16話 永劫回帰



 ソルの部屋にはオレンジ色の夕日が差し込んでいた。日差しは空気中を舞っている埃を照らしたまま。俺の隣にはイーオンとフリー。さっきのいざこざでフリーが死ななくてよかった……本当に。

「じゃ、ソル・コルウスが書いた日記的なやつを読んでみようか。イーオン」

「嗚呼、そうしよう」

 ペラペラとページをめくっていくと、白紙と白紙の間に何かが書かれていた。これは――。

 その、また下にもいくつかソルが書いたであろう文章があった。ビスは一つ一つ読み上げていく。

「俺は父親カルロ・コルウスが持っていた『記憶の鳥核』を現在保持している。この鳥核はいろいろな現実を改変できるとわかったが――どうもずっと脳裏に引っかかっている事がある。力の源はどこなのか?ということだ。まだ断片的な情報しかわかっていないがこの『鳥核』というものは『神核』の模造品で、忌々しい奴らが作ったものだとしか思わざるおえない。不幸鳥とシャーデンフロイデが深く関わっているこの模造品には何か重大な秘密が隠されているに違いない。例えば……鳥核を使うたびに段々と不幸になっていくとか。不幸鳥のことだ。あってもおかしくない。信じたくはないが、そう思ってしまう」

 次のページをめくる。

「不幸鳥……どうやらこの厄神はひもうすに起源があるらしい。コルウス家とも深い関わりがあるように思える。今度時間があったら、ひもうすに行こう。俺の父親が奴と契約したのもひもうすでのことだ」

 次のページをめくる。

「時間とは不思議なものだ。常に流れている川のような一方通行のもの――だと、一見そう見えるかもしれないが、それは間違いだ。時間というものは簡単に変えれてしまう。俺が生活している中で何回も時間がループしている時期があったりした。その他にも、そう、例えば今、時が止まっていることが挙げられるだろう。それが証拠で決定的な事実だ――ビス、お前に言っているんだよビス・クラヴィス!……一応書いておくけど、ここから先のページは僕が破いちゃったから読もうとしても無駄だからね!ところで、アマデウスがちゃんと死んだか確認したかい?今からでも確認してくるといい。もしかしたら生きてるなんてことがあるかも知れないからね!親愛なる愉快な神様より」

 ああ、やられた――シャーデンフロイデだ。


「くそ!やられた!先にソルの日記を見つけられたんや!!イーオン……とりあえずアマデウスのところまで行くで。シャーデンフロイデが言うように本当に生きているのかもしれないし、苦痛の鳥核を回収しなきゃならんからな」

「御意――」

 破られたノートを手にする。俺は急いでフリーを抱えたイーオンと共にアマデウスのところに向かった。確かに一発二発と銃弾を撃ち込んだはずやけど……さすがに生きてはないよな。いや、まだ油断はできない。あれを手にするまでは……。

 ソルの部屋を出て、廊下の先、見えてきたのは赤い血溜まり、だけ……。そう、アマデウス・シルウィウス・コリウスはいなかった!消えていたのだ!!

 不安な気持ちはやがて焦燥に。不確かな想像は確かな現実に。

「ビスよ……我が思考するにこれはまずい展開になってきたかもしれぬ。辺り一体、我ら以外に生命反応はない。そして……」

 突然イーオンが吐血した。

「大丈夫か!?イーオン!?」

「まずい、我の神核が奪われた。今我が持っているのは何のエネルギーもない偽物の『永劫の神核』なのだ!」

「何やって!?そんじゃあ、アマデウスは神核をイーオンから奪い、時を止めたまま1人で過去に戻ったってことか?」

 イーオンは荒い息遣いで喘ぎながら答える。

「おそらくそういうことだろう。我々は時が止まった世界に閉じ込められたのだ。皮肉なことに永劫の化身である我は時間の中に閉じ込められてしまった。神である私が……。ビス、我は今微かに残っている神核エネルギーで動いている。だが、これもそう長くは続かない。神核を取り返さない限り……我はここで死ぬ」

「……!!本当に死ぬのか?」

「すまない……ビス。本当だ」

 言っていることを裏付けるようにイーオンの体の輪郭が徐々にもやけ始め、煙のようにゆらゆらと揺れていた。

――時間はない。非情な現実が目の前に突きつけられる。ここでイーオンを失えば、俺は永遠に時が止まった世界でたった一人生きていかなければいけない。そんなのは嫌や……絶対に、絶対に嫌や。

「どうする?どうすればいい……!?」

 俺は考える。ここでイーオンの体内にあるわずかな神核エネルギーを使って時を動かすとイーオンは死んでこれからは過去に戻ってやり直すことが出来なくなる。そしてこの世界はベラの父親は存在しない。

 そしたら、時を動かすんじゃなく過去に戻るという方法か!?……それも結局、イーオンが死んでしまうけど苦痛の鳥核が失われずに済むし、ベラは実の父親に会える。

「過去に戻る――それしかないのか」

 駄目なんや、イーオンを失うのは。死なせたくないんや……。でも、どうすれば――

 

「我は死ぬ――これは運命なのだ。遠く、遠くのはるか昔に決められた運命なのだ……」

 

「んなこと知らねーよ!綺麗事言うなよ、イーオン!そんなん、駄目に決まってるやろ!お前は……!お前は駄目なんだよ……!!頼むから、もう俺を1人にさせんでくれよ……」

 

 少しずつ薄れていく。

 

「チクタク――我に後悔はない……『永劫』という概念の中に我はいる。ビス、過去に戻れ。それが最良の――選択――だから――だ――」

 

「イーオン……!!」

 

 消えた、目の前で……最期に俺に微笑みやがって。どうしてそんなカッコつけるんや。馬鹿やな……ほんとに、こんな馬鹿は初めてや。

 消えていく情けない神、たった1人の俺だけの相棒――。




 

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