第2話 リヴェン


 村からリヴェンへ歩いて三日目。ノアは一番近いと言っていたが、思ったよりも遠いと感じた。子供の足では一日で歩ける距離が短い。やはり馬が必要だった。

 

 この三日の間に、この辺の地理について教えてもらった。俺は自分の生まれ育った村の名前も知らなかったが、あの村は「ラーナ村」というそうだ。そこから北西に行ったところに「リヴェン」、その更に西に「アトラント」が位置しているそうだ。


 村の近くで一度魔物が出たが、やはりこの辺りはあまり魔物は出ないそうだ。そのため、魔物狩りで得る皮や肉を換金してお金を得ることは難しい。代わりに普通の鹿や兎なんかを狩るそうだ。


 ノアはふと立ち止まり「物資調達するのはいいが……金がないな。」と言った。

 ノアを見ると眉間に皺を寄せて困った顔をしていた。


 てっきりあるのかと……

 しっかりしていて頼れる人だと思ったけど……

 意外と抜けてるところもあるのかも。


 俺が反応に困っていると何かを決めたような素振りをし、「よし、狩りをするぞ。」と言った。


 なるほど、狩りで獲物を仕留めてその皮や肉を売るのか。

 

 リヴェンで物資調達をするため、お金が必要だ。途中で鹿と兎狩りを行った。ノアにお手本を見せてもらった。

 ノアは鹿を見つけると、その場を動かずじっとした。その姿勢は流れるように自然だった。手に持った杖は長く、ノアの身長と同じくらいある立派なものだった。ノアがゆっくりと杖を鹿に向け、静かに一言詠唱を唱える。すると杖から矢が作られ、鹿へと飛びそのまま頭を貫いた。鹿は一撃で倒れた。


 「おお……すごい。」

 思わず口に出た言葉だった。

 

 「弓や魔法の射撃はこういうものだ。」

 ノアが俺に向き直り、真剣な表情で言った。


 「弓を使う場合は、感覚を掴むことが重要だ。魔法は手軽だが、基本を体得しなければならない。お前は狩りをしたこともないからな。実際の弓と矢で練習するといいな。」

 物資調達リストに弓と矢も追加となった。


 弓の扱いには時間がかかるだろうな。

 なにせ触ったことも、実際に見たこともない。

 けど、狩りではその技術が必要になってくる。

 弓の習得は必須だな。

 ……弓……なんか冒険者ぽくていいな。


 なんて考えてたらノアが鹿を解体し始めた。ノアの動きは実に無駄がなく、狩りそのものが自然体で行われているようだった。狩りそのものを熟練のようにこなしていた。

 

 初めて見る動物の内臓に、なんだか吐き気がしてきた。気持ち悪い……。

 そんな様子の俺を見てノアは「ラキ、お前こんなんで気分悪くなってたらこの先何も出来ないぞ。次はお前が解体するんだからな。」と言いながら笑っていた。


 ぐうの音も出なかった。

 弓の練習、それと狩りと解体の練習もすることになった。




 三日目のお昼過ぎ、やっとリヴェンに到着した。村から三日かけて歩き続けた先にようやく現れた町は、森の中にひっそりと佇んでいた。


 木造の家々が軒を連ね、道は土が固められただけの素朴なものだった。それでも村よりもはるかに賑やかで、道を行き交う人々がちらほら見える。


 「ここがリヴェンだ。冒険者がよく立ち寄る町として知られているが、見ての通りそんなに大きな町じゃない。」

 ノアが淡々と説明してくれた。


 町の中央付近には背の高い建物があり、看板に「宿屋」と書かれていた。酒場も兼ねているらしく、入り口からは笑い声や話し声が聞こえてくる。その隣には「道具屋」の文字が見える建物。並びには「武器屋」と「防具屋」もあった。


 「まずは宿を確保するぞ。それから必要なものを揃える。」

 ノアが俺にそう告げると、宿屋の方へと歩き始めた。


 町の雰囲気はどこか懐かしいような落ち着きを感じさせる一方で、酒場の騒がしさや武器屋の豪快な声などが独特の活気を醸し出していた。

 馬をつないでいる場所も見えた。小さな厩舎だが、数頭の馬が草を食んでいる姿があった。あの馬を使えば移動ももっと楽になるだろうけど……馬に乗るという現実を思い出す。

 ノアが俺を振り返り、「何をぼんやりしてるんだ、行くぞ」と笑いながら手を振った。俺も慌ててノアの後を追う。

 初めて訪れる町に、少しだけ心が弾んでいる自分がいた。

 宿屋の扉を開けると、外の静けさとは対照的に中は賑やかだった。木製のテーブルや椅子が並び、旅人や冒険者らしき人々が酒を飲みながら談笑している。目の前のカウンターでは、少し小柄な女性が忙しそうにグラスを拭いていた。

 

 「すみません、部屋を1つ借りたいのですが。」

 ノアがカウンターに歩み寄り、女性に話しかける。彼女は手を止めると、にこりと笑顔を浮かべた。


 「いらっしゃい。お一人? 二人?」

 「二人だ。安い部屋で構わない。」

 「ふむふむ、じゃあ二人部屋ね。宿泊は一泊銅貨五枚になるわ。」


 銅貨五枚……?

