第一章 山と森のモンタリオン~幼少期~
第1話 旅の目的
村を出て俺たちは森の道を進んでいた。鳥のさえずりと風の音だけが響く静かな道。
「ラキ、共に旅に出ることを決めてくれてありがとう。」
ノアがふと足を止め、柔らかな笑みを浮かべて言った。
「いえ、俺の方こそ誘っていただきありがとうございます。多分……ノアさんが声をかけてくれなかったら、この村を離れる決心もついていなかったと思います。」
「まぁ何はともあれ、私は共に旅が出来て嬉しいぞ。それと、私のことはノアでいい。」
ノアはニコッと笑って言った。気さくで親しみやすい人なのかもしれないと思った。
「わかりました、ノア。これからよろしくお願いします。」
「あぁ、よろしく。」
再び歩きだし、ノアは続けて話す。
「まず最初の目的地だが……物資の調達のためここから一番近い町に行こうと思う。ここからだと「リヴェン」という町が一番近い。食料、最低限の武器と防具なんかを揃えよう。」
「リヴェン……村の近くの丘から見える街ですか?」
ノアは少し考えたあと俺の質問にこう答えた。
「……いや、おそらくそこから見えたのは「アトラント」という街だろう。リヴェンとは反対だな。子供のお前では一日で歩ける距離も短い。野営も荷物も多くなる。リヴェンで馬を調達したらアトラントに行こう。」
「なるほど、わかりました。」
あの湖が見える街はアトラントというのか。丘から見た街並みと湖の景色が頭に浮かぶ。とても美しかった。リヴェンという町はどんなところなのだろうか。初めて訪れる場所に胸が少し高鳴る。
歩き始めた俺たちの足元では、小石が時折靴底に弾かれて転がった。周囲は木々がざわめき、歯の間から差し込む陽光が地面に揺れる模様を描いている。ノアは俺に歩調を合わせながらも前をじっと見据えていた。旅慣れた足取りが頼もしい。
「こうして歩くのは初めてか?」とノアが俺に声をかけてきた。
「そうですね、ここまで遠くに来たのは初めてです。新鮮というか……少し緊張します。」
「そうか。まずは体力をつけることが大事だ。休みたくなったら遠慮せず言え。」
「はい。」
俺たちは道中、簡単な会話をしながら進んだ。ノアは時折道端に咲く薬草や、遠くにいる獣の狩り方を話してくれた。俺の知らない世界が少しずつ広がっていく感覚がした。
夕方が近づく頃、ノアが立ち止まった。
「そろそろ野営の準備をしよう。この辺りは木々に囲まれていて風が防げる。」
ノアが手際よく木の枝を集めて火をつける。焚き火の暖かな光が夜の静けさの中で二人を包んだ。俺はその炎をじっと見つめながら心を落ち着かせようとした。まだ火に対する恐怖が完全に消えたわけではない。けれど、暖炉や焚き火程度の火なら耐えられるようになっていた。
火に慣れておいてよかった。
焚き火ならまだ大丈夫そうだ。
ノアが静かにフードを外した。ノアは真っ赤な髪を後ろで束ねていた。
俺は思わず見入ってしまった。真紅の髪、とても綺麗だった。それと同時にその色があの祭りの炎を連想させ、胸をざわつかせる。ノアと目があったが直ぐに逸らしてしまった。
「竜人を見るのは初めてか?」
「えっ、竜人!? 竜人は……初めてですね。」
ノアが竜人?
竜人なんて本当にいるのか。
あ、そういえばアイリスはエルフだったな。
そりゃ色んな種族がいるか。
それにしても竜っていうくらいだ、翼や尻尾なんかが生えているのか?
