11話 永劫の化身
黒髪の男の後ろ姿。
「フリー行くな。行かんでくれ!――俺がしてきたことは何だったんやフリー」
燃える街の中、壁にもたれかかった私に言う。
「俺には分からなかった。お前が何でいつも笑顔なのか。やっと今日答えが出たよ――お前らは醜悪の化身だからなんだ。お前らを見ると心が締め付けられるのも納得がいく。心が拒絶してたんだな……表情に言動、その仕草にな。いいよ、もうこの悪夢からお前たちを覚ましてやるから。それがお前らの運命なんだろ?」
「おい……フリー思い出せよ!一緒に裏山でかくれんぼをした日を!逃げ出した牛を追いかけた日を!俺らの故郷を!」
「……そんな事したっけ?俺の記憶にはないけど」
「何で覚えてないんや……!」
彼は私の下腹部を何度も蹴る。そのたびに鈍い音が鳴り、肺から息が漏れ出した。
「あの時お前らは何をしてた!?」
彼は私の頭を何度も掴んではガンガンとコンクリートにぶつける。私の頭が血で赤黒く染まってもやめなかった。見下すその目に戦慄を覚える。
「ほら死ねよ。悪夢から覚ましてやる」
「――ビス!起きろビス!」
「……あぁぁあ!」
ビスは雪が降る中、山小屋の中で寝ていた。体中にはかすり傷。額には汗が――ビスはきっと俺が知らない間に大変な思いをしたんだろう。
「よかった……死んでるかと思ったぞビス。もう会えないかと思ってたんだからな」
俺は涙を堪えて再会を喜んだ。ビスの容態は決して良いものではないがビスも笑みを浮かべていた。
「どうやらひどく憔悴しているみたいだね。無理はしない方がいいよ。とにかくビス。ここに1人でいるのは危険だ。ファルサの家まで行こう~」
「……そやな。ありがとう」
雪林にある舗装された道を3人で歩いていく。故郷が潰れた時、どうやらビスは運良く脱走した牛を追っていたため死なずにすんだらしい。
「フリーは大丈夫なんか?」
「……父さんは死んだよ。俺たちを残して」
「そうか……俺の父さんもや」
しばらくすると目の前にある木々や雪の間からファルサの家が見えてきた。
「大丈夫なんあ?ビス」
「大丈夫っす。少し……少しだけ休ませてもらえれば」
「今すぐ部屋の準備をしようか」
ファルサが2階へ上がろうと階段の1段目に足を置いた時。その時だ。
「待ってくれファルサ~」
アマデウスが少しばかり笑みを浮かべて尋ねる。
「ここに、今ここにベラ・コリウスは居るかい?」
「居るけど、それがどうしたんあ?」
「いや、居るならいいんだ。居るならね~」
「そう」
各自、自分の部屋に行く。1人になった方がいい日だ――無論、フリーも1人になりたかった。だが、部屋に行く前に俺はベラに言わなければいけない事がある。
「ベラ、今夜は気をつけろ。何かあったらすぐ俺のところに来い」
「わかったー。大丈夫だよ、ありがと」
夕日が沈み、ファルサは夕食の準備に取り掛かっていた。皿とフォークやスプーンを用意し、料理を盛り付けていく。さあ、ご飯の時間だ。2階に行き、各部屋に夕食の時間だと知らせに行く。
やけに静かだが、鈴虫の声だけは聞こえる夜だった。ファルサが階段を登る途中に突然、階段の上に人影が現れる。
「ファルサ~こっちにきて欲しいんだ。急ですまないがちょっとした事をファルサに話したくてね~。早くこっちに」
「……?わかった」
ガチャと扉が閉められ2人は部屋の中へ。
「――今夜だ……。今夜、殺される。俺が何とかしないと。でも、どうすればいい。何をすれば防げる?」
俺は1人部屋で考える。どうすれば……どうすれば。
――こんこん。部屋の扉がノックされる。
「!」
まさか、皆んなを殺した奴が来たのか?誰だ!?
