3話 雨降る絶望の中
「あれ!?巨大なケーキが!?たくさん、たくさん……ある。ん?フリー?どうしてケーキになってるの?」
「はっ!」
目が覚めた。なんだかいい夢を見た気がする……。
「ベラー!起きろよー!今12時。昼ご飯食わないのか!?」
一階からフリーの声が。もう起きてるんだ。
「はーい、今行くよー」
お腹が空いた。ケーキが食べたい。そうだ、クリスマスケーキがいい。あの豪華で大きく具沢山な人間の欲求を詰め込んだ最高の――。
「はあ、眠い。眠すぎるー。昨日の夜、はしゃぎすぎたかな?流石にコルウス家に長居しすぎたなぁー」
今日も穏やかで平和な日々が続く。窓から見える青空、小鳥、太陽、全てが微笑んでいるように見える。というかもう終わり……。いつも楽しいときは時間は待ってくれない。戻ってこればいいのに。
「クリスマス、楽しく過ごせれてよかったなー。1日1日を大切にしよう……。コルウス家と過ごした日々を。ふふ」
階段を一段一段ストスト降りていく。フリーからもらった花の模様のネックレスをつけながら。
ちょうど一階に着いたときにふと思う。やけに静かだと。
「何かあったのかな……もしかしてパーティの次の日は皆んなテンション低い的な……」
1人意外な人がいた。フリーの父親ソルだ。他にもソルを囲むようにフリー、母親のルナが居る。
「そうか本当に」
ソルは地方新聞に顔を近づける。
「父さん?」
「どうしたんですか?」
フリーとベラが尋ねる。
「いや、子供たちはまだ知らなくていい。ルナ、フリーとベラを連れて今すぐファルサの家に行ってくれ」
「ファルサって、ファルサおばあちゃん?」
「ああ、すまないが、しばらくはおばあちゃんの家だ。急でごめんな……皆んな」
「父さん、なんでファルサのところに行かないといけないんだ?理由を教えてくれよ」
正直、今ファルサの家に行くのは気が引ける。割ったからだ。ファルサの大切な瓶を。まあ、バレてはないとは思うが。
父さんの目を見る――意外にも父さんは怯えているのを隠した、強がった目をしていた。意外――普段なら中々こんな表情は……。
俺はその時、今起こっている事態が思っているより深刻だというのがじわじわとじわじわとわかり始めた。……数秒間の沈黙が続く。
「どうしたの?ソル」
この空気に耐えきれなくなったのか、沈黙を破ったのはルナだった。そんなルナにソルは震えた口を少し、少しずつ開いていくのだった。
「戦争が、起きるかもしれない――」
父さんが嘘をついているようには見えなかった。大人が見せる子供のような情けない顔。それが物語っている。でも……でも……嫌だ。
「そんな?嘘だ」
「嘘じゃない!!本当の、本当のことなんだよ......。『ひもうす』だ。ひもうすが、敵国がここを取り返しに。だから、お前たちはファルサの家まで避難してくれ。ファルサの家まで行けば命の安全は保証される。だから急げ!とにかく早く!!」
心の底から出た悲痛な声はフリーたちの心を震わせる。
「他の住民たちは?このことを知ってるの?」
「わからない、地方新聞をとっているのはうち以外聞いたことがないからな……。でも大丈夫。大丈夫だ。俺がなんとか避難させる。させてみせる。それに、もしひもうすが聖地まで来れたとしても平和の神モッリスのご加護がある。きっと――誰も血は流さない」
「ソル、何で。何でこんな急に……」
「ごめん、今は何とも言えない。ルナあとで話そう!しっかり俺が知っている全てを話すよ」
「そう……」
――本当に理解が追いついていなかったのだろう。皆、唖然として突っ立ったままだ。ソルは覚悟を決めたらしい。静寂を掻き消すように、強い意志と深い愛情だけを込めて。
「ルナ、また会おう」
「うん信じてる」
空には天使の梯子、2人を微かな光が照らす。
「それとフリー、少しだけでいい。話したいことがある――」
「?」
肩に手をそっと置く。目を見つめ口を開いた。
「フリー・コルウスの記憶を改変する。フリー、お前は父親に故郷を託してファルサの家へ行くことにした」
