14話 神という悪魔
「サンタクロースに鈴虫やひぐらし、蟹や鴉や馬や小鳥や蛙、そしてそしてファルサ・コルウス。時には不幸の化身、不幸鳥としても登場してきた。あの時もあの時もあの時も――全て見てきたよ」
そう語る愉悦の神、段々と着実にサンタクロースの姿から猫のような鼠のような形容し難い異様な姿に変わっていく。声もビスの溌溂とした声色から、鼓膜をうるさく喧しく刺激する声色へと変化を遂げた。俺は初めて見る存在に神秘と恐怖を感じる。神のような……または悪魔。あるいはそれを大きく上回るこの世界の言葉では言い表せない者。
俺はシャーデンフロイデと共にビスの家に入った。家の中には誰も居らず、ただ1人の人間と神がテーブルを挟んで互いに見つめあっていた。
「……お前は神なのか?」
「ああ、そうだよ〜。僕は君たちが崇め、慕い、慄き、信じ、縋ってきた神様だ……!!フリー・コルウス、そんな上位の、神聖で神秘的な存在に出会ってどう感じた?僕の言葉一つ一つの意味や一句一句の発音、それらが成す大きな意味に感銘を受けたか?――僕を崇め讃えたいか?」
「――なあ……神様」
「どうしたフリー?」
「もしお前が神様なら、今まで何してた?」
「うーん、僕は愉悦の神様だからなぁ……ただ単純に『愉悦』をこの世界に提供してきただけさ。今までもこれからもただそれだけさ!」
「……じゃあ何で俺の故郷が何もかも潰れて平らになったこともソルやファルサにビスにベラが死ぬことも見過ごしてるんだよ!?ふざけるのも大概にしろよ!!シャーデンフロイデ!!」
「はあ、醜い醜い。君は僕の名前の意味を考えなかったのかい?……記憶の鳥核を持っている君でもわからないのかい?」
「お前は悪魔だ。神の力を乱雑に扱うクソ野郎だ」
「言ってくれるじゃないか!フリー・コルウス!だがフリー、僕に言わせればこの世界には価値がない。もう、オリジナルではないんだ。この世界は――この世界全体が現実改変されているんだよ。例えば鈴虫は夏には鳴かないし、クリスマスローズは毒があるから食べることなんてできないものだった。だが!世界中のあらゆるものが改変されたことでこの世界は虚偽に満ちたものになってしまった。そんな世界で生きるペラッペラの人間様が死んだところで価値はないんだから!どうだっていい!どうでもいいんだよ!君たちは僕たち神の玩具なんだよ!はは!」
シャーデンフロイデは勢いよくテーブルを叩き割る。テーブルの置いてあった緑の花瓶が粉々に。それと同時に地面が揺れ、がたがたと家中の家具と軋み動く。ぐったりと地面の揺れに合わせてゆらゆらと神は体をその場で動かしていた。神はフリー・コリウスを睨みつける。
この不気味な神の姿を助長させるように鼠色の淀んだ雲から雨がポツポツ降り出してきた。初めて俺の故郷が潰れたあの時のような光景が窓から見える。ビスの家以外の全ての家屋はアマデウスによって潰されたのだ。瓦礫と血溜まり、悪夢の始まり。
「何をしてる……?」
「わかんないのか?今君の愛しい故郷は潰れたんだ。僕が今アマデウス・シルウィウス・コリウスにそうさせた」
「何で……何でなんだよ!何で俺はこんな目に!!ベラもファルサもソルもビスもいつも通りに過ごせれたはずなのに!何でお前は!!」
「はは!ははは!こうやってフリーを不幸のどん底に引き摺り下ろすのはやめられないし、やめたくないよ。フリー、何で僕が君に執着するのかわかるかい?僕は君に不幸になって欲しいんだ。君じゃないと駄目なんだよフリー。だから、僕は君の故郷を潰し、アマデウスにファルサの家で残りの人間を殺させた。全部僕がやったんだよ!」
「ははは、何だそれ……」
「はははこれが神だよ。神なんだよ!フリー・コルウス!!お前ら人間が崇め称えてきたなぁ!!――ところで君は何回もこの日を繰り返してるらしいな。知ってるのか?何回も何回も繰り返しても人が死んだ事実は変わらないんだ。別の世界線になるだけで、もとの世界線ではベラ、ソル、ルナ、ファルサ、その他諸々は苦しんで死んだままだ。申し訳ないと思わないのか?フリー・コルウスー?『痛いよー苦しいよー』っていう声が聞こえないのかぁ?かわいそう、かわいそうかわいそうだなあ。ベラなんかすごく痛そうだったぞ、何度もアマデウスに蹴られて、血反吐を吐いてあざだらけになって、髪をむしられて、泣いてたぞ?かわいそうかわいそう。フリー、君はこの先不幸なしでは暮らせないよ?あはあはは」
「……それが答えなら」
――俺はそばにあった花瓶の破片を手に取り奴に思いっきり振り翳す。シュッとシャーデンフロイデはかわし、俺は勢い余ってその場に倒れ込む。
「いいねいいね。鳥核を使わずに自分の手でやろうとするなんて」
シャーデンフロイデを見つけては必死になって花瓶の破片を振り翳し、そのたびに奴は消え俺を嘲笑い蹴り飛ばす。何度も何度も殺そうとしたけど所詮俺は人間だ……だんだん視界がぼやけて目眩がしてきてついでに息切れまでしてきた。今回はここまでここまでなのか?
