第12話 事件発生2

 アイリスとの別れから一年。俺は変わらず、魔法の訓練に明け暮れていた。回復魔法をはじめ、さらに水属性の防御魔法も習得した。

 

 その間、火に慣れる訓練も怠らなかった。小さな火、例えば暖炉の火くらいなら、なんとか見られるようにはなった。何度か挫けそうになったけど、じいちゃんとばあちゃん、アイリスのお守りのおかげだ。ただ、まだ火属性の魔法を使うのは無理そうだった。


 一度、火属性魔法を発動させてみたことがあった。火をイメージしてる時から胸がざわついていた。それでも続けてみた。そしたら、勢い余って火が大きくなってしまい、俺はそのせいで右手を火傷した。回復魔法を使い、何とかヒリヒリした痛みは引いたけど、火傷の痕が少し残ってしまった。

 俺はそれ以来、火属性魔法を試すのをやめた。何も今すぐに習得しなきゃいけない訳じゃない。焦らず克服していこうと思っている。



 ――その日もいつも通り、秘密基地で魔法の訓練に勤しんでいた。


 「腹減ったなー、そろそろ帰るか。」


 日が傾き、秘密基地全体が夕暮れの光に包まれ始めた頃、俺はそんな独り言を呟き、家へ帰ろうと立ち上がった。 

 いつもの帰り道、不穏な叫び声が村の方から聞こえてきた。耳を済ませると怒号と金属音、そして悲鳴が混ざりあっている。


 何だ……? 村が……襲われてる?

 また魔物が出たのか!?


 胸騒ぎがした俺は、駆け足で家へと急いだ。じいちゃんとばあちゃんは無事だろうか。考える間もなく走った。 

 自宅が見えてきた時、俺は息を呑んだ。玄関の扉が無惨に壊され、複数の男たちが家の中に入り込んでいるのが見えた。


 魔物……じゃない? 誰だ!?


 「この家の金目のもんは全て頂く! 片っ端から探せ!」

 「やめてくれ! 本当に何もないんだ!」


 中からはじいちゃんの叫び声が聞こえてきた。その声に血が逆流するような怒りが込み上げ、俺は拳を握りしめた。


 「何してんだお前ら! やめろ!!」


 自分でも驚くくらいの大声だった。家の中に飛び込むと、男たちがこちらを振り返り、俺を見て嘲笑った。


 「なんだぁ、このガキは?」

 「おいおい、こんな子供が助けに来たってか?」


 「ラキ! 来ちゃダメだ! 逃げなさい!」

 「てめぇは黙ってろ!」


 叫ぶじいちゃんに、一人の男が殴りかかった。


 「おい!」


 俺は男に向かって走り、そのまま男の腰にしがみついた。


 「おい、離せ! クソガキが!」

 「ふざけんな! 出てけ! じいちゃんとばあちゃんに手出すな!」


 誰だよお前!

 いきなり殴ってきやがって