15話 愛された男



 見慣れた雪景色、自転車で俺たちは雪林を進んでいく。空気があまりにも冷たいため、手が赤く悲鳴をあげ始めていた。ハンドルを握る手が棒切れのようでとても力が入ったものじゃない。目の前にも後ろにも雪が広がるこの道を2人で進んでいる。

――俺は鳥核を使える。そして、ビスが言うには永劫の化身イーオンと契約しているから時間を操ることなんて朝飯前らしい。もしかしたら……もしかしたら皆んなを今度こそは、今度こそは……記憶と時間を操って――

「目指すはソル・コルウスの部屋や。そこに重要な情報が眠ってるはず。そうやフリー、念のためやけどファルサの家に入る前は時間を止めるからな。気づいたらソルの部屋に居るって感じや」

「未来人なら大丈夫だと信じてる。くれぐれもヘマしないようにな、ビス」

「大丈夫!何回もやってきたことやから」

「チクタク――」

 イーオンはフリーを抱えながら重厚なドアを破壊した。辺りは静かで、やはり誰も俺以外の人間は動けない。このままフリーをソルの部屋まで運べば任務完了。うまくいくといいんやが……。

「――まて、ビス。何かが2階に居る。何者かの気配を我は感じ取ったぞ!」

「なんだって!?しかし、動けるはずがない……どんな小動物も、蟻も象も人間も。俺とイーオン以外には」

 深く根付く確かな事実。ビス自身も確かに2階からただならぬ気配を感じていた。何かがいる――それはアマデウス・シリウィウス・コリウスか?はたまた、それを上回る存在か?

 その存在の有無を確かめるため階段を一段一段ゆっくりと着実に上がっていく。最後の一段を足で踏み、前を見てみるとそこに居たのは!?


「アマデウス・シリウィウス・コリウス!!何でお前は平然と、あたかも当然のように動けてるんや!」


 そう、アマデウスだった!奴は冷静に少しずつこちらに歩いてきていた!にやけた、むかつく顔でこちらに向かってきていたのだ!

「ビス〜それは愚問というものだよ。この世界には神やら超能力やら、とても信じがたいもので溢れているんだよ?俺が、時が止まった世界でも動けるなんてことはあってもおかしくないことなんだ〜。だから、そんなに驚く必要はないってことなんだよ?ビス〜」

「せやから!何で動けるのかって聞いてんねん!」

「ふふーん、神の力のおかげさ。俺は愉悦の化身に忠誠を誓った。……化身様は、この俺に苦痛の鳥核以外の祝福をくれた。だから、時間を君が止めても動けるんだよ〜。そして、化身様は俺に言ったんだ。お前たちコルウス家に復讐してもいいってね!!時は動かない、俺がさせない……まずは、永遠の中で君を殺す!!」

 まずい……来る!

 間違いなくこいつは苦痛の鳥核の力を行使するはずや。力を使わせる前にこいつを撃ち殺さなければ!

 ビスは空中からルガーp08を取り出し、アマデウスに銃口を向ける。だがしかし、アマデウスの方がほんの数秒早い。頭から足の先まで雷のような衝撃が走った後、とてつもない激痛がビスを襲う。思わず、ビスはその場に倒れ込んだ。

「ぐぅあああああああ!」

 いたい――汗が滝のように身体中から流れ、体中 の神経が張り詰め呼吸が浅くなる。爪を何度も剥がされるような、眼球をスプーンで抉り取られるような激痛。だが、ルガーp08を手から離すことはできなかった。まだ勝利を諦めていなかったからだ。ビスにはイーオンがいるからだ。

