第2話 非難(Garhaṇa. Censure)

 ガンジス川の南岸には、私たち捕囚のための収容所が設営されていた。マガダの役人は私たちに宗派を尋ね、ジャイナ教徒だとわかると、ジャイナ教徒用の区画に連行した。支給された乳粥を皆貪って食べた。次にジャーティ(Jāti. 職業。出自)を尋ねられた。私たちが劇団だとわかると、私と父は取り調べを受けることになり、城に連れていかれた。

 石造りの部屋。王の親衛隊長と私と父が座っている。私と父は手枷をはめられている。

 クシャラ「親衛隊長のクシャラと申します。まず教えてください。あなた方はなぜトーシャリにいたのですか」

 コハラ「私たちはトーシャリの生まれだからです」

 クシャラ「しかし、劇団とは旅回りするものでしょう」

 コハラ「そうです。しかし私たちは雨季にはトーシャリで安吾します。沙門やサドゥと同じです。雨季はもう終わり、私たちは旅に出る支度をしていました。そこへあなた方が」

 父が遮る。

 ヴァーティヤ「そういうわけで、私たちはトーシャリにいたのです。戦士として戦うためでも、まして隠密として働いていたわけでもないのです」

 芸人が隠密として働くのはよくあることであった。しかし私たちはその種の芸人ではなかった。

 クシャラ「それを証明できますか」

 コハラ「できます。私たちはジャイナの非暴力の誓いに従って抵抗せず、あなた方に捕縛されました。マガダの不敬虔な戦士が姉を凌辱しようとしたとき、姉は抗議し、そのために殺されました。母は移送の途中、カンチ川を渡ったところで力尽きました。これが私たちの潔白の証明です。クシャラさん、あなたはこれを承認なさいますか?」

 クシャラさんは沈黙して目を閉じた。しばらくしてから言った。

 クシャラ「わかりました。では少し待っていていただけますか。私は王に報告しなければなりません」

 コハラ「王にですって? 何を報告されるのですか」

 クシャラ「あなた方が善良でおそらくは優秀な劇団だということをです」

 クシャラさんが退出し、待たされた。

 コハラ「王というと、マガダ王のことでしょうか」

 ヴァーティヤ「じゃろうな」

 コハラ「すると、かのマガダの獅子?」

 人呼んで泣く子も黙るマガダの獅子、憎きアショーカ王。

 ヴァーティヤ「そういうことじゃな」

 コハラ「冗談じゃありませんよ。姉上の仇、母上の仇ではありませんか」

 ヴァーティヤ「ある点から見れば、そうかもしれんな」

 コハラ「多面説なんかに付き合っていられません」

 ヴァーティヤ「なんかとは何だ」

 コハラ「すみません。ですがマガダ王と話をするなんてできません。だいたい王が私たちに何の用があるというのですか」

 ヴァーティヤ「王に尋ねればわかるじゃろうな」

 コハラ「ですから父上、私は王と話すことなどありませんし、用事もありませんよ。あるとすれば、罵倒してやることくらいです」

 ヴァーティヤ「コハラ、慎め」

 コハラ「すみません」

 父には謝ったものの、私は納得したわけでも、気が収まったわけでもなかった。しかし黙る他なかった。そうするうちに王がクシャラさんとともに現れた。私は驚いた。獅子と異名をとるほどの人が、怯えた小鹿のような有様だったからだ。それでもなお、私の演劇人としての目は、この人の内に宿る英雄的な威厳を見た。

 アショーカ「部下たちが失礼をしました」

 王はクシャラさんに合図して私と父の手枷を外させた。

 アショーカ「ご家族が亡くなられたと聞きました。私を憎んでおいででしょう」

 私は答えなかった。王と口を利きたくないからではなく、彼は曲がりなりにも王であって、私は家長ではないからである。

 ヴァーティヤ「いいえ」

 アショーカ「なぜですか」

 ヴァーティヤ「私がその理由を説明するのは、差し控えたいと思います。私が思うに、その理由とは、他者に言論で説明されることで了解できることではないからです」

 アショーカ「何をおっしゃっているのか、少しわかる気がします。言論では説明できないならば、演劇ではどうでしょうか」

 ヴァーティヤ「演劇ならできるかもしれません」

 アショーカ「座頭殿、あなたは賢者です。ありのままをお話しします」

 王は詩を朗唱した。


 私はカリンガを攻めました。欲に駆られ、渇きに押され。

 私は見ました。トーシャリで、またダヤ川で、人々が殺されるのを。

 私はカリンガの人々を移送しました。奴隷にするために、また苦力とするために。

 私は死ぬまで歩かされた人々を見、また声を聞きました。


 アショーカ「私は考えました。カリンガの人々に許されるはずがないことはわかっています。しかし、何もしないわけにはいかない。何をするべきだろう、と。捕囚の中に劇団がいると聞いて、あなた方のことですが、私はひとつ思いつきました」

 ヴァーティヤ「演劇ですか」

 アショーカ「そうです。マガダの人々とカリンガの人々の和解のためになるような、そんな感動(Rasa)(*)を生み出すような、劇を作って上演していただけないでしょうか。これはカリンガ人によって作られ、演じられなければなりません」


