6話 追憶
俺は自分の父親、カルロ・コルウスが嫌いだ。澄んだ青色が広がる夏の季節になるとあの頃のことをふと思い出す。今考えるとあの時から始まったんだ。何もかもが……。
俺は幼い頃、よく父親に教えられては叱られていた。興味のない義務的な内容。伝統を大事にするだとか、仁義を大切にしろだとか古臭いことを永遠と。けれど、今になって、あの時学んだ事が少しだけ役に立ったと思ってしまう時がある。それが――少し気に食わない。今でも時より黒髪の父親、着物を着た父親の姿が思い浮かぶ。
竹林で埋め尽くされた緑だらけの中、カルロとソルは一対一で向き合っていた。青空がやけに光り輝いている、真夏の中。蝉の声がやけにうるさい日だった。
「父さん、今日こそは打ち倒すからな」
「いいぞソル。……こいよ!」
俺は父さんに向かって勢いよく駆け出していく。
「今だ!」
勢いのまま思いっきり拳をカルロの腹に。その時だった。
「消えた……?」
父さんは目の前にはいなかった。どこにいる?動きを止め、あたりを見回す。しかし、視界には竹林が広がるのみ。
「痛っ……」
みぞおちに一発、固く強靭な拳がはいる。その場に倒れ込んだ。どこにいた?まったく姿を追うことが出来なかった。しばらくしてから俺の視界に父さんが映り込む。父さんはむかつく笑みを浮かべていた。
「グッドゲーム!GGだ。立てよソル」
土がついた服を手で払う。
「グットゲームもくそもないだろ。一方的に俺がやられただけだ」
「そうかもな……。ところで、お前の敗因はなんだ?」
「わからない。俺が殴りかかったところで急に父さんが消えて……」
「そりゃそうだ。俺は卑怯で姑息な手を使ったからな」
「カナカナカナカナカナカナカナ」とひぐらしが鳴き出す。
沈黙の後、カルロが口を開く。
「記憶の改変だ」
「記憶の改変?」
「さっきは、お前に『カルロ・コルウスはこの場には居ない』という記憶をねじ込んだ。幻覚を見させたようなもんだな。まあ厳密には違うけど。いいもんだろ」
上手くいってご満悦なようだ。笑みが溢れている。
「そんなのあり得ない。本当のことを――」
「そうだなぁ……証明しよう。じゃなきゃ信じないだろソルは」
カルロは俺の額に人差し指を当てる。額に当たる指の感触だけが伝わってくる。
「今から自分の名前に関する記憶をソルの頭から消す。次に言語に関する記憶を。次にこの場所に関する記憶を。大丈夫だ心配するな。記憶を預かっておくだけだからすぐに記憶は返す。いいな」
「わかった。やろう」
「じゃ、いくぞソル。えーい!!『ソル・コルウスの名前と言語、この場所の記憶はカルロの記憶だった。』どうだ?ソル」
突然、俺の脳内がバチバチと火花を散らして海馬が活性化して――なんてことはなく、ただ単に目の前には灰色の着物を着た父さんが見えるだけで何も起こった気配はなかった。
「本当に俺のきおくがなくなったていうのかとーさん。ん?あれ?ここは?なまえあ?ん?」
「ほらな。これが記憶を改変するってやつだ。じゃ、自分の名前を言ってみろ」
「あー!あーあーあーああーあー!」
「母音だけか。まあ可哀想だし戻してやるよ。『ソル・コルウスの名前と言語、この場所の記憶だったカルロの記憶はソル・コルウスの記憶だった。』はいこれでいいだろ」
「あー、あー、こんにちは。これが記憶の改変……父さん催眠術か何かか?これは」
「おい!まだ信じてないのかーソル。き・お・く・の・か・い・へ・ん!催眠術でもできることには限界があるだろ」
「そうだね。もう信じるしかないみたいだ」
――俺は家に戻って父さんから話を聞いた。やっぱり俺の父さんは記憶を改変できる能力を持っているらしい。父さんいわく、この能力は世界に1人しか持っておらず、この能力の他にも既成事実を作り出せる能力が6つあるという。
ふと、俺は疑問になって聞いた。いつどうやってどこでその能力を手に入れたのか。だが、父さんは聞いても何も話してくれなかった。
「あり得るのか?そんなこと」