「――銃を俺にくれないか?ビス〜」

「ああ……くれてやるわ。銃弾をな」

 その時、アマデウスの背後に永劫の化身イーオンが現れた。イーオンがルガーp08をアマデウスに突きつける――。

 バンバンバンバンバンと銃声が響いた。血がビスの顔にかかる。アマデウスは体中を撃ち抜かれた。

「ふん、ビスを殺害しようと目論む阿呆は我が殺すまで。愉悦に取り憑かれた人間は哀れだ……断言する」

「せやな……ところでこの男、結局殺してよかったんかな?こいつはベラの父親や。いくらこいつがクズでも、殺すのはやり過ぎだったんかな?」

「愉悦の洗脳を受けた者は殺すしかない。愉悦の化身をみくびってはいけないのだ。兎にも角にも、ソルの部屋に急ぐぞビスよ」

「そやな……」

 いつもや、いつも考えてしまう。俺が選択したこの結果を。この先を――。

 俺は頭から血をドクドクと出して横たわるアマデウスを横目にソルの部屋へと急ぐ。

「ルム……」

 彼の片手には拳程度の滑らかな球体が握られていた。宇宙のような輝きを持つ球体を――。


 

 舞台は聖地アウロラにある山に囲まれた村。小さな頃に実の両親に捨てられた後――そこで養子として育てられた。

 当時の俺はその銀髪と桃色の瞳から気味悪がられ、石を投げられ、貶され、嘲笑われ、見下され、馬鹿にされ、漏れ衣を着せられ、愛はなく、長ったらしい時間を潰す日々――最悪で嫌な子供時代だった。そんな暮らしをする俺を養子として育て、アマデウスという名前をくれた。

 俺はある日そんな両親にある事を誓った。いつか必ず、必ず実の両親を見つけ出して、何であの日俺を捨てたのかを聞いてみせると――

 

 それから俺はひもうすに渡り、有力な情報を集めることにした。幸い、実の両親の名前はわかっている。カルロ・コルウスとシーラ――それが実の両親の名前らしい。なぜわかるのかって?なぜなら捨てられた時に名前付きの金色のペンダントがかけられていたからだ。

 最初はそれらしい情報はなかなか集まらなかったし、慣れない異国の文化に苦戦した。だが雨宿りをしようと路地裏に入ったとき、運良くカルロ・コルウスについて知っているという奴にあった。明らかに浮浪者のような見窄らしい見た目をしていたが顔立ちが整っている男だったことを覚えている。

 俺は金を渡して、傘をささずにその場を去った。どうやらその男が言うには――カルロはもうこの世にはいないらしい。だが息子が居ると言っていた。しかも驚くことに聖地アウロラでもう1人の息子、俺の兄弟が俺の故郷で暮らしていると。俺はそいつに会うことを決めた。

 それから、俺は故郷でまた過ごすことになった。コルウスという名字を探しながら。そして――。


 だが、今となってはそんなこと無駄だったみたいだ。俺は弱かった、情けなかった、復讐なんてできなかった。そもそもカルロの息子を殺そうとしたのがいけなかったんだ。ただただカエルムのことを考えながら、平穏で不変的な生活をするべきだった。なのに俺は――。

 全身血まみれになりながら過去に思いを馳せる。もう死ぬのはわかっているのに、もう一度だけ彼女に会いたいと願ってしまう。カエルム・シルウィウスに。

 あの時に戻りたいと――。

「……!!」

 驚いた……瞼を開くと気づいたら昔住んでいた家にいたのだから。なんて……きっとそんなことはあるわけない。

 ただの死ぬ前の走馬灯だ。

「はあ、神様は死ぬ前にとんだご褒美を用意してくれたね〜。懐かしい……このベット。この空気感。何もかもが美しい」

 昔懐かしい純白のベッド。柔らかなサラサラとした触り心地にその雰囲気、まさにあの頃のまま。日差しが暖かい……。

「何言ってるのアマデウス?」

「……カエ……ルム?」

 カエルムだった。

 そこにいたのはカエルムだった。

 何も言えない、何も話せない俺は、思わず彼女に抱きついた。涙がボロボロと出るのが止まらない。これが夢とか走馬灯なんかでも関係ない……!彼女を、カエルムをこの目でまた見ることができたのだから。

