第14話 帰れる場所
次の日、居間に向かうと、じいちゃんは椅子に腰掛けながら腕を組み、ばあちゃんはその隣で険しい顔をしていた。俺が現れたことに気づくと、ばあちゃんがすぐに声を上げた。
「ラキ、本当に行くつもりかい?」
ばあちゃんの言葉に、胸の奥がギュッと締めつけられる。
一晩考えた。俺の思いはこうだ。
「ばあちゃん……俺、外の世界を知って、いろんな経験をして、自分を磨きたい。せっかく、この世界で生まれたんだ。後悔しないように、生きたい。」
俺は、旅に出る決意をした。前世でのたくさんの後悔が浮かんだ。今度はやれるだけやる。後悔しないように。
これが俺の精一杯の思いだった。すると、じいちゃんが静かに口を開いた。
「ラキの言う通りだ。外に出て強くなるのはいいことだ。いつまでもこの村の中だけで生きていたら、学べることにも限界がある。」
「でもね、あんた、まだ五歳なんだよ! 旅なんて……」
「年齢なんて関係ないさ。ラキはもう、俺たちの手を借りずとも自分で道を選べる。俺はそう信じてる。」
じいちゃんのその言葉に、ばあちゃんが眉をひそめて唇を結んだ。
俺は目を伏せたまま、ばあちゃんの気持ちが痛いほど分かっていた。前世では誰にも自分を止めてもらえなかった。だから、ばあちゃんの心配は本当にありがたかった。でも――。
「俺、旅に出たい。」
今度は強く、ばあちゃんの目をハッキリ見て、その言葉を絞り出す。ばあちゃんの表情が一瞬固まった。罪悪感が胸を覆い尽くす。二人を残して自分だけが自由に旅立つなんて、本当に許されることなのか――そんな葛藤が頭を駆け巡った。
その時、ばあちゃんがそっと俺の頬に触れた。
「ラキ……」
ばあちゃんの手は震えていた。
「分かってるよ。お前がどれだけ真剣に考えてるか。お前がここを出ていくことはとても辛いよ。でも、それよりも――。」
ばあちゃんは小さく笑った。その笑顔には、ほんの少し寂しさが混ざっていた。
「お前が夢を追いかけられない方が、よっぽど辛いよ。」
「ばあちゃん……」
前世ではこんな風に、自分を心から心配してくれる人なんていなかった。家族なんて、知らなかった。だけど、今――。
「じいちゃん、ばあちゃん。赤の他人の俺を育ててくれた事、本当に感謝してる。ありがとう。」
二人はハッとした。
「ラキ、知っていたのか?」
「うん……なんとなく……」
流石に生まれたばかりの時の記憶があります、なんて言えない。言葉を濁して頷いた。
「そうか……いつかは話さなきゃならなかったんだが……そうか、知っていたか……」
「それでも、じいちゃんとばあちゃんは、俺にとってかけがえのない家族だよ。」
そう言った瞬間、ばあちゃんはそっと俺を抱きしめた。
「血の繋がりなんて関係ないよ。お前は私たちの大事な子だ。だから……。」
耳元で囁かれる言葉に、俺は体が震えた。
「自分の道をしっかり歩んでおいで。」
「うん……ありがとう。」
じいちゃんも頷き、俺の頭を軽く叩いた。
その言葉を胸に刻みながら、俺は旅立ちを決意した。
その日の夕方、最後に祠と秘密基地へと向かった。
ここも今日で最後か……
色々あったな。ここで。
今までのことが走馬灯のように蘇ってくる。
初めて攻撃魔法を発動したこと。
アイリスと出会い、たくさん遊んだこと。
一人ぼっちになったこと。
また頑張ろうと思えたこと。
この場所は俺の居場所だ。それはこれからも変わらないだろう。
村へ戻ると広場でノアが星空を見上げていた。俺は、つい足を止めた。
「……こんな時間に何してるんですか?」
「星を眺めていたんだ。静かな夜は好きでな。」
ノアの声は穏やかだったが、どこか寂しさを感じた。俺も隣に座り込む。
「星、綺麗ですね。」
「ああ。旅をしていると、こんな風に静かに星を見られる場所は貴重だ。君の村も、いいところだな。」
ノアの言葉に、少し嬉しくなった。
「俺、この村が大好きです。じいちゃんとばあちゃんがいるし。でも、外の世界も見てみたい。」
