5話 昔の話をしようか



 俺は置かれている状況が理解できなかった。

「はは、はははははは――そっか!夢か!なんだ、夢だったんだ。だって俺の家は潰れたはずだろ……」

 目を擦る。

「今までは夢?何度見ても11時だ……それとも、今、この瞬間が夢なのか?」

 俺は自分の頬を叩いたりつねったりしてみる。ポロポロと目から涙が流れるだけだった。……大きく深呼吸をし、自分を落ち着かせる。カーテンを開け、窓から外を見ると太陽はもう顔を出していた。空には大きな大きな鴉が飛んでいる。

「まさか……12月25日の朝?大きな鴉もなんとなく見覚えがある。いやでもそしたら何で俺は」

 顎に手を当て考えた。

 今が12月25日の朝だとするとまだ、父さんは生きてるのか?時間が巻き戻っているとか……いやそんな奇妙なことが起きるはずがない。俺が見たあの光景は悪夢だったんだ多分。確かあの夢では父さんは昼食を食べていたはず……そう思考しながら階段を降り、一階のダイニングに視線をめぐらせた。

「父さん!」そこには椅子に座ってサンドウィッチを頬張るソルの姿があった。

「はあ、よかった。本当によかった……」

 安堵と喜びの溜め息をつき、膝に手を当て呼吸をする。父さんは、確かにそこに居た。

「どうした?フリー。そんなに俺に会えるのが嬉しいのか?」ソルは微笑む。

「いや、父さんが帰ってきてるのか気になって……」

「そうか?」

 ソルはそう言うと湯気が出ているコーヒーを口に運んだ。微笑しながらこちらに向く。

「Merry Christmas!言うのが遅れてしまったけど、まあ許してくれフリー。せっかくのクリスマスだからフリーとベラにプレゼントがあるんだ」

「クリスマスプレゼント……」

「ああ、この中に入ってるから」

 ソルは丁寧に包装されたクリスマスカラーの箱を取り出す。父さんにはプレゼントの中身を知ってることは内緒だ。きっとこれが夢じゃなければ中身は同じなはず。

「後でベラと開けるよ!ありがとう!」

「喜んでくれてよかった。悩んで選んだ甲斐があるよ」

「父さん、ちょっとベラを起こしてくる」

「頼んだ!息子」

 ひとまずベラを起こすか……。

 2階へと階段を上がり、ドアを開け、部屋に入ると白い髪がクルクルとうねったベラが居た。

「ベラ、起きてくれ。もう12時がくるぞ!いくら何でも寝過ぎだ!」

「あれ!?巨大なケーキが!?たくさん、たくさん……ある。ん?フリー?どうしてケーキになってるの?」

「寝ぼけすぎだ」

「はっ!なんだもう朝かー。おはよー」

「おはよう。すぐ降りろよ。飯が冷めるぞ」

「わかったー」

 ベラはきっと夢遊病なんだろう。寝ながら部屋中を動き回っていた。そんな、昔から変わらない姿を見ると今この瞬間、ベラが生きている事が奇跡に近い何か幸福な事なんだと俺は思う――でもどうせ、あれは夢だったんだ。ベラが死ぬわけがない。あれは正夢とかじゃなくてただの悪夢。一回ぐらいは見るだろ?たまたまだ。たまたまおんなじことが起きてるだけで……そうだ確認しよう。あの新聞を。父さんが悪夢の中で読んでいたあの新聞。そっくりそのままの内容じゃなきゃただ悪夢だったって証明できる。

 俺は椅子に座り、食事をしている父さんに近づく。

「父さん。まだポストから新聞取ってないよな?」

ソルは不思議そうな顔をしてこちらを見た。

「ああ、取ってないけど……それがどうかしたのか?」

「いや、新聞読もうと思ってさ」

 俺は明るい日差しに目を細めながら、ポストに近づく。ないはずないはず……少しだけ錆びついたポストを開く。中には丸められた灰色の新聞が1つ。

 

「……ひも」

 いや嘘だ。そんなわけないだろ。でも確かにそこには大きく黒い見出しで――。

 