「何泣いてるの?ふふ、そんなに私に会いたかったんだ?アマデウスにしては珍しく泣いてるね」

「当たり前だよ……こんなに嬉しいことはないんだから」

「……ありがと。でも、あなたにはまたさよならをしないといけないみたい」

「ああ、さようならカエルム」

 昔、俺はソル・コルウスという男に妻のカエルムを殺された。

 平和な村でカエルムと暮らし、やがて結婚。アマデウス・シルウィウス・コリウスとして第2の人生を始めようとしている中――忌々しいあの日、突然俺の村は「混沌の化身」の襲撃にあった。村中が混乱に陥る中、俺はカエルムを連れて村を出ようとした。だがしかし、現実はいちごミルクのように甘くていいものじゃなかった。

「カエルムが、カエルムが……」

 俺は逃げている最中、カエルムを見失ってしまった。早く逃げないと村にかかった唯一の橋は壊されてしまう。しかし、カエルムが!

 俺は、すでにここまで逃げれていることを祈り、橋の方まで行ってみることにした。橋までたどり着いた俺は人混みを分け一心不乱にカエルムを探す。「カエルム!どこだ!?どこにいる?」だが、カエルムは見当たらない。

「橋を壊せ!早く!」

「もう奴らが来るぞ!早くしろよ!何やってんだよ!」

「まだ、まだ俺の妻がいるかもしれない。閉めないでくれ!」

「奴らが来る!奴らが来る!奴らが来る!」

 焦りに任せた必死な呼び声は群衆の騒がしい声にかき消されていった。その時、カエルムが橋の向こう側なら走ってきたのが見えた。カエルムだ!来た、生きていたんだ!

「橋を爆破するぞ!いいな!」

 1人の男が導火線に火をつけようとする。

「は?……おいやめろ。妻がまだこっちまで来ていないじゃないか!」

「仕方ないだろ!あんたは奴らのことを何もわかっていない。わかるか!?この橋を今ここで壊すんだよ。じゃなきゃ、どうして橋を1つにした?邪神たちや敵が攻めてきたときに橋を壊して隔離するために1つだけにしてるんだろ!?もう諦めてくれ」

「しかし……!」

 必死に俺は火をつけようとする男に訴える。そんな俺に近づいてくる男がいた。後でわかったことだが、その男こそが俺の兄弟で同じ血を通わせるソル・コルウスだったのだ――。

「すまない、アマデウスさん。もう時間がないんだ。ここにいるみんなを見てくれ。みんな大切な人がいる。俺も例外じゃない、俺にも大切な妻がいる。ここで橋を壊さないとみんな死んでしまうんだ。頼む……わかってくれ!橋を壊させてくれ!お願いだ!あとでいくらでも俺を殴ってもいい。骨を何本でも折っていい。ここでみんな死ぬのが1番駄目なんだ!」

「黙れ……お前に何がわかる?小さな時から親に捨てられ深い孤独を味わった俺に唯一できた愛するす人なんだよ!目の前で見殺しにしろってのか!助けられるのに!お前は!!」

 周りの大人に取り押さえられる中、ある光景を思い出した。貶され罵倒された日々と脳裏に浮かぶ憎い顔とそれ以上に美しく麗しく輝かしい人を。

「仕方ないんだ……アマデウス。君の記憶を一時的に預かっておこう。辛いだろうからね。あとで返すよ……ごめんね」

 そう言い導火線に火をつける。

「やめろ!やめろ――」

 カエルムは目の前で死んだ。大きな爆破音と共に永遠の眠りについた――これを安らかな眠りというのだろうか?全身火傷をし、とてつもなく苦しい思いをして死ぬ。なぜ何の罪のない彼女が死ぬ?命尽きる秀麗が醜悪になぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ?


なんで??????????????美しく、ただ1人だけの愛する人が目の前で死ぬ?


 俺は、幼い俺を捨て、妻を見殺しにしたコルウス家に復讐を誓った。何万回死のうが地獄に堕とされようがまた必ずカエルムに笑顔でまた会えるように――。





 

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