にわかには信じられない。だが、事実だ。俺はあの時見たんだから。
俺は父さんのことを信じるしかなかった。
――台所ではファルサが米を炊く準備をしていた。
「ファルサー。今日の夜ご飯は?」
「たけのこをお裾分けしてもらったから炊き込みご飯だよ。あとは……味噌汁でも作ろうかあ。あ、それと焼いた魚」
「そうか、和食か、最高だな」
当時、俺たち家族はひもうすに住んでいた。
ひもうすっていうのは神聖帝国からずっと東にある島国のことで……俺の2つ目の故郷でもある。
「父さん、母さんには言ったのか?その……すごい能力のこと」
「あー、言ってないな。後で言おうか」
そう父さんは言って玄関のドアを開ける。
「どこ行くんだ?」
「ちょっと散歩に。お前もついてくるか?楽しいぞ」
「じゃあ、行くよ」
「疲れてヘトヘトになって置いてかれないようにな」
「そんなことは起きないよ」
「じゃ、行くか!」ドアを開け、太陽の光が眩しくて目を瞑る。
俺と父さんはたわいもない雑談や周りの風景を楽しみながら歩いていく。相変わらず、父さんに能力のことを聞いても詳しくは教えてくれなかった。いくらなんでも頑固すぎる……ちょっとは教えてくれてもいいのに。不満気味に会話のキャッチボールをするも都合よく察してはくれなかった。しかし、そんな不服な思いも一緒に歩きながら、呑気に雑談を重ねるにつれて一歩一歩と消えていく。カチカチと時間も過ぎていく。少しずつでも――早く。
ちょうど、日が落ちかかって夕暮れになろうとしていた時だった。暖かい色に包まれた我が家が次第に見えてきた。なんというか……あっという間に父さんとの散歩が終わってしまったことに少し残念な気持ち。
黒い鳥居がある廃神社、蝶が舞っている小川、段々になっている田んぼ、魚が泳いでいる川のせせらぎ、たくさんの素敵なものを見れた。悪くはない時間の過ごし方だったと思う。
「ただいまー。なんだかいい匂いがするな」
家中、食欲を唆る香ばしい香りが漂う。
「あれ?母さんは?」
「……たしかにどこに行ったんだ?ファルサー?」
静まり返っている家の中。おかえりはない。目を動かし、母さんの姿を探してみるもあるのは無機質な家具のみ。夕日は窓から差し込み2人を赤く染めた。
一体どこに……?
「母さんは一体どこに……」
「わあ!!」突然目の前に母さんの姿。
「うわあ!!えええええ!」
「ゔわあぁあ?!ああああああああぁぁあぁあ?!」
「驚きすぎなんあ。2人とも腰を抜かすなんてまだまだだね」
得意げな表情でファルサは言った。
「流石に心臓が止まるぞ。ファルサ」
「くそ、絶対いつかやり返すぞ、父さん」
「ああ、やるしかないな」
俺と父さんは固い約束を交わした。お互いに笑みが溢れる。
「まあまあ、とりあえずもう暗くなってきたし、夜ご飯でも食べようよ。今日のご飯は最高の出来なんだから」
和室に行き、家族みんなでテーブルに置いてある茶碗を手に取り食事をする。なんて、平穏な日々なんだろうか。ある意味、移り変わりがなく平凡で退屈でつまらないものにも思えるかもしれない。だが、悪くはないと俺は思う。そんな哲学的なことを考えながら、湯気が出ているホッカホッカな茶色い炊き込みご飯を箸で一口一口と味わっていくと、たまに笑みが溢れてしまう。
「流れ星が今日は降るらしいぞ。流れ星っていうのはだいたい1秒以下、長くても5秒ぐらいで流れていくらしい。早いよなぁ、そう思わないか」
父さんは自慢げにどうでもいいような小粒程度の豆知識を披露する。ご飯を片手に障子の先の夜空を見ていると、流れ星が少しずつ流れ始めていた。キラキラとその光を届けては消えていく。
「確かに。その数秒で願い事をしなくちゃいけないんだろうか。父さんはどう思う?」
「そんなのいくらでも願えばいい。数打ちゃ当たるだ」
その後もずっと、夜空を見ていた。
流れ星に平和な願いを馳せながら――。
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