異常者国家運営~異常者は世界を統べるのか? 壊すのか? 排除されるのか?~

ゼータ

プロローグ 開戦宣言

「戦争を始めるでありんす!」


 物騒なワードを笑顔で意気揚々と話す幼女。


 その場は凍り付いた。正確にはこの言葉が発せられる前から場はどんよりと鈍い時間が流れていた。


 コンクリートで固められた壁には窓がなく、ただ黒ずみのような汚れや黄緑色の嫌悪感を抱く汚らしいコケが蔓延っている。だが近くで見ればそれが壁に描かれているだけのデザインだと分かる。しかしそこからはかび臭さや、生ゴミのような臭いが発せられている。これもデザインの一部だという。この建物の制作者は泥ネズミだと疑いたくなる。もしくは頭のネジが一本、それどころか何十本も曲がりくねっているだろう。


 まるで楽しそうに戦争をしようと言うような狂った人間が作ったに違いない。とテーブルを囲むうちの一人の大漢は思った。


 大漢は異臭を鼻からゴクリと飲み込んで、顔に皺を寄せながら恭しく言う。


「それはどういうことだ、ですか。リンさん」


 男の髪は逆立っていた。まるで心の中の怒りや闘争心などが具現化したような赤、オレンジの髪だった。


 しかし、その大漢には反抗心など一切ないのだと分かった。表情が硬く、口元が引きつっていた。男の髪型は元々、外側に広がるようにジグザグとしていて、内側がオレンジ、外側にいくにつれて赤にグラデーションのようになっていた。魔獣ライオンのたてがみを想像させるような髪型だ。


 幼女は淡々とした声で話す。まるで先生が授業で歴史を話すように、ただ事実を述べていく。


「妾は暇でありんす。だから戦争でもして遊ぼうかと思ったんでありんす。所謂、暇つぶしでありんすよ。みんな殿も最近は平和でつまらないでありんしょう?」


 誰も頷くことはない。いや、一人だけうんうんと効果音がつきそうなほど頷いているが、まあそれは例外だと全員が思っていた。


 可愛い! とか言うどこぞのお土産はリサにするべきだ!


 これは私の感想だ。私もこの場にいる人の中では変わった立場にある。


「ですが、」


 男の小さな抵抗はリンの声でかき消される。声はさっきまでと変わらない淡々としたものでありながらも、圧迫感は増していた。


「もちろん、これは提案ではないでありんすよ。決定事項でありんす。それで何か言おうとしていた人殿がいた気がするでありんすが、なんでありんすか?」


 幼女の笑みは死神が見せるような恐ろしいもので、ここで返事をしたら殺されると誰もが理解した。きっと全員の頭の中にあの事件がよぎっただろう。


 後ろに立っていた私は手に持っていた紙を落とした。紙が床に落ちる音が全員に聞こえるほど場は静まっていた。


「それに姉殿の目標である家族の復讐のためでもありんす」


 幼女は付け足すように補足した。


 姉のリサの顔は花が咲いたようにパアっと笑顔になる。その顔は妹の幼女、リンと似ていた。正確には真顔の時は似ている。同じ顔と言ってもよい。


 逆に言うと、普段は同じ顔でありながら別人だとわかるということだ。姉のリサは純粋で可愛らしいが、妹のリンは邪悪な笑みをいつも浮かべている。どちらも笑顔なのにここまで違いが出るのは驚くべきことだ。


「ありがとうなの、リンちゃん。私のこと考えてくれてて嬉しいの。本当に私は優しい妹を持てて幸せ者なの」


 5歳児くらいの可愛らしい声が息苦しい空間に響く。凍った空間は若干温度が上がったように錯覚した。


 明らかにとってつけたような言葉に姉のリサは心から喜んでいた。頬を赤らめ、頬に手を添えている様子は可愛らしいお人形のようだ。


 紙を拾おうとしていた私はその笑顔が微笑ましいなあと思い、紙を拾うことをやめた。ついでにリンの言葉の意味を考えるのも放棄した。


 話すべきことを終えたと言わんばかりにリンは席から立ち上がる。


「何もないんでありんすか? 妾の聞き間違いだったようでありんすね。それでは準備しとくでありんす」


 リンはそのままこの部屋の唯一の外へ繋がるドアの前に進む。カツカツとリズミカルな足音がこの場に居る者の心を重くしていく。リサだけは妹の堂々とした振る舞いに感心しているようだった。


 十キロ以上ある分厚い鉄の扉をギギギと耳に不快感を与えながら開いていく。


 「あ」何かを思い出したようにリンは扉を開いたまま止まった。誰もが嫌な予感がした。そして、リンは想像通り戦争よりも恐ろしいことを言い出した。


「また、みんなで仲良くなるためにゲームをするでありんす。妾達はまだ仲間になりきれていないようでありんすし。何か面白い遊びがあったら教えてくれるでありんすか?」


 戦争をすると言ったときのように笑顔だった。


 リンがこの密閉された部屋から出ると再びギギギと音を立ててドアが閉まる。


 その場には私を含め5人が残された。


 大漢は私を睨んだ。大漢の拳に力が入っていくのが分かった。今まで静かに椅子に座っていたはずなのに。これから自分は怖い大人に怒鳴られるのだと悟ると、体が自動的に硬直して、口から悲鳴のような微かな音が吐き出される。


「ひぃ」


 なんでこうなった?


 そんな分かりきった疑問を浮かべ、過去に思いを馳せた。現実の怖い大人から逃げるために、地獄のような過去に逃げる。逃げ場ないじゃんという心からの声は聞かなかったことにした。


 全ての始まりは――――。私は地獄を生み出す側の味方(?)になってしまった。

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2024年12月26日 12:12

異常者国家運営~異常者は世界を統べるのか? 壊すのか? 排除されるのか?~ ゼータ @zetaranobe

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