4話 2回目のMerry Christmas



「そうあ、そうあ……そんなことが」

 俺とベラとルナはファルサに今まで起こったことを話していた。古びた紅色のソファに腰を掛けながら、出されたクリスマスローズティーをただ眺めながら。

「ソル……」

 ファルサは緑の宝石が装飾されたネックレスを握り、想いを馳せた。

 日差しが雲の上から漏れ出し、机に置いてある花瓶に入った白いゼラニウムを明るく照らしている。

「部屋を案内するよ。取り敢えず今日はゆっくり部屋で過ごしておいてくれ。明日になったらもっと遠くの所に避難するからね。しばらくしたら、私は少し客人をもてなさないと……」

「客?」

「あー、ちょっとしたね……。昔からの友人だよ」

 色々と話しながら、ファルサは2階にある部屋たちを案内していく。一通り案内し終えたらファルサは1階へともどり、茶の準備や掃除を始めた。

 俺は自分の部屋に入るととてつもない眠気と疲労感に襲われた。部屋に入るまで色々と気が抜けなかったのが原因だろう。もう……何も考えたくない。何も。


「――眠い。もう疲れた……」

 フリーは白く分厚いベットに倒れ込む。ボフッと柔らかな音を立てると同時に俺は俺の中から失われていたその温もりと柔らかさに体包まれ、深い眠りに沈んでいった。


 少し……何かが違う。

「起きてくれ!██……」


 何かを忘れているような。

「お前が!██ ██ █!」


 そんな気持ち悪い感じ。

 複数の霞がかった言葉が何度も俺の頭の中を連鎖する。どの言葉も聞いたことはないが、聞いたことがあるような気がしてならない。

  

「不幸鳥」

 

「なんで……██ が」

 

「Merry Christmas!」

 

「この世界全体が██ ██されているんだよ。例えば██は█に……」

 

――起き██ ██!目██ ██ █るな!寝るな!寝るな!寝るな!寝るな!寝るな!寝るな!寝るな!


「はあはあはあはあはあはあ。痛い……。なんだ?頭が痛い……。うう……。」


 全身から出た冷や汗、悪夢と悪寒で目を覚ました。ベットに染み込んだ湿った感触にただ嫌悪。

「何だったんだ?」

 それと同時にカチッと時計の針は午後11時41分を指した。長い時間寝ていたことに驚く。シーンと物音一つ聞こえてこない家の様子に恐怖を覚え、それとはまた違う強迫観念にかられた。

 部屋を出ろ部屋を出ろ部屋を出ろと化け物はズキズキと心に囁いた。今すぐにでもここから出なきゃ。

 曖昧な感情に駆られた俺は、まず隣にあるベラの部屋へと向かった。無性にベラに会いたい……。頭に今日あったことがよぎった。まさかな。まさかそんなことは起きてないよな。だいじょうぶだだいじょうぶ。

 

 赤い血だまりと建物の瓦礫。変わり果てた故郷。

「お前は何も変えられない。これはお前が犯した罪だ。これは自責ではないし、強迫観念なんかでもない。お前の内に眠るどす黒い罪悪感だ」心の奥、悪魔は言う。しつこく、執拗に、俺という存在を蝕んでいく。

 

はあ、いそごう。はやく、いっぷんでも――手のひらからこぼれ落ちていく宝石を1つでも失わないようにと。


「何もない何もない何もない何もない」

 こんこんこん。木製のドアから固い音。


「ベラ……入るぞ?」

 

「……」

 ねていた。

「起きろよベラ……起きてくれよ」

 からだをゆすった。

「起きてくれよベラ……いつもみたいに寝ぼけてるんだろ?もう起きる時間じゃないか」


 ああ、だめだ。

 ベラは眠っていた。床に無惨に倒れている木製の三本足の椅子に括り付けられ……ああ気が狂いそうだ。 

 心の奥底にある固く閉ざされたドアから誰かのノック。それはドアを開けようとドアノブをガチャガチャと弄くり回す。呼ばれてしまったそれはまだ開け方を知らない。

「うあああああああああぁぁあ……嘘だベラ。何があったベラ。一体何が?なんで、なんでこんなことになるんだよ!!答えろよ!答えろ馬鹿!」

 強く握った手で床を何回も何回も叩く。しかし、いくら叩いても憎たらしい音が鳴るだけでこの世界はちっとも変わらなかった。もうこんなのあんまりだった。俺は、正気じゃなかった。

 白く長い髪。桃色の瞳。クリスマスパーティー。プレゼント。微笑んだ顔。ベラ――。


 1年に一度の聖夜。周りを見渡すと皆楽しく喋っているパーティ会場には個人の壁を越え、みんなが一心同体になっている幸せな時間が流れているのを感じた。

「最高だな――」

「最高?」

「いや、なんでもない……」

フリーは恥ずかしがった顔をベラに見られないように思わず下を向く。

「そっか……。いいよねー、この雰囲気」

「そうだな」

「……」

 お互いの間に静寂が続く。もちろん、気まずいとかそんなことじゃなくてポジティブな意味で、だ。お互いに信頼と安心を持った関係どうしの人間だけの専売特許ってやつなんだろう。

――ふと、互いに口を開く。

「ベラ」

「フリー」

「……いいよベラ、先に言っても」

「フリー」

「?」

「その、フリー。これ!」

ベラはポケットから綺麗に包装された箱を取り出し、俺の腹に押し付ける。

「!?……まさかこれって俺への?」

「そうだよー私からのささやかなプレゼント」

「ありがとうベラ!じゃあ俺からも1つ――」

俺は勢いよく、しかし丁寧に、綺麗に包装されたクリスマスプレゼントを取り出した。

「ベラにクリスマスプレゼント!」

ベラは一瞬呆然とした顔をしたが、それもすぐに優しい笑顔に移り変わった。

「ははは、こんなことあるんだねー。ありがとうフリー!」

「はは……そうだな!」

 

 視界が曇る。次第に、モザイクのように視界が変化していく。色は失われ、白と黒の世界へと変わる。床に俺は倒れ込んだ。俺は……ベラのことを救えなかった。彩度が高い思い出は次第に色褪せて、ついには黒いインクで塗りつぶされる。喪失に絶望、大切な何かがインクで失われていく。ただ、その光景に心はシミだらけ。廃れていく心に気づき、さらにさらに黒ずんだ部分は広がっては止まることを知らない。滲む滲む――全てを黒く染めていく。

「ああ、失われていく……」

 ドアが少し開いた。


「はあはあはあはあ……」

 脈打つ心臓と酸素を取り込もうと動かす肺。大粒の涙が溢れ、ベットにシミをつくった。ベットから勢いよく起き上がる。窓から暖かい日差しが差していた。日差し?……明るい。まさか昼?俺は寝ていたのか?

「おかしい……どうして」

 明らかにおかしかった。フリーは潰れたはずの自分の家に居たのだ。今日潰れたはずの自分の部屋――こんなことはありえない。時計を咄嗟に見てみる。すると、時計の針は――チクタクと。

 事実を受け止めきれず、震えた声と滴る水。

「なんで時計の針は11時ぴったりを指してるんだ」





 

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