「――ひもうす、聖地奪還へと動く……か。まさか本当に」

 次第にソルの目に怒りが宿っていくのを感じた。

 悪夢ではなく正夢。大きく黒く印刷された見出しは冷酷にその事実を指し示す。

「聖地奪還……どういうこと?」

 お互いに少し黙り込む。風の音が聞こえるほどの静寂。ソルは言う。

「言いたくなかったけど、しょうがないか。ここが宗教的な聖地ってことはフリーも知ってるだろ?新聞に書いていたようにひもうすが奪還に動いたんだ。ひもうすにとってもここは宗教上では同じ聖地だからな。俺が思うに、もう数日したらひもうすが送り込んだ兵士が攻めに来ると思う」

「じゃあ、早く遠くに逃げよう。ひもうすが攻めてくる前に逃げればいい!皆んな死んだらだめだろ?」

「俺が近所の皆を避難させよう。わかってくれ。フリーはベラとルナと一緒に避難しろ。……皆んなにはまだ生きてて欲しいんだよ」

「父さん――何で」


――また……故郷は潰れて父さんは死んだ。救えたかもしれなかった。変えれたかもしれなかった。でも俺にはできなかった。近所の皆んなも死んだんだきっと。結局父さんを連れてくことは出来ず、父さんは前と一緒で1人だけで故郷に残った。……俺は逃げることしかできなかった。

 夢ではない確かな事実。車に揺られながら前と同じ鉛色の空を眺める。後悔と疑念が雨が降る前の雲のように渦巻いていく。昨日と同じ、昨日と同じ――俺は頭がおかしくなったのか?こんなことありえない。

「何で……」

 胸がキューと痛くなったと同時に涙。そんな俺を嘲笑うかのように激しく窓に当たる雨粒に嫌気がさした。

 やるしかなかったんだ。俺が、やらないと皆んな死ぬ。何度も何度も繰り返し苦痛に苛まれていくんだ――いや、もう救えないのかもしれない。俺が見た最初の光景は神様が見せた警告で、でも俺は何も変えられなかった。故郷が潰れたのはひもうすせいで、父さんや故郷の皆んなが死んだのもひもうすの聖地奪還のためだ。聖地……そんなもののどこが大事なんだ。きっと平和の神は許してくれないだろう。この悲劇を。この惨劇を。


「…………過去を変える。過去を変える。過去を」


 車の中、揺られながら思案に暮れる。気付けばあたりが段々と雪景色へとなっていた。白く冷たい雪は次第に心を凍らせる。

「着いたよ、おばあちゃんの家。行こう」

「うん。フリー、行こー」

「ああ、行かないと」

 ボスボスと真っ白な雪を踏み締め、ファルサの家まで歩いていく。ただ義務的に足を動かして。

 こんこんこん……。

「ファルサおばあちゃん?いるの?急に来たのは申し訳ないけど...…助けてほしいの!」

ドアが緩やかに開く。

「なんあ、なんあ、急に押しかけてどうした?」


 場面は変わり、家の中。

「――ひもうすが攻めて来たんだ。きっと」

 俺は少ししわくちゃになった新聞をテーブルに置いた。見出しには大きく「ひもうす、聖地奪還へと動く」の文字。

「そうあ、ひもうすか……。いよいよ大変な事になってきてるね。よく逃げて来たフリー、ベラ」

 優し首2人の頭を撫でる。そんなファルサにルナは言う。

「ファルサさん、子供達にも言った方がいいんじゃないですか?あの事を……その方が今日起こった事も理解しやすいと思うのですが」

「それは明日にしよう。子供たちは疲れている。今話したら、混乱するあろう。子供達は本当に辛い思いをしたんあ」

 ここで聞かなければ……。今日の事が少しでもわかるかもしれない。忌々しい「ひもうす」について。

「聞かせてくれよファルサ」

「私も、何も知らないなんて嫌だよ」

「そうあね、フリーとベラはもういい歳だし、知る権利はあるあ。でも無理しないようになフリー、ベラ」

 ファルサは悲しげな目をして遠くを見つめる。

「大丈夫だよファルサ。もう無理せずにはいられないんだ」

ほんの少しの静寂の後、開口。


「昔の話をしようか」




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