第13話 ある提案


 気づくと自室のベッドに横になっていた。体を起こそうとすると頭がズキズキと鈍い痛みが走る。


 「いった……。俺、気絶してた?」


 二人は無事か? 村のみんなは?

 アイツらは……どうなった?

 俺はどれだけ寝てた?


 重い体を起こして部屋を出る。居間に行くとじいちゃんとばあちゃん、そして見慣れない人物が座っていた。村人ではない。魔術師のような、深い紺色のローブを纏い、静かに座っていた。そこにいるだけで、異質な存在感を放っている。何も語らなくてもわかる。この人は、強い。

 

 「あぁ、起きたかい? ラキ。」

 俺に気づいたばあちゃんが安心したような表情をした。


 「うん、二人は大丈夫? アイツらどうなった?」

 「私たちは大丈夫だよ。ラキ、お前が守ってくれたからね。アイツらはこの方がまとめて村から追い払ってくれたよ。」


 じいちゃんが続けて口を開いた。

 

 「それより……ラキ、お前は大丈夫か? あれだけの怪我を負ったんだ。もう少し休んでいた方がいいじゃないか?」

 じいちゃんは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

 

 「ちょっと頭が痛いだけで、もう大丈夫だよ。」


 あの男たちは村から出ていったと聞いて安心した。ばあちゃん達も無事そうだし良かった。強ばってた体の力が少し抜けていった。


 「えっと……この人は?」

 「この方は……」

 俺の問いにじいちゃんが答えようとした瞬間、その人は立ち上がり俺の方に向き直った。

 

 「私の名はノア。旅の者だ。」

 低く響く声が部屋に満ちる。

 

 「たまたまこの近くの道を通っていたんだが、悲鳴が聞こえたんでな。何事かと来てみれば、この家で強力な気配がした。……あのアクアフィールドはお前か?」


 フードを目部下に被っているため、表情は暗くてよく見えなかった。だが、その声には力がこもっている。声色と身長からして男だ。立ち上がると180……いや、190cmはありそうな大柄な体格だった。嫌な感じはしなかったが、緊張が走った。


 「はい……そうです。」

 俺は息を飲みながら答える。

 

 「そうか。魔法はどこまで使える?」

 「どこまで……あ、水属性の初級魔術ならほとんどマスターしてます。あと回復魔法と日常魔法も少し。」

 「初級魔術を? ……君は今何歳だ? 魔法はいつから?」

 「五歳です。魔法は、二歳から始めました。」

 「五歳? そうか……さらに二歳から始めて三年で属性魔法を……それであの魔力量か。ふむ……」


 ノアは少し驚いた様子だった。しばらく考え込むような仕草をした後、ノアは静かに口を開く。


 「名前はなんといったか?」

 「えっと、ラキです。」

 「……ラキ、お前には才能と見込みがある。」

 「えっ?」


 思ってもいなかった言葉だった。思わず素っ頓狂な声が出た。


 「たった三年で初級魔術を習得出来る者はそうそういない。そもそも二歳から始める者もいない。」

 「えぇっと……俺はただ、魔法に興味があっただけです。たまたま他の子供より先に魔法を使い始めただけであって、才能とかじゃ全然……ないです……。」

 「外の世界を見てみたくはないか?」

 「まぁ……それはもちろん見たいです。」

 「では提案だ。私と一緒に来ないか?」


 ノアと名乗るこの男は、フードで顔の大半を隠していた。しかし、言葉の端に含まれる軽い調子とともに、ニッと笑ったように見えた。

 

 「はっ!?」

 

 いきなり何を言っているんだこの人は?


 「あなたと俺が? 旅に?」

 「そうだ。お前には、ここでは学べないことが山ほどある。広い世界を見て、成長する機会を与えたい。」


 突然の提案に頭がついていかない。


 会って間もない人と二人で旅?

 何を言っているんだ?

 何を考えているんだ?

 

 「ちょっと待ってください! この子はまだ五歳なんですよ? いくら魔法が使えるからって、まだ小さい子供なんです! それにこの子は……」

 「小さい子供だからです。さっきも言ったでしょう? この子には才能と見込みがある。この先、偉大な魔法使いになるかもしれません。その可能性を潰してはもったいない。」

 「いや、でも……。あなたも何か言ってください!」

 「……」

 

 ばあちゃんは必死に止めた。じいちゃんは黙ったまま、眉間に皺を寄せて厳しい顔をしていた。


 「心配なのは分かります。でも決めるのはこの子だ。」


 いや、だから何を言っているんだ?

 行けるわけないだろ?

 何より会って間もない人だ。

 信用できない。

 …………でも、もしかしたら良い機会なのかも。

 このままこの村にいるよりもここで一緒に旅に出た方が俺も成長できる気がする。

 なにより村人とは気まずいままだし……

 いやいや! この人は俺を買い被っているだけなんだ。

 才能だとか見込みだとか言ってるけど、そんなもの、俺にはない。

 本当にたまたま魔法を勉強していただけだ。

 けど……外の世界、興味がないわけない。あるに決まってる。

 

 考えがまとまらない。黙っている俺に痺れを切らしたのかノアは「ラキ、ここにいるお前の存在そのものが、この村に危険をもたらす可能性もある。お前ほどの力を持つ者は、必ず周囲の目を引く。だが、私と来ればその力を正しく使うことが出来る。私が君に魔法を教えよう。」と言った。


 ノアの言葉が胸に突き刺さる。


 俺の存在が危険?

 やっぱりここにいてはいけないのか?

 どうしてこの人は俺の味方をするんだ?

 どうして教えるなんて言ってくれるんだ?


 「……」

 「一日だけ待とう。それまでにじっくり考えてくれ。」

 そう言って彼は俺の肩を叩き、出ていった。


 

 自室でベッドに横になり、ノアの言ったことを考えていた。そんな時、扉を叩く音がした。


 「じいちゃんだ。入ってもいいか?」

 「うん。」

 「ラキ、お前はどうしたい?」


 村の外、旅、魔法、どれも興味はある。

 でも、じいちゃんとばあちゃんは置いていけない。また家族を失ってしまう。それは怖い。

 それに、あの人の言っていることを信用してもいいのだろうか? まだ会って間もない。素性もわからない。考えもわからない。


 言葉に詰まってしまった。そんな様子を見たじいちゃんは続けて口を開く。


 「忘れてしまったかもしれんが、じいちゃんの昔話をした事があったろう? じいちゃんも旅をしていて色んな所へ行った。世界はな、とても広い。たくさんの人と出会え、ラキ。そうすればお前の心も豊かになる。

 お前が外の世界を見て、大きく成長する姿が見られるなら、それが一番の幸せだ。」

 

 そう言うとじいちゃんは俺の胸にトンッと手を置いた。


 「ノアさんも悪い人ではない。いい機会だと思うぞ。ばあさんには、じいちゃんから話してみよう。」


 俺のためを思ってくれているのがわかる。でも、俺はどうしたらいいのだろう。

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