「くそ、死ね死んでくれよ!」
「はあ、駄目だねー君は。まったく……僕が死ぬことを全然イメージ出来てないじゃないか。あーあ終わりにしよう。つまらなくなってきたよフリー」
俺は奴を睨みつけ、声を枯らし、涙を浮かべ、ただ必死に。「死ね!!死ね!!死んじまえ!!」とそいつに言う。
神は死ぬのか、死なないのか、どっちが正解だなんてどうでもよかった。俺が今ここでシャーデンフロイデを殺すことが最適解なんだ!!今ここでこの悪魔を殺さなきゃ駄目なんだ!
俺はただ心の中で奴が死ぬことを強く願い、想像をした。
そんなことしていると奴は悲痛の表情をし始めた。
「痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたーい」
顔が歪み、爪で部屋の壁を引っ掻き始める。そう、確実に愉悦の化身シャーデンフロイデは苦しんでいた。
勝てるかもしれない、殺せるかもしれない。こいつを今殺せば俺の故郷を救える。時間が戻り続け12月25日が繰り返される中でこいつを殺し続けられるんだ!何度も何度も繰り返しこいつを……!!
「――今なら神を殺せられる。なんて思っているのかい?フリー・コルウス!馬鹿、間抜け、阿呆、死ね!」
腹を殴られ、髪を掴まれ、蹴飛ばされた。
そう簡単にはいかない、奴は死なない――シャーデンフロイデは俺の真上にぶら下がっていた。ニタっと笑う愉悦の愚者は消え、木造の家に残ったのは静寂だけだった。
俺は逃した、全ての元凶シャーデンフロイデを殺すチャンスを逃したのだった。
その場に膝をつく――
「何なんだよ!?何なんだよあれは!!」
その後、俺はビスと合流し、裏山の空き地にある自転車の空気を入れ、ファルサの家に行く準備をすることにした。ビスいわく、シャーデンフロイデは「愉悦の化身」という神のような存在で俺たちの故郷が壊滅したのもアマデウスが俺たちを殺しに来るのも奴の仕業らしい。
「――どうしてビスはそう確信を持って言えるんだ?化身って何なんだよ?」
俺は前から気になっていた事を聞いた。ビスは古びた自転車の空気を入れながら答える。
「そうやな、話そうかフリーには。化身ってのは神のこと。まあ厳密には違うけど。平和の神とか聞いたことあるやろ?で、俺はある神様と契約をしたんや。だから、化身についていろいろ知ってる。それと、俺は永劫の化身『イーオン』と契約して未来からやって来た。未来では愉悦の化身『シャーデンフロイデ』と不幸の化身『不幸鳥』が世界を滅ぼそうとしていて、その2体の神が戦争を起こしたり――」
「おい待ってくれビス!さっきから何をベラベラと」
「信じられない馬鹿馬鹿しい話やと思うけどな。本当のことやで。俺は未来から来た。本当のことだよ。フリーが俺のことを頭のおかしい馬鹿だって言っても構わない。それぐらいのことや」
「本当に未来から来たなら……ビスはどこまで知ってるんだ?」
ビスは手を止め、深いため息を吐く。
「いいか?フリー。ひもうすと神聖帝国の戦争――俺たちの故郷が壊滅したのが火種となって本格的に『ひ神戦争』は始まる。だから俺は戦争のきっかけになった故郷の壊滅を防ぐために戻ってきた。長い長い悪夢を終わらせるためにな。そやけど、今は何が正解なんてわからん。ただ模索していくだけや。フリー、俺はお前たちを救いたい。協力してくれ。中々、無理な話かもしれん。頭がおかしいと言われるかもしれん。最悪、命がなくなるかもしれん。それでも俺は昔のような、小さなことでも心の底から笑えるような日々を取り戻したい。無理にとは言わない。これは身勝手なわがままなお願いやから」
「――もうやるしかないな、俺は信じるよビス」
「フリー、その選択に悔いはないな?」
「後悔は、ない。少なくとも真剣な友の願いを断る人はいないと思うよ。ビスが未来から来たことを俺は信じたい。信じてこそ親友だろ?」
「……ありがとう。ほんとにありがとうフリー」
「行こう!ビス。この悪夢を終わらせるために」
俺たちは自転車に乗り、夕日でオレンジに染まった雲を眺め、ファルサの家に向かう。この先の未来がハッピーエンドで終わることを信じて――
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