
コハラ王「不思議なことです、有り難いことです。その詩は私の母上が亡くなる間際に唱えられた詩とまったく同じです」
精霊、スンダリー姫とコハラ王に走り寄る。
精霊「今です、今がここぞというところです」
精霊、スンダリー姫とコハラ王の額に触れる。
精霊「愛しい若く善良な男女よ。この奇跡的な光景、神聖な姿、ディヴヤーニ・ルーパーニを見なさい」
鐘の音。演奏開始。スンダリー姫とコハラ王の舞踏。
[スンダリー姫朗唱]
私は母の胎内に入りました。私は赤ん坊になりました。(果てしない労苦の結晶)
[コハラ王朗唱]
私は母の胎内に入りました。私は赤ん坊になりました。(果てしない労苦の結晶)
[スンダリー姫朗唱]
私は母になりました。母が苦しい思いをして生き抜いた末に私を産んだのを見ました。(不断の決意と努力)
[コハラ王朗唱]
私は母になりました。母が苦しい思いをして生き抜いた末に私を産んだのを見ました。(不断の決意と努力)
[スンダリー姫朗唱]
私は母の母になりました。母の母が苦しい思いをして生き抜いた末に母を産んだのを見ました。(不断の決意と努力)
[コハラ王朗唱]
私は母の母になりました。母の母が苦しい思いをして生き抜いた末に母を産んだのを見ました。(不断の決意と努力)
[スンダリー姫朗唱]
母の母の母...私は苦しい思いをして生き抜いた末に子を産みました。不断の決意と努力が果てしなく続いています。(果てしない労苦)
[コハラ王朗唱]
母の母の母...私は苦しい思いをして生き抜いた末に子を産みました。不断の決意と努力が果てしなく続いています。(果てしない労苦)
[スンダリー姫朗唱]
私は私の中に全ての生き物とその労苦を見ました。全ての生き物とその労苦が私となりました。私は全ての生き物です。全ての生き物は私です。(ひとつです)
[コハラ王朗唱]
私は私の中に全ての生き物とその労苦を見ました。全ての生き物とその労苦が私となりました。私は全ての生き物です。全ての生き物は私です。(ひとつです)
[スンダリー姫朗唱]
私はかつて命の始祖でした。私は祖先の労苦の結晶です。(尊い結晶)
[コハラ王朗唱]
私はかつて命の始祖でした。私は祖先の労苦の結晶です。(尊い結晶)
[スンダリー姫朗唱]
私は遠くを見ません。他者を見ません。(遠すぎてよく見えません)
[コハラ王朗唱]
私は遠くを見ません。他者を見ません。(遠すぎてよく見えません)
[スンダリー姫朗唱]
私は近くを見ません。心の表面を見ません。(貪りと驕慢が見えるだけ)
[コハラ王朗唱]
私は近くを見ません。心の表面を見ません。(貪りと驕慢が見えるだけ)
[スンダリー姫朗唱]
私は内を見ます。心の内側をよく見ます。(そこに美しいものが見えます)
[コハラ王朗唱]
私は内を見ます。心の内側をよく見ます。(そこに美しいものが見えます)
[スンダリー姫朗唱]
そこに自然の輪が見えます。私たちはひとつになってその輪を回しています。(ひとつになって輪を回す)
[コハラ王朗唱]
そこに自然の輪が見えます。私たちはひとつになってその輪を回しています。(ひとつになって輪を回す)
[スンダリー姫朗唱]
私は誰をも憎んでいません。憎まないことで憎しみが鎮まりました。(安らぎが訪れました)
[コハラ王朗唱]
私は誰をも憎んでいません。憎まないことで憎しみが鎮まりました。(安らぎが訪れました)
演奏停止。
スンダリー姫「愛しいコハラ王、今こそ言いましょう。私はあなたに恋をしています」
コハラ王「愛しいスンダリー姫、今こそ言いましょう。私はあなたに恋をしています」
スンダリー姫「愛しいコハラ王、それでは私たちは結婚しましょう。私の命をあなたに与えます」
コハラ王「愛しいスンダリー姫、私たちは結婚しましょう。私の命をあなたに与えます」
ふたり抱擁。精霊によってふたりの頭上から花が蒔かれる。鐘の音。
精霊「やりました、やりました、おめでたいことです、自然の輪がぐいぐい回っています」
精霊手を叩いて飛び跳ね喜ぶ。舞台裏から車輪が回る音。
コハラ王「さあ、私たちの結婚をみんなに知らせましょう」
スンダリー姫「そういたしましょう」
コハラ王、スンダリー姫の手を引いて戸を開けるしぐさ。クシャラとウグラ立ち上がる。