とてもそんな風には見えないけど……
「私は竜人だ。といっても血は薄いがな。身体的特徴は赤い髪と腕に鱗があるぐらいだ。」
ノアがローブの袖を捲り上げた。その腕にはキラキラと光を反射する鱗があった。
「鱗……一瞬驚きました。けど、髪も鱗も綺麗ですね。」
ノアは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そう言ってもらえるのは珍しいな。でも、ありがとう。」
竜人だと言われなければ普通の人間にしか見えない。いや、鱗を見てもそれほど異質には感じなかった。
焚き火の暖かな光が、ノアの髪と鱗をより一層輝かせているようだった。そんな光景に見とれていると、いつの間にか心のざわつきも少し和らいでいた。
「ラキ。」ノアの声が静かに響いた。俺は顔を上げると、炎の向こうでノアがじっとこちらを見ていた。
「お前、この旅で何を目指す?」
突然の問いに、少し考え込んだ。言葉にするのは簡単じゃない。この旅の目的を自分で整理する必要があると感じた。
「俺は……外の世界を見て回りたいと思っています。今まで村の外に出たことはほとんどありませんでしたから。」
「それだけか?」
ノアの問いかけに少し戸惑った。炎の揺らめきを見つめながら、俺は少しずつ言葉を紡いだ。
「もっと具体的に言うなら……外の世界を見て、俺が本当にやりたいことを見つけたいです。魔法を極めて、その力が役に立つ場所を見つけたい。それに……」
言葉が詰まりそうになった。前世の記憶が頭をよぎる。だが、真実を話すことはできない。俺は目を伏せて、言葉を選んだ。
「俺は過去に、いろんな失敗をしました。そのせいで、大切なものを失ったんです。だから、今度こそ後悔しないように生きたいと思っています。」
ノアがじっとこちらを見ているのを感じた。焚き火の光が彼の赤い瞳に映り込む。
「後悔しないように、か。いい目標だな。」
ノアは微笑みながら言った。
だが、俺の心の中にはもっと深い決意がある。前世で失った家族、誰とも関わろうとしなかった自分、――それらすべてが俺を縛っている。今度こそ、全力で生きる。それが俺の本当の望みだ。
「それと……俺には克服したいこともあります。」
「克服したいこと?」
「……俺は、火が怖いんです。」
ノアは少し驚いた表情を見せた。俺は視線を落としながら続けた。
「昔、村の祭りで櫓の火を消してしまったんです。今でも、炎を見ると胸がざわついて、逃げ出したくなります。焚き火くらいなら大丈夫になりましたが……もっと大きな火を見たらどうなるか、自分でもわかりません。」
「無理に克服する必要はない。この旅を通じて少しずつ慣れていけばいいさ。」
「……そうですね。」俺は小さく頷いた。
ノアは顎に手を当て、何かを考える素振りを見せた。
「ラキ。」ノアの声が少し柔らかくなる。「お前の力や気持ちを受け入れてくれる場所は、きっと見つかる。焦らず、歩いていけばいい。」
その言葉に、俺の心は少し軽くなったような気がした。ふと口にしてから、自分でも驚いた。今までこんな風に考えたことはなかった。けれど、言葉にすることでその想いが本当のものとして心に定まるような気がした。この目標に向かって、歩いてみよう。
「ノアはどうなんですか?」
俺はノアに向けて疑問を投げかけた。
「ん?」
「ノアは、何を目指して旅をしているんですか?」
ノアは焚き火に目を向け、少し考え込むような仕草を見せた。
「そうだな……私は竜人としての自分を受け入れ、この世界で自分がどう生きていくべきかを見つけたいと思っている。」
「どう生きていくべきか……ですか?」
「ああ。この世には、種族や国、宗教による争いが絶えない。だが、それだけではなく、人と人が共に手を取り合う光景もある。その境界に立ち、私は自分が何をすべきかを考えたいんだ。」
ノアの言葉には深い思索が感じられた。彼の目に宿る覚悟を見て、俺も自分の決意を胸に刻むような気持ちになった。
炎の音だけが夜の静けさの中に響いている。俺は再び焚き火を見つめた。この旅の中で、自分がどこまで変われるのか。それを知るのが少しだけ怖い。それでも、歩みを止めるわけにはいかない。
一夜明け、再び出発する。目指すはリヴェンという町だ。
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