第2話【死霊アスナ】
幽霊(仮)から逃げたその日、俺(天宮健治)は急いで帰宅した。
「…………また心霊は勘弁」
風呂に浸かり乍ら呟いたその一言は紛れもない本心だ。
(春休みにあの幽霊と戦ってまだ数ヶ月…………早すぎるだろ)
「やっぱり、俺が引き寄せちゃうんだろうな。…………はぁ」
そう、俺は昔からトラブルを引き寄せていた。
この十五年の人生で死にかけたのは百回以上。そのうち約五十回は心霊関係。
「あー、出会いが欲しい」
なるべく、普通の出会いが…………。
フラグじゃないからね。本心だからね。そんな意地悪な世界じゃないよね。
頼むぜ神様、俺の願いを叶えてくれ。
お願いします。本当に、本当に…………お願いします…………!
俺はこの願いを、後悔しないように生きていく。
「ふぅ…………」
風呂から上がると、何か気配を感じた。
「…………気のせい、だよな…………?」
さっきの声を思い出してしまい、駆け足で自室のベッドに飛び込む。
(戦うことになったら、嫌だな………霊能力は、出来るだけ使いたくない…………)
そう考えながら、俺は眠りにつく。
「…………朝…………?」
目が覚めるともう日が昇っていた。綺麗な朝日だ。
背伸びして起きようとしたその時。
「…………ん?」
ムニュ、ムニュ。………なにか、あってはいけない感触が左手に当たった。
「…………んんっ?」
好ましい弾力。しかし今までに感じたことのない…………いや、覚えていない感触。
目線を落とすのに相当の勇気を振り絞りながら、俺は首を振り下ろす。
「…………なんで、あんたが?」
◇◇◇
「………可愛いなぁ…………」
私、坂口沙夜はその男子生徒を遠くから見つめる。
彼は天宮健治。私の、初恋の人。
もっとも、接点はない。私は二年生、彼は一年生…………。
だから今はこうやって見ていることしかない。……この何ヶ月を経て、分かったことがある。
彼に彼女はいない。そして、彼の仲間、フライヤーズ。
同じ中学校の友達七人が集まったグループとのこと。男子しかいないらしいが、相当仲はいい。
今も松本紘一くんと楽しく談笑している。私はそれを見て、少し嫉妬してしまった。
(声をかけたいのに、中々…………)
いきなり知らない人から話しかけられて警戒するだろうし、それに、上手に話せる気がしない。
周りから散々可愛い可愛いと言われているが、自分にそんな大層な自信はない。
「…………はぁ…………」
「どったの? 沙夜ッチ、溜息なんかついて」
「………百合香ちゃん、話しかけるにはどうしたらいいと思う?」
親友である女子生徒は悪く笑って、
「ははーん、遂に恋かー?」
直ぐに気付かれてしまった。やはり誤魔化せない、付き合いが長すぎる。
「うん……好きに、なっちゃたみたい…………」
「ほうほう、姫さんが好きになる男とは?」
「もう、その姫ってのやめてよね! ………一年生よ、一目惚れ」
「…………! 沙夜ッチ………もしかしてショタコン―――」
「違うよ! それに十五歳ってショタじゃないでしょ…………」
「いーや、本職の方々は十七歳までショタだと言い張るよ。まあ、好きになっちゃえば結果何歳だろうと関係ないらしいけど」
「むちゃくちゃじゃないの、それ…………」
「まっ、姫に好きな人ができたってだけで儲けもんよ! 話しかけるには、だっけ? 取り敢えず思い切っていくのが普通だと思うよ。大丈夫、沙夜ッチ可愛いから!」
「………分かったよ…………百合香ちゃん。…………私、やってみる!」
「ファイト!」
「うん!」
放課後、部活の練習が終わり家に帰っていると。
(頑張ろう……私、健治くんに、想いを伝えるんだ…………!)
「…………あっ」
いた。天宮健治くん…………。
フライヤーズの友達だろうか、一緒に何か探しているようだけど。
「…………あ―――」
アドバイス通り、勇気を出して声を出そうとした。
だけど、私の後ろに何かいた。
「えっ…………?」
―――――――アナタは誰?
「さ、坂口………沙夜…………」
怯えながらも、はっきりと答えた。するとそれは――――
―――私…………知りたい
「…………何を…………?」
―――恋…………知りたい…………好きを、知りたい…………
「…………?」
―――だから、借りる。アナタの、身体を
「きゃっ…………」
それが、〝魂〟が入ってくる。私の中に、もう一つ―――――少女の、【霊】が。
(………私、どうなるの………? まだ、告白すらしてないのに…………)
いやだ。まだ死にたくない。この想いを、伝えるまでは。
その時、私の心に記憶が流れ込んできた。少女の、【アスナ】の記憶。
第二次世界大戦の時に死んだ女の子…………。母親の、『いい人を見つけなさい』という言葉が、彼女をこの世界に縛っている。
私も、同じだ。死んだ父と母のことが忘れられない。
あの世で、いい人を見つけたよ。幸せだったよと、そう言いたい。
落ちていく思考に、一筋の光が。
(ぁ………健治くん…………好きだよ…………健治くん…………健治くん―――――)
―――す、き………すき………すきすきすきすきすきすきすきすきすきすきすき
フライヤーズ/魁怪祁戒-カイカイキカイ- ronboruto/乙川せつ @ronboruto
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