クシャラ「陛下、スンダリーさん、あなた方の表情は穏やかで明るく、体つきは清らかです。あなた方は安らぎを得られたのですか?」
コハラ王「そうだクシャラ、私たちは憎まないことで憎しみが鎮まり、安らぎを得たのだ」
スンダリー姫「そうです、クシャラさん。私たちは憎まないことで憎しみが鎮まり、安らぎを得たのです」
ウグラ「それは素晴らしいことですが、それでどちらへ行かれるのですか?」
コハラ王「私とこのヴァイシャ―リーのスンダリー姫は互いに命を与え合い、結婚したのだ。それでみんなにこのことを知らせるのだ」
スンダリー姫「そうなのです。私とこのカーシーのコハラ王は互いに命を与え合い、結婚したのです。それでみんなにこのことを知らせるのです」
精霊、クシャラとウグラの額に触れる。
「愛しい敬虔なふたりの勇者よ。この奇跡的な光景、神聖な姿、ディヴヤーニ・ルーパーニを見なさい」
クシャラ[独白]「私は内を見た。私はかつて命の始祖であった。私は祖先の労苦の結晶である。私たちはひとつである。ひとつになって輪を回す。私は誰をも憎んでいない。憎まないことで憎しみは鎮まり、安らぎが訪れた」
ウグラ[独白]「私は内を見た。私はかつて命の始祖であった。私は祖先の労苦の結晶である。私たちはひとつである。ひとつになって輪を回す。私は誰をも憎んでいない。憎まないことで憎しみは鎮まり、安らぎが訪れた」
クシャラ「素晴らしいことです、有り難いことです。陛下、スンダリー姫、おめでとうございます」
ウグラ「素晴らしいことです、有り難いことです。陛下、スンダリー姫、おめでとうございます」
コハラ王「さあ、チャーナキャや評議員たちを集めてくれ。このことを知らせよう」
クシャラ、ウグラ「ただちに」
クシャラ、ウグラ退場。コハラ王、スンダリー姫の手を引いて歩き、戸を開けるしぐさ。チャーナキャ、評議員たち登場。クシャラ、ウグラ登場。
チャーナキャ「陛下、こんな夜更けに私たちを集めて、いったい何があったのですか?」
コハラ王「チャーナキャ、評議員の皆さん。もしヴァイシャ―リーのヴァーティヤ王の娘がここに現れたら、あなた方はどうしますか?」
チャーナキャ「耳をそぎますよ」
評議員1「鼻をそぎますよ」
評議員2「手を切り落としますよ」
評議員3「殺しますよ」
コハラ王「この方はヴァイシャ―リーのヴァーティヤ王の娘、スンダリー姫です。私はこの方に憎しみを抱いていませんから、耳や鼻や手を切ったり、殺したりしません。私はこの方にヴァイシャ―リーの女王になっていただきます。ヴァイシャ―リーは元通りヴァイシャ―リー人の代表の王をいただく合議制の国家として、カーシーから独立するのです。もちろん捕囚たちはただちに開放して、ヴァイシャ―リーに送り届けます」
チャーナキャ「と、とんでもないことです」
コハラ王「それから、私はこのスンダリー姫と結婚しました。ですからカーシーとヴァイシャ―リーは家族となったのです」
スンダリー姫、チャーナキャたちに裾を持ち上げて会釈。
評議員4「なんですって?」
精霊、チャーナキャ、評議員たちの頭を次々と叩いて回る。
精霊「愛すべきお馬鹿さんたち、この奇跡的な光景、神聖な姿、ディヴヤーニ・ルーパーニを見なさい」
チャーナキャ、評議員たち[独白]「私は内を見た。私はかつて命の始祖であった。私は祖先の労苦の結晶である。私たちはひとつである。ひとつになって輪を回す。私は誰をも憎んでいない。憎まないことで憎しみは鎮まり、安らぎが訪れた」
チャーナキャ「素晴らしいことです、有り難いことです。陛下、スンダリー姫、おめでとうございます」
評議員たち「素晴らしいことです、有り難いことです。陛下、スンダリー姫、おめでとうございます」
スンダリー姫、コハラ王の手を取って一緒に舞台中央に進み出る。観客に向かって。
スンダリー姫「今では、私たちの心の鼓は、ダルマの響きを鳴らしています。誰もが幸せで、誰も憎しみを抱いていません。私たちはひとつです。ひとつになって輪を回します」
演奏開始。カーテンコール。『スンダリー姫の心の旅路』終幕。
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