*感動(Rasa) 「優れた鑑賞者の共感を伴う普遍化によって...味わわれつつある間にのみ存在する...眼前に躍動しているような、心中に入り込むような、すべての生き物を抱擁しているような、梵天の味わいのような、非世間的な感動、それがRasaです」

Kãvyaprakãśa. pp, 93


 父は沈黙して目を閉じた。そして言った。

 ヴァーティヤ「パータリプトラに劇場はありますか」

 アショーカ「常設のものはありません。お祭りのときはいつもエーカーナムシャ寺院に設営します。よい会場だと思います。作法を指示していただければ、設営は私が請け負います」

 ヴァーティヤ「筋を作らければなりませんし、稽古もしなければなりません。少し時間がかかると思います。かまいませんか」

 アショーカ「かまいません。バードラ月の12日はインドラの旗祭り(*)です。いかがですか」


*インドラの旗祭り 「演劇を上演するのに適した時期が来ました。インドラの旗祭りが始まったばかりです。この機会にこのナーティヤヴェーダ(演劇聖典)を活用しなさい」

Nāṭyaśāstra. Ⅰ, 54


 ヴァーティヤ「あとふた月ですか。これ以上ない時宜ですな。わかりました」

 アショーカ「ありがとうございます。団員の皆さまは追ってお連れします。宿舎を用意しましたので今日からそこでお過ごしください」

 ヴァーティヤ「ありがとうございます。ごきげんよう」

 アショーカ「ごきげんよう」

 王たちは去り、クシャラさんが私と父を宿舎へ案内した。私は父を非難(*)した。


*非難 「良い劇の筋の要素は36通りあります...誰かが他人の欠点を指摘してそれを長所として説明したり、あるいは他人の長所を非難してそれを短所と呼んだりする。これが良い劇の26番目の要素、非難(Garhaṇa)です」

ibid. XVII, 31


 コハラ「父上、私の気持ちを言ってもいいでしょうか」

 ヴァーティヤ「なぜいけない。言うがよい」

 コハラ「お叱りになるのは私が全て言ってからにしていただけますか」

 ヴァーティヤ「よかろう。さあ、全て言え」

 コハラ「では。父上は間違っています。マガダ人とカリンガ人の和解ですって? 感動(Rasa)ですって? 父上は王が悔恨していると心から信じたのですか? 確かに彼には役者の才能があります。発声法、表情ともに上手な演技表現でした。演劇であれば私も共感したでしょう。でもこれは演劇ではないし、彼が悔恨していたとしても、姉上や母上の無念、私たちの無念が、どうして彼に理解できるでしょう。彼はただ実利論に従ってこのことを企てたのです。カリンガ人の反抗を挫くためなのです。そうだとして、それでもなお私たちがマガダ王の依頼で演劇を上演したとして、もちろん、姉上と母上は亡くなりました。何度もお伝えしましたが、私は霊魂の不滅も輪廻も信じません。演劇の序幕で梵天に祈祷するのだって、ただ慣習に従っているだけです。ですから姉上と母上、そして亡くなったカリンガの人々、まして神がそのことを知ることはありません。それを知るのは私たちです。いったい父上は自らにそれを許すのですか? 私にそれを許すのですか? 私は自らに許すことができませんし、父上に許すこともできません。父上がどういうおつもりなのか、理解できません。理解できないと言えば、姉上が殺されたときです。私がマガダ人に襲い掛かろうとしたとき、父上は私の肩を掴んで首を振り、詩を唱えられました」


 愛しいコハラよ

 遠くを見るな 近くを見るな 内を見よ

 憎しみは憎しみによっては鎮まらない

 憎まないことによって鎮まる

 私たちはかつて命の始祖であった

 私たちは祖先の労苦の結晶である

 私たちはひとつである

 ひとつになって輪を回す

 賢い者はそれを理解するであろう


 コハラ「母上も亡くなられる間際に同じ詩を唱えられました」


 愛しいコハラや

 遠くを見ないでください 近くを見ないでください 内を見てください

 憎しみは憎しみによっては鎮まりません

 憎まないことによって鎮まるのです

 私たちはかつて命の始祖でした

 私たちは祖先の労苦の結晶です

 私たちはひとつです

 ひとつになって輪を回します

 賢い者はそれを理解するでしょう


 コハラ「これはジャイナに伝わる詩なのですか? 遠くとは何ですか? 近くとは何ですか? 内とは何ですか? 命の始祖とは何ですか? 輪とは何ですか? いずれにしましても、私は愚者のようです。まったく理解できません。父上は、私の気持ちをわかっていません。だいたい、姉上や母上に対して、不敬虔だとは思わないのですか?」

 私がこう言うと、父は突然泣き始めた。父が演劇に感動したときを除いて泣くのを初めて見た私は、ようやく気付いた。

 「父上のお気持ちをわかっていないのは私でした。不敬虔なのは私でした。すみません」

 私は父に伏して詫びた。涙が止まらなくなり、恥ずかしい気持ちから逃れたくて、宿舎を飛び出した。

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