10話 あの思い出



「ビスが生きてる!?」

 

「ああ、偶然ファルサの家に行ってる最中に会ったんだ。彼は酷く憔悴していたよ~。今にも倒れそうな様子だったからファルサの家で介抱しようと思ったんだけど……断られてね。まあ言う事を聞いてくれなかったんだ。俺が無理にでも連れてきたらよかったかもね~」

「そうですか……」

 ビスを助けないと!絶対にあいつの事だから無理してるんだ。俺は心臓がドクドクと不安を煽るように動いているのがわかった。またベラみたいになっているかもしれないと思うと気が気じゃなかった。

「ビスが生きてる……」

ビスとの思い出が浮かんでくる。何故か心の底にずっと居続けているあのシーン。

 幼い時の思い出。

――まだ、あの頃は、正しい暇の潰し方を知らなかったのだろう。退屈しのぎによく、1人でそこら辺の茶色い湿った土を手で掘り起こして、出てきたミミズを二つに千切っていた。細長い赤茶の体が千切れても動き続ける様子は幼いながらも滑稽だと感じていたのは、異常なのだろうか、それとも子供ゆえの残酷さなのだろうか。今の俺にはわからない。

 

――少し雲がまばらに青い空に散らばった天気の日も俺は1人寂しく、人気がない小さな雑木林でミミズを探していた。

「ミミズ、ミミズ……ミミズ?ミミズー?」

茂った緑の草むらを掻き分け、大きな石を小さな手でひっくり返し、汚れた素手で土を堀り――。

「ミミズ、ミミズ、どこにいる?」

 ミミズを親指と人差し指でつまんでうにょうにょと蠢く様子をじっと見つめる。そして灰色の滑らかな石の上に置いて尖った石でブチッと切り裂いた。真っ二つに切れてもなお動く様子に罪悪感を覚えたが、それよりも興奮と背徳感が勝った。赤茶色のミミズを蟻の巣の穴に押し込んだ。

「はは……」

「――フリー!」

振り返ると明るい茶髪のやつが突っ立ていた。

「フリー、もっと楽しいことをしようや」

「だれ?」

「俺はビス・クラヴィス。ミミズを愛し、愛される男や。そやから、ミミズは虐めたらあかんで!」

「ああ、ごめん。退屈でさ……ビスって言うんだっけ。よろしくビス」握手と笑顔。

「うん!よろしく……ところでその手に持っているミミズを離してくれくれんかな。今にもミミズが千切られそうで怖いぞ……」

「たしかにそうだね」

 俺はまだ残っていた赤茶色のミミズをそっと地面に落とすと、ビスはニコッとギラついた八重歯を覗かせ微笑んでみせた。

「フリー!俺の親友になれ――」


 それからというもの、俺は太陽がギラギラと照った日も、ザンザンと滝のような音が一日中続く嵐の日も、コンコンと白一色の雪の日も、寒さにガタガタと震える冬の日も、ビスと一緒に遊ぶ仲になった。確実にあの出会いが俺の平凡な日常を刺激で飽きない日常に変えていく。

 またさらに時間が経つとベラとも知り合い、仲良くなって一緒に遊ぶようになった。

 そしてある日……一緒にかくれんぼをしていた時だった。

「じゃあ、今日は裏山使っていいってこと?」

「そ。今日は特別に俺の親父から許可をもらったからなー。思いっきり楽しめるぞ!フリー、ベラ!」

「久しぶりだな!裏山でかくれんぼ!」

 最近は子供だけでは「混沌」がどうやら「神」がどうやらで危険だからという理由でビスの家の裏にある山には入ってはいけない事になっていた。だから、この日の俺は「やっと裏山に行ける!」と最高な気分で、何でも出来るような気さえしているのだった。

 俺たちは早速裏山へと向かい、木々が皆を上から見つける中、かくれんぼをする。

「どうする?かくれんぼで負けた方は」

「んーじゃあ、負けた方は犬の真似をするってことにしよーう。なかなか屈辱的でしょ」

「犬の真似……なるほどな」

「じゃあー、じゃんけんで鬼を決めよー」

「そうだな……じゃんけん――」

 

「パー」「チョキ」「チョキ」

 