 この世界の通貨か。

 金貨、銀貨、銅貨って感じかな。

 いくら位なんだろ?


 俺はノアの後ろでその言葉に引っかかりながら見ていると、ノアが懐から数枚の銅貨を取り出し、カウンターに置いた。


 「これで頼む。」


 女性が銅貨を受け取りながら、「朝食は含まれてないけど、それでもいい?」と確認してくる。ノアが頷くと、彼女は手早く鍵を取り出し渡してきた。


 「二階の一番奥ね。ゆっくり休んでいって。」


 ノアが鍵を受け取り、俺に向かって「行くぞ」と声をかける。そのまま階段を上がっていった。

 俺はついていきながら、頭の中で「銅貨三枚」という単位について考えていた。


 部屋に荷物を置いた後、道具屋へ向かった。


 「いらっしゃい、今日は何をお探し?」

 道具屋の店主はがっしりとした体格の男で、カウンター越しにこちらを見て笑顔を浮かべていた。


 「鹿の肉と皮を売りたい。」


 ノアが持ってきた袋を置くと、店主は中を覗き込み、「おお、良い状態だな」と感心した様子で頷いた。


 「これなら……銀貨三枚と銅貨五枚だな。」

 「それで構わない。」


 ノアがすぐに了承し、店主が銀貨と銅貨を数えながらカウンターに並べていく。俺はその様子を見ながら、硬貨をじっと観察した。

 道具屋を出て、俺たちは隣の防具屋へ向かって歩いていた。その途中で、ふとさっきのやり取りが気になって口を開く。


 「ノアさん、さっきの……その、通貨のことなんですけど。」

 俺が少し遠慮がちに尋ねると、ノアは歩みを緩め、こちらを振り返った。


 「通貨?」

 「はい。銀貨、銅貨って聞きましたけど、それぞれどんな価値があるんですか?」

 「あぁ、そういえばお前の村は物々交換が主流だったか。それなら説明しておくか。」


 ノアは街道沿いの石垣に腰を下ろし、俺を手招きして近くに座らせた。そして懐から銅貨を数枚取り出して見せてくれる。


 「通貨には金貨、銀貨、銅貨の三種類が使われる。これが銅貨だ。一枚で簡単な食事や宿泊費を賄える。銅貨は村や町で一番よく使う通貨だな。」


 ノアは手のひらの銅貨を一枚持ち上げ、刻まれた模様を指さした。そこには一本の木が彫られている。


 「この模様が銅貨の印だ。身近な通貨だから、木は生活の象徴として使われている。」

 「生活の象徴ですか。なるほど……。じゃあ銀貨は?」

 ノアは次に銀貨を取り出した。

 

 「銀貨は銅貨の十枚分の価値がある。中級の武器や防具とか、ちょっと贅沢な食事をしたいときに使うもんだ。」

 

 そう言いながらノアは銀貨をオレに見せてくれた。銀貨よりも一回り大きく、そこには剣と盾の模様が刻まれている。


 「この剣と盾は戦いと守りの象徴だ。金貨はさらに銀貨十枚分の価値がある。都市で取引される上級の武器や魔道具、それに特別な防具なんかを買うには金貨が必要になる。」


 ノアは最後に金貨を取り出して俺に見せた。その輝きはまるで小さい太陽みたいだった。そこには大きな鳥が翼を広げている模様が彫られていた。


 「この鳥は何ですか?」

 「これは「ルクシア」だ。神々の国から舞い降りた伝説の鳥で光と繁栄を象徴している。金貨はこの世界で一番価値の高い貨幣だから、ルクシアの模様が使われているんだ。」

 「へぇ……そんな伝説があるんですね。面白いです。」

 「だろ? ただし、金貨はこの辺りの町や村じゃほとんど流通しない。普段は銅貨と銀貨だけ覚えておけば問題ない。」


 ノアの言葉に頷きながら、少し考える。村では物々交換が普通だったから、貨幣の存在そのものが新鮮だ。けれど、これを覚えなきゃこの世界で生きていけない。

 ふと前世での借金地獄の日々を思い出した。


 借金だけはやめとこう。

 この世界で借金なんてしたら死を覚悟するしかない……

 笑えない。


 「お金の稼ぎ方だが、まぁ色々ある。まずは狩りで稼ぐことだな。金貨なんて先の話だが、目標を持つのは悪くない。」

 ノアはそう言って立ち上がった。

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