第2話 薬草採取
朝食を済ませたイーリスは、町の道具屋に
「大荷物ですけれど……大丈夫ですか?」
「大丈夫だよユーナ。慣れてるし。……ま、できることならぴゅーんと空を飛んで行きたいと思うこともあるけどね。自由に空を飛ぶ『飛行魔法』は人間には扱えないって証明されてるから、こればかりはどうしようもない」
苦笑交じりに言って、イーリスは
「帰りはお昼を過ぎると思うから、昼ごはんは向こうで済ませてくるよ。留守番よろしくね、ユーナ」
「はい、いってらっしゃい。お気をつけて」
ユリアーナは庭のアプローチを歩く家主に笑顔で手を振って、その背が森の
「さて……」
キッチンに戻って食器類を洗って片付けると、洗濯物を干して各部屋の掃除にとりかかる。もともと住環境にあまり
部屋の掃除のあとは庭の菜園の水やりと手入れをする。育てている野菜は普段からこまめに世話をしているので特に問題なく生長しており、収穫が楽しみなものがたくさんあった。
それが済むと日課の読書をする――のだが、イーリスが留守のときは庭に出て剣の素振りで汗を流すことにしていた。伯爵令嬢として最低限自衛できるようにと、かつては戦場で
というのも、彼女の伴侶であるイーリスは冒険者登録している魔道士であるが、生まれつき
ゆえに、もしものときに備えて戦える力をつけておきたいと、ユリアーナはこっそりと
(こんなことをしているなんてイーリスが知ったら怒るでしょうね……)
一通りの素振りと
イーリスはいくらユリアーナの剣の腕が立とうとも決して戦わせはしないし、ユリアーナを守るためならどんな非常識でバカなことでもやってのけるとわかっている。その無茶で自身がどれだけ傷つこうとも一切関係なく、ユリアーナを守ろうとするだろう。
「それは嬉しくもあり、悲しくもあるのですよ。イーリス」
自嘲気味に呟いて、ユリアーナは剣を取って家に戻った。
鍛錬を済ませたあとはいつも通りにイーリスの書斎で読書する。もともと魔法や薬学に関することに興味を持っており、時間があれば魔導書を読んで勉強するようにしているのだ。知識を蓄えるとともにイーリスの研究の手伝いができればと思ってのことである。
最近は特に
「あ……そういえば……」
(ギルドの依頼分は今晩作るとイーリスが言っていましたし……薬草採取に行っておいたほうがよさそうですね)
そう思い立ち、棚を閉じてキッチンに向かう。昼食にしようと置いてあった干し肉の薄切りと葉野菜をパンに挟んで簡単な弁当を作り、マグカップとそれを丁寧に包んでバッグに入れる。ついで薬草採取用(という建前の護身用)のナイフと皮手袋、魔力ランタン、魔物除けの鈴を忘れずに腰のベルトに装備して準備完了。
『薬草が足りないようなので採取に行ってきます。夕方までには戻ります』
キッチンのテーブルにそう書いたメモを置くと、ユリアーナは家を出た。
家を囲う生垣を一歩出ればそこは
そんな中をユリアーナはしっかりした足取りで進み、薬草を集めていく。
イーリスの
「……ちょっと休憩……」
持参したバッグの半分ほどまで摘んだ薬草を覗き込み、一息つく。わずかな木漏れ日を見上げてそろそろ正午になりそうだと思ったユリアーナは、かすかに聞こえる水音のほうへと歩き出した。木々の間を縫うように少し進んだところで、ランタンの明かりよりも明るい光が射す、開けた場所が視界に飛び込んでくる。
森の北東にある山脈から流れる川が作った小さな湖である。
豊富な雪解け水が流れ込むので透明度が高く、湖底が見えるほど澄んでいて、周囲の不気味な森との対比で幻想的なほど美しい景観だった。
その
それにつられたようにおなかの虫が食べ物を要求する声を上げたので、分厚い手袋を外して弁当を取り出す。挟んだ野菜から出た水分で干し肉が少し柔らかくなって食べやすくなっているが、堅焼きのパンもそれでふにゃふにゃになっていて、これは改良の余地があるなと反省しながらユリアーナはそれを一口かじった。
「……?」
がさり、と森のほうから物音がしたような気がして、もぐもぐとパンを
そうしてユリアーナが木立の向こうを注視していると、がさがさと茂みを掻き分けて野ウサギの親子が飛び出した。ユリアーナと目が合って一瞬硬直したあと、一目散に湖岸に沿って逃げていく。
「……ウサギですか。びっくりした……」
ほっと呟きながらナイフを下ろし、ウサギに小さく手を振り、見送って――
「……あれ……?」
視界に紫色の霧が広がって甘い匂いがしたかと思うと、ユリアーナは急激な睡魔に襲われた。何が起きたのかを把握しようと周囲を見回す――ことも叶わず、指一本動かすこともできないままに視界が暗転し、意識がふっつりと途切れた。
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