7話 拍手喝采
「はあ、眠い……」
「君は夜更かしし過ぎなんあ。ほら、後もうちょっと。階段を登るのは健康になるんだぞ?」
「父さん、早く登って」
「……ったく、この神社、階段の数多すぎるんだよなぁ。疲れ過ぎてもう笑えてくるぞ。確か、創造神アヴィスとかいう神様が祀られてるんだっけ。拝んだら何かくれるのか?」
「神社に行く途中で言うことじゃないだろ。祟られるぞ父さん」
「……ま、祟られてもぶっ倒せばいいだろ。心配ない。記憶をこう改変してやれば――」
俺たち家族はとある神社へと拝みに行っていた。特にこれといった目的はない、単なる暇つぶしだ。道中扇を買ったが今は昼過ぎ……夏なので太陽がギラギラと照っている。蒸し暑さが体中にまとわりつき、鬱陶しさにため息が出る。来たことを皆少し後悔し始めていた。
「おっ、鳥居じゃん」
「やっと着いたんあ」
目の前には白い鳥居、奥の方には本殿。白い鳥居と本殿の真ん中には逆さになった黒い鳥居がある。神社の周りには深緑の木々が生い茂る。意外にも境内には人が参拝しに来ているみたいだった。行きでは誰1人としてすれ違わなかったが……。
「こんにちは。今日はいい天気ですね。参拝をしに来たんですね。いいですね」
やけにニコッとした顔をしている男の人が箒片手に話しかけてきた。純白の斎服を着ている。
「申し遅れました私、この神社の神主をしている者です。……よく暑い中、登って来られましたね。すごいですね」
そう言ってまた微笑む。
「あー、そうだな。こんなに綺麗な神社があるなんて知らなかったよ。暑い中、頑張って登って来た甲斐があった」
「どうぞ、お気軽に参拝して行って下さい」
そう言って白い神主は神社の奥の方に去って行った。
「神主の人はみんなあんな感じなんあ?」
「さあ?」
すでに来ている人たちの列が賽銭箱まで出来ていた。俺たち家族は列に並び、賽銭箱まで少しずつ進んで行く。やっと着くと父さんから貰った5円玉を賽銭箱に投げる。そして一礼一礼一礼。来年も家族皆んなで来れますように――そんなことを俺は願う。
参拝が終わると父さんが口を開いた。
「じゃ、帰るか」
「うん」
「いや、海行こう海」
「何で急に海なんあ?」
「ここら辺に海なんかあったっけ?」
「あるよ。今日は蒸し暑いだろ?この暑さを吹っ飛ばすには海がうってつけなんだよ。行こう!」
何年か前、小さい頃に連れて行ってもらったけ。確かたくさんの蟹がいた砂浜だったような。海の涼しさに期待すると同時に、目の前の無数にある階段に無力感を覚える。
「――おいソル!蟹がたくさんいるぞこの砂浜!ほら蟹!蟹蟹蟹、一つ飛ばして蟹蟹蟹――」
「すごい量だ……」
微かに潮の香りが漂い、空と海が繋がって見えるほどの群青が広がっている。そして、目の前には無限と思える量の蟹たちが砂浜の上に佇む。壮観だ。
父さんと俺が蟹を追いかけて遊ぶ。母さんは網を持って1人追い込み漁。しばらく海で泳いだり、砂の城や蟹を作ったり、海をただ眺めているとあっという間に時間は過ぎていった。青い海は緋色の海に。暖色に染まっていく。ザアザアという音を聞きながら、俺は父さんと砂浜に座り込んでただ夕日を眺めていた。
「たくさん遊んだな」
「久しぶりに海に来たからかな。蟹取れた?」
「取れたよありえないほどに。……なあ、ソル。ここの夕焼けは綺麗だろ。実はな、昔ここで父さんはファルサにプロポーズしたんだ。あの時は、かっこつけて今度は家族として来ようとか言ったけ……。まあ、ソル、俺が言いたいのは今日その約束が果たせたってことだ。ありがとうソル――」
「俺は何にもやってないけど」
「いいんだ。居るだけで」
緋色の浜辺、輝く海の波、2人の影。あの日あの時の思い出――
「ほら言っただろ。がっかりさせないって」
「ふふ、ありがとうカルロ」
緑の金剛石がついたネックレスを首にかける。
「今度は家族として来よう」