「は?父さ……」
ソルはフリーを優しく見つめ、胸の中から羽毛に覆われた玉を取り出す。
「フリー、これを頼んだぞ」
ルナは涙を拭い、フリーとベラを連れて車庫にある車に乗り込んだ。埃被った黒色の車の中はむさ苦しく、居心地は最悪そのもの。ゴゴゴと車が音を出しながら道という道を駆けていく。
あたり一面は草原。後ろの俺たちの故郷を眺めている時だった。空に不穏な未来を示唆するように黒く灰色の雲が覆い始める。窓には水滴がついていき、故郷はだんだん遠のいていく。
「雨だ。雨が降ってきた」
「嫌な天気だねー」
後ろを見るのはやめた。父さんのことを考えていても仕方がない。今は前だけを見ておこう。でもこの俄雨のせいか嫌な予感は消えない。
雨がポツポツとポツポツポツと降る降る降る――
「あの......」
ポツポツ
「どうしたの?ベラ?」
ポツポツポツ
「あ......」
ポツポツポツポツ
「ベラ?」
ポツポツポツポツポツポツ
「うしろ……家が」
ザァーーーーーーーーーーーーーーーーー
「嘘だろ……」
遠く後ろに見えたのは瓦礫。
惨たらしく醜悪で気持ちが悪い。吐き気がして血の気が引くような光景だ。地面には赤い血だまりと建物の瓦礫。変わり果てた故郷がそこにはあった。
「母さん!車を止めろよ!はやく!」
「後ろは振り返らないで前だけを見て!ソルの想いを無下にしないで」
「そんなこと言われたってわかんないよ!父さんが危ない。今すぐ助けに行かないと」
「フリー、お願いだから何も喋らないで」
「......わかった」
頬には赤く燃え上がるような涙が伝っていた。今はただ前を向いて泣くことしかできない。前を向いて――前だけを見て――。
「父さん、父さん、父さん、ビス、皆んな……」
たくさんの思い出が潰れた。家も人も何もかもが。昔から生まれ育った美しい土地はただの瓦礫の山に。たくさん話した、一緒に遊んだ、同じ屋根の下で暮らした、共に励まし合った、美しかった、かっこよかった、ずっとずっと大好きだった人がただの赤い内臓と肉片になってしまった。何も喋らない話してくれない、もう一生会うことはできない……。そんなのあんまりだ。いくらなんでもあんまり過ぎる。俺たちはただ普通の日々を過ごしていただけなのに。
「ひもうすか……ひもうす、ひもうす殺す……絶対に、絶対に!!!」
食いしばる歯。赤く染まった手のひら。
――いつのまにか寝ていた。あまりにも精神的な疲労が大き過ぎたんだ。
ふと、窓から外を見ると真っ白な雪がパラパラと木々に乗っかっていく様子が見えた。あたり一面、雪と木々、白と緑の楽園だ。
「……着いたよ、おばあちゃんの家。行こう」
「うん。フリー、行こー」
「ああ、行かないと」
車から降りておばあちゃんの家に向かう。今いるところは道の外れで、人気が少ない。なんとも寂しくて切ない雰囲気だ。ここから、ちょっと歩いたらファルサおばあちゃんの家に着く。
「.........」
各々が自分の感情を整理している。
今思うと、あれは夢だったのかと。クリスマス終わりのただの悪夢なんだと。みんなまだあの村で生きているのだと。決めつけたい。夢だと思いたい。心から想いが溢れてくる。思慕と追憶に、悲嘆と絶望に沈んでいって……どうにかなりそうだ。昨日まで楽しくクリスマスパーティをしていたのに今はこの様だ。
深く積もった白雪をボスボスと踏みながら歩く。着いた先にあったのは小鳥がさえずる穏やかな棲家だった。老後の理想郷のような風景が広がる。玄関にはクリスマスリースとクリスマスツリー。庭には葉に雪が乗っかった丸太が放置されている。
こんこんこん……ルナがノックをする。
「ファルサおばあちゃん?いるの?急に来たのは申し訳ないけど……助けてほしいの!」
ガチャ……焦茶色の重厚なドアがゆっくりと開く。
出てきたのはロリ。いやロリババアだった。
「なんあなんあ。急に押しかけてどうした?」
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