第3話 ポンコツ魔道士、空を飛ぶ
「ただいまー。ごめんねユーナ、遅くなって」
頼まれた買い物の荷物をキッチンの床に下ろし、家のどこかにいるだろうユリアーナに声をかける。しかし返事はなく、聞こえなかったのだろうかともう一度名を呼ぼうとしたイーリスだったが、テーブル上のメモに気づいてそれを手に取った。
「薬草採取に出てまだ戻ってないのか……。どこまで行ってるんだろ」
いつも採取用のナイフを置いているところにそれがないことを確かめ、パンと干し肉が少し減っていることから弁当持ちで昼前に出掛けたらしいと推理した。
「…………」
なんとなく。
本当になんとなく不安になって、イーリスは
四、五歳の幼女よりも少ないなけなしの魔力を巻物に注ぐと、魔法円がぼうっと青白い光を放ち、イーリスの周囲に薄白い光の壁が立ち上がった。その所々に大小いくつかの赤い点があり、あるものは動き、あるものはじっと静止している。
イーリスを中心とした広範囲に存在する、魔力を持つものの方位と魔力量を赤い光点として表示する魔法である。
その中からユリアーナの反応を探し――イーリスの表情が一変する。
「森の中にいない……?」
そんなはずはないと改めて探索し、やはり見当たらず背筋に冷たいものが流れる。
ユリアーナの
ただしそれは、ユリアーナが意図的に魔力探査に引っかからないよう細工をしているか、魔力を極端に消費している場合を除く、という注釈がつく。
それに気づいたイーリスは、ユリアーナが身につけているはずの『魔物除けの鈴』を示す光点を探した。鈴には特殊な魔法が付与されているので探索魔法で追うことができる。
「……あった! 湖のほうだ!」
いくつもの光点の中から探し物を見つけると、イーリスは家に駆けこんで物置に保管してある魔力回復効果を持つ
そして探索魔法の起動でカラになった魔力を回復させるために
「…………」
ややあってイーリスの身体がふわりと浮いて地面を離れた。そのままゆるゆると家の屋根の高さを越え、森の木々より遥かに高く浮かび上がると、バッグからまた
(うぅ……視界が歪む……頭がガンガンする……でも……ッ!)
水に
本来、術者が触れている物体をわずかに浮遊させる程度の効果しかない、引っ越しや掃除くらいしか使い道のない『浮遊魔法』の術式を書き換え、効果対象を術者に変更し、浮かび上がる高さも増している。当然その効果に見合うだけの魔力を消費してしまうので、そのままでは宮廷魔道士クラスであっても
だが、イーリスは消費魔力量を極限まで軽減する術式の追加も行っているので発動させることが可能なのだ。
この術式改変の技術は、簡単な生活魔法すら魔力量不足で満足に使えないイーリスがそれらを使うために何年も研究してようやっと編み出したもので、他の者には真似できない唯一無二の超技術である。
とはいえ、それを使うのはポンコツ魔道士と言われるイーリスであり、いくら消費量を削ったところで生来の魔力量の少なさではごく短時間しか発動できない。魔法を発動させながら
(もうちょっと……)
ここで意識を失うわけにはいかないと気力を振り絞り、魔力を途切れさせないようにたびたび
そこで浮遊魔法を解除し、重力に引かれたイーリスはそのまま湖に落ちた。激しく水面に叩きつけられて沈んだ小柄な魔道士はすぐに湖面に顔を出して泳ぎはじめ、岸に這い上がる。
「ユーナ! ユーナ! どこ⁉ 返事して!」
髪や服に
この近辺に魔物除けの鈴の魔力反応があったからといって、ユリアーナがそこにいるという保証はどこにもない。地面にぽつりと魔物除けの鈴が落ちているだけで持ち主が見当たらない――という最悪の可能性が脳裏をよぎる。
その嫌な想像を振り払うように、イーリスは名を呼び続けた。
「ユーナっ!」
――リン――
叫んだイーリスの耳に、澄んだ鈴の音が届く。
魔物除けの鈴が、魔物の接近を感知して鳴らす
それとわかった瞬間に音がしたほうへ駆け出し、ややあって地面に置かれたままのユリアーナのバッグを目にしたイーリスは、近づいてきているであろう魔物に警戒しつつその持ち主を探して視線を巡らせて――
「ユーナ……!」
湖岸から少し離れたところにある太い常緑樹の幹に背を預け、眠るようにうつむくユリアーナを見つけた。
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