「――入るで……フリー」
「なんだ、ビスか」
ビスを見ると何やら切羽詰まった様子だった。
「どうしたんだビス?」
「いいか、フリー。今から俺が言う事をよく聞いて欲しい。今夜起こる事や鳥核について俺は知っている……今夜皆んな殺されるんや。フリー、協力をしてくれ。俺とフリーで殺した奴をどうにかしたい」
「……ビスは何で知っているんだ」
「とにかく後で話す。急でごめん。俺が今から言う事を信じてくれるか?」
「もちろん信じるよ。知ってる理由はどうであれ、俺たち『たけうまのとも』ってやつだからな」
「それを言うなら……『ちくばのとも』や」
2人はお互いの情報を交換していく。
一方、フリーとビスが部屋で話している中、隣の部屋にはファルサとアマデウスの2人。
「どうしたんあ?話したい事って」
「俺は知ってるんだ〜ファルサの夫、カルロ・コルウスの秘密についてね」
「急に何を……」
「いいかい?俺は知ってるんだよ~。カルロ・コルウスはソル以外の別の子供がいるって事」
「――そんな!」
ニタっと男は口角を上げる。
「はは!ファルサは知らなかったんだね~。そう!もう一つ付け加えるよ。カルロのもう一つの子供――それは俺だ」
何を言っているんあ?何なんあこの男は?何か証拠は、理由は?そんなカルロが、カルロがまさか。気づけば後ろにゆっくりと下がりドアノブに手をかけていた。
「駄目だよ~?鍵は俺が閉めてある。君は逃げれない――しばらく俺の話相手だよ」
「嫌だ!信じたくないんあ……荒唐無稽なんあ」
アマデウスは手を掲げこの家のマスターキーを見せる。冷たい鍵が光を反射した。
「そう、さっきも言ったけど俺はカルロの息子。不倫したカルロの息子だ。幼い時俺は父親と母親に捨てられ、1人でずっと神聖帝国で暮らしてきた。俺の目的は鳥核の回収と聖地の奪還。あと私的な事を加えると君たちを殺す事とベラ・コリウスを見つけることかな!……ずっと憎かったんだよ、君たちが。ずっと前から疑問だったんだ。俺だけが捨てられ、ソルは捨てられなかったっていうことがね。ず〜とず〜と妬んで憎んでこの手で握り潰したかった!その時だよ~今日というクリスマスに彼は希望の光を与えてくれたんだ~!君たちの故郷を潰し、思い出を潰し、人を潰し、いよいよ君たちの臓物をこの家でばら撒けられる!何度望んだ事だろうか!?こんな幸福で高揚する経験は僕にしか出来ない!!!愚鈍で愚弱で愚民な君たちが愚行に走るのを止めるのが僕の宿命であり、僕の使命だ!流石に流石に僕がこの僕が苦痛の鳥核を授かった時はさすがに涙が止まらなかったよ~。本当に本当に感謝だ。何故なら今夜僕はフリーもベラもビスもソルもファルサも殺せれるからね!あ〜ただ単に殺さないから安心してね~。存分に苦痛を味合わせてあげるよ!――さあ、まずは哀れで薄っぺらい君からだ、ファルサ・コルウス」
張り付いた笑顔で見つめる。
「何で……なんで――」
「――あの、白髪がか!?」
「そうや、あいつが今夜虐殺の限りを尽くす、なんなら今にも始めるかもしれない」
脳裏に浮かぶアマデウスの顔、俺は怒りを心に宿らせた。今にも奴の暴虐を止めなければ。
「止める方法は?何かないのかビス?」
「ある。あるにはあるけどリスクが高いし、フリーの力が必須になってくる。それでもやるか?」
「もちろんやるよ、もう人が死ぬのを見るのはごめんだ」
「フリー、この作戦には、フリーの『記憶の鳥核』の力が必要や。」
「まさか……俺に鳥核があるって言うのか」