「それが君の夢か。」
ノアが俺の方を見る。フードの下の顔はまだよく見えないけど、その目には優しさがあった。
「夢ってほどじゃないです。でも、もっと強くなりたいんです。じいちゃんとばあちゃんを守れるくらいに。」
「強くなる、か。君はもう十分強いと思うがな。」
そう言うとノアはフフっと笑っていた。
「そんなことないです。昨日だって、俺一人じゃ……」
言いかけて、言葉を飲み込んだ。ノアは静かに首を振った。
「一人で何でもできると思う必要はないさ。仲間や、支えてくれる人がいれば、それでいい。」
「仲間……。」
ノアの言葉に、旅の未来が明るく見えた気がした。
俺は彼に疑問に思っていたことを口にした。
「……あの、ノアさん。」
「なんだ?」
「どうして俺を誘ってくれたんですか? 俺なんて、まだ子供なのに。」
ノアは少し黙った後、小さく笑った。
「君の魔法の力に興味を持ったのは事実だ。だが、それだけじゃない。君には旅の中で得られるものがたくさんある。俺にはそれが分かるだけだよ。」
「俺が……旅で得られるもの?」
「そうだ。経験、出会い、そして成長。それらは何よりも君を強くするだろう。」
ノアの言葉は真っ直ぐで、嘘がないように感じた。俺は少しだけ、彼のことを信じられる気がした。
そして、旅立ちの日。
居間へ行くとじいちゃんとばあちゃんが俺を待っていた。部屋には朝の光が差し込んでいて、どこか温かい雰囲気が漂っていた。
「おはよう、ラキ。準備はできたか?」
じいちゃんがゆっくり腰を上げ、俺の方を見つめる。
「うん、できたよ。」
俺の返事を聞くと、じいちゃんは木箱を取り出し、中から一本の短刀を取り出した。それは使い込まれているが、丁寧に手入れされていて光沢を放っていた。
「じいちゃんが旅で使っていたものだ。お前の旅でも何かと役立つだろう。」
短刀をそっと俺に差し出した。
「大切なものでしょ? 俺が貰ってもいいの?」
俺はじいちゃんかを見つめながら、そう尋ねる。
「ここに閉まっていては勿体ないからな。お前に持っていてほしい。」
その言葉に、俺は短刀を両手で大切に受け取った。
「ありがとう、大切にするよ。」
じいちゃんと旅した短刀……。
受け取った短刀を大事に鞄にしまった。するとふわりと柔らかな布が俺を包んだ。
「ラキ……私からはこれを。」
俺を包んだ布はローブだった。黒地で胸元には赤い刺繍が施されている。ばあちゃんの方を見ると優しく微笑んでいた。
「旅に出るお前のことを寒さや雨から守ってくれるようにね。」
「ありがとう。じいちゃん、ばあちゃん。」
短刀とローブ、じいちゃんとばあちゃんの思いを胸に刻み込んだ。
広場に行くとノアが待っていた。
「ラキ」
ノアが静かに俺の名前を呼んだ。
「選ぶのは君だ。どんな選択をしても、君の人生は君のものだ。」
その言葉が俺の背中を押す。
俺は目を閉じ、深呼吸をした。
そして……
「よろしくお願いします。」
俺は深くお辞儀をした。
「あぁ、よろしく。」
ノアは少し笑って、俺に手を差し出した。その手を握った瞬間、俺はこの旅がどんなものになるのかを考え、少しだけ胸が高鳴った。
じいちゃんとばあちゃんの方に向き直り、別れの挨拶をした。
「俺はこの家で過ごした五年間を絶対に忘れない。たまには帰って来るよ。」
「あぁ、いつでも戻ってこい。俺たちはいつでも待ってる。」
二人は俺をきつく抱きしめた。とても暖かかった。
「ラキは私が責任を持って育てます。安心してください。」
「よろしくお願いします。」
二人は深々とお辞儀をしていた。
ノアと共に村を出た後、振り返るとじいちゃんとばあちゃんが小さく手を振っているのが見えた。その姿がいつまでも目に焼き付けて離れなかった。
「行くぞ、ラキ。」
ノアの声に頷き、俺は足を踏み出した。
――それが、俺にとっての「旅」の始まりだった。
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