「絶対だよ?」
「ああ、必ず来よう。この約束を果たした時、きっとその日は最高な日になる。そしてその日を想像して――笑うんだ」
瞼の裏、映るは幸せな記憶。
それから、さっきいた砂浜から家までの道のりを家族3人でたわいもない話をしながら歩いていった。父さんはたまにはいいこと言うな、と俺は思う。やる時はやる男。それが俺の父親カルロ・コルウスだ。
しばらく足を進めていくと俺たちの家がある山の麓にだいぶ近づいてきた。
「ん?何あれ?」
「何だろう?」
なぜだろうか、赤い大きな光が山の麓に見える。
もしかして、まさか――
「嘘だろ、火事だ!家が燃えて……」
その場に立ち尽くした。あの赤い光はどこから?少しずつ近づくにつれて赤い光は他の場所にもあると気づいた。黒い景色の中にポツポツと赤い斑点。
「まだ、間に合うかもしれない、急ぐぞ!」
気づいた時には走り出していた。他の家々が燃えているのを横目に我が家に向かう。
「はあはあ、この角を曲がれば――」
あったのは真っ赤な炎の塊。激しく、火花を散らしながら猛炎が上へ上へと登っていく。あるのは醜悪な炎だけ。思い出は炎の中、焼け爛れていった。
「なんで……なんあ?」
ファルサは涙を頬に伝わせる。この様子を眺めることしかできない自分の無力さ、人間の非力さ――そして悲しみ。
メラメラと緋色の世界が目の前で広がっている。パチパチと火花を散らして。パチパチと。
「まだ死んでないんですね。すごいですね」
ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち
「すごいねえ」
「いきててえらいねえ」
「よくがんばったねえ」
拍手と賞賛の声が聞こえくる。
「は……?」
暗い雑木林の中からカッカッカッカッカと馬に乗った集団が押し寄せてくる。炎に照らされて見えたのはたくさんの怪士の能面だった。着物を着た奴らが数十人ほど。その中の1人は白い斎服に翁の能面をつけていた。翁のニコッと張り付いた笑顔。
「お前は!今日神社でいたかんぬ……」
「黙って下さい。今から喋ります」
妖士は矢でカルロの足をひょうふっと射抜く。2本の矢が右足に容赦なく食い込む。
「痛いぁぁぁあぁあ!!」
赤黒い血液が皮膚をたどって地面に染み込んだ。
「偉いですね。生きているなんて。こんな夜は家族全員で団欒していると思ったのですが……殺し損ねてしまいました。残念です。なので、今死んでもらいましょう」
穏やかな口調。
「なぜ……私たちを殺すんですか?」
震える声。
「義務というか大義というか……具体的にいうと我々が崇め讃えるアヴィス様の為ですかね。あなたのお父さん、カルロ・コルウスさんは大罪を犯しました。カルロさんは記憶の現実を改変する鳥核を持っています。それはこの世界の秩序を乱す諸悪の根源のようなものです。なので、今ここで殺して秩序を保つんですよ」
「鳥核?」
「あーそうですね……。現実改変をできる能力を授ける羽毛の玉のことです。まあ、知らなくても今から死ぬので大丈夫ですよ。ゆっくりあの世で考えといてください。安心してくださいね。……もう質問はいいですか?ソルさん」
「待ってくれ!くそっ……能面糞野郎が。鳥核が必要なんだろ!?今すぐ渡すから何も俺たちにしないでくれ。お願いだ」
カ充血した目を能面の集団に向けた。そんなカルロを馬の上から見下す。
「叫ぶ元気があるのですね。元気なのはいいことです。ですが、罪を犯したのはダメじゃないですか。この国は正義しか認めません――あなたの鳥核は私たちの正義にはそぐわない醜悪な物です。それを持っているあなたは人間として失格。たとえ鳥核を私たちに渡しても罪は消えません。罪は償ってもらいます。じゃあ、始めましょうか」
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