「そうや。その鳥核の力を行使してアマデウスの記憶を無くす。そやけど、フリーはまだ能力を使い慣れていないのが問題や。だからかなり失敗するリスクが高い。そして一番最悪なのがアマデウスが鳥核を持っているパターン。もし、持っているなら虐殺を止めるのはだいぶ厳しい」
今置かれている状況の絶望具合を実感すると同時に何故ビスがこんなにも知っているのか不思議に思う。ビスの博識っぷりは昔から変わらないな――
「……というか俺は鳥核の使い方なんて知らない。どうすればば良い?どうすれば使えるんだ?」
「そうやな、まず鳥核について教えるわ。鳥核の力を行使するには2つの方法がある。1つ目は具体的にどうしたいのか声に出す方法。多くの人はこのやり方やけど、たまに桁違いにセンスというか才能がある奴がいる。そういう天才は2つ目の頭と心でイメージする方法だけで力を使える――らしい。まあ、全て正確な情報とは限らないからな。……とにかくベラとファルサが危険や!早く安否を確認しよう」
「とにかく俺がやるしかないみたいだな。行こうビス」
「ああ、頼んだ――何だ今の音?」
隣の部屋から何か大きな物音が聞こえる。咄嗟に俺とビスは部屋から出る。まさか、ファルサ?ベラ?隣の部屋のドアを勢いよくどんどんと叩く。
「ベラ!!ファルサ!!何かあったのか!?」
「……開けるで!」
ドアノブを捻り開けようとするも、ドアは固く閉ざしたままだった。
「だめや!鍵がかかってる」
「くそっ」
――その時、雷が落ちたような衝撃が走る。ドアが勢いよく開いたのだ。俺とビスはドアにぶつかり苦痛のあまりその場に倒れ込む。
「痛い……」
「ビス、フリー助け……」
「!」
目の前には、涙で顔を濡らし体から血を床に染み込ませるファルサの姿があった。倒れ込む体は痙攣し、苦痛に顔を歪ませる。――許さない、俺は今この男に憎悪と憤怒、人生で初めて明確な殺意というのを覚えた。決してこの男を許してはならない――今!!ここで!!殺さなければ!!こいつを!!
「死んじまえぇぇぇ!!!!このくそ野郎がぁ!!」
「来いよフリー・コルウス!!さあ、僕を殺してみろよ!お前には僕を殺せれないだろ?お前は意気地なしなんだから、床に這いつくばってるのがお似合いなんだよ!」
「待て!!フリー!!」
俺は我を忘れてアマデウスに殴りにかかる。
「チクタク、チクタク」
時計が歪む。短針と長針が交差し、空間が歪む。今この世界のエントロピーは減少する。つまりこの世界の時間が逆行するという事。――ファルサの血も床に染み込まず、傷口が塞がれていく。ずっとそこにいたのか、今現れたのか、得体の知れないものがビスの背後に存在していた。
「今回も間に合わなかったか……なあイーオン」
「我は『永劫の化身』であるために時間を操れないなど笑止千万。お前のためならこの命犠牲にしてまでも此奴を殺すまで。ふん……ビスよ、この後はどうするというのだ?」
「もっと人の言葉をイーオンに教えようかな。まあ、冗談は置いといて、フリーを殺すのは駄目やで」
「御意。12時に針が回った時、また聖夜は繰り返す。お前と我は契約を交わした。契約は守らねばならない。ここまでだ――」
「……今日の記憶をフリーが覚えている事に賭けるか」
「――はあはあはあはあ」
俺は勢いよく飛び起きる。どうなってる?あいつは?銀髪のあいつは?時計を見ると短針は11時を指していた――まただ、また繰り返すんだ。
窓には大きな鴉――クリスマスの開始をフリーに知らせる。
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