 ビスの1人負けだ。

 「こればっかりはしゃーないな」悔しそうな……嬉しそうな顔をしてビスは俺たちに背中を向け、目を閉じて1、2……と数え始める。

「じゃあ、隠れるか!ベラ!」

「うん!」

 鬼側に勝ち目は無いと思うほど広大な裏山には色々な隠れられる場所がある。例えば、今居る少し開けた場所から少し進むと廃墟になった村があるし、少し東の方に行けば洞窟や川がある。

 俺は勝ちを確信した。負け犬になんかなるもんか。

「ベラ、廃墟の村にあるボロボロの家に行こう。ビスはきっと怖がって薄暗い家には1人でいけないだろ」

「フリー、ナイスアイディア!あそこでしょー?廃墟の村の外れにある幽霊屋敷」

「そう!」

 ビスが追いつく前に早く隠れないと。足をひたすらに動かして幽霊屋敷に行く。走れ!フリー。

「やっと見えてきたぞ」

はあはあと荒い呼吸をして、がたがたになっている石道で立ち止まる。目の前には所々赤く紅葉した蔦だらけの家。赤い家根と広い庭が特徴だ。

 いざ見てみると入ることが億劫になってしまう。だが、行くしかない。ビスには負けられない!!

「行こうベラ」

「うん」

 家の中はボロボロで砂埃が舞っていた。本や家具が散らばり、ガラスの破片が散らばっている。怪我をしないように気をつけながら奥の方に進んでいく。

「ここが良さそうだよーフリー」

「ここか……確かにいいかもな」

 ベラが提案したのは井戸の中。隠れるには危険そうだったが、井戸の中は思っていたより深くなく最適の場所のように思えた。

「うーん、この紐大丈夫かなー?」

「大丈夫だろ!先に俺が行くから、ベラは待ってて」

「うん」

 少しずつ紐を握って降りていく。井戸の底は水が枯れていて唯一あるとするならば今居る家の前で撮られた銀髪の男と女の薄汚れた写真が落ちているだけだった。

「ベラー?来ていいぞー」

「はーい」

 しばらく、俺たちは井戸の中で隠れていた。さすがにビスもこんな所に隠れているなんて思いもしないだろう。

「みーつけた!!」

ビス!?おかしい早すぎる……まだ数分しか経っていないのに。

 井戸から這い出ては、ビスを見た。

「さすがに早すぎるよー!」

「へへ、こんな所に隠れるなんて……余裕すぎるぞ。どんなに盲目な奴でも見つけられる。じゃ!負けたから――」

「待てよビス!どうやったらここにいるのがわかったんだ?絶対おかしい……不正だ!」

「そんなもん勘しかないだろ。ほら犬の真似をしてみろよフリー。かくれんぼに負けた無様な負け犬なんやから」

「ああ!?黙れよビス」

 紅潮する顔、ビスを突き飛ばした。

「やってくれたなフリー?」

 顔を殴る。衝撃で鼻から血がだらだらと流れ出した。フリーはビスの胸ぐらを掴んで井戸に突き落とそうとする。それをベラが必死に防いだ。

「何でこんなことするの?さっきまで楽しくしてたじゃん。もうやめてよ」

「黙れベラ!お前は悔しくないのかよ?」

「でも……暴力はいけないよ……」

 涙目になっているその表情を見て自然とビスを掴んでいる力が抜けていくのを感じた。

「ごめん」そうベラに謝った。


 俺はやるせない気持ちを心にしまいきれず、ビスとは距離を置くようにしてしまった。会話はせず、会っても目は合わせない。そんな俺を見てビスは呆れ笑うのだった。謝ろうにも口から出るのは別の言葉。言葉足らずな自分に嫌気がさしては、落ち込んだ。

 けれど時間が過ぎるとともにそんなことは忘れ、後ろから抱きつくぐらいには仲は戻っていた。本当にビスは昔から勘が鋭い奴で俺の喜怒哀楽全てを理解していたし、いろんなことを知っていた。ありえないほどの時間を一緒に過ごした最高の友、喧嘩をするときもあるからこそお互いを信頼し合える親友なれたのだと今では思う。これからは、言葉が足らない分、行動でビスに報いたい。今まで以上に、大切にしたい。

 

「……待ってろよビス」


 フリーは銀髪の男と共にビスの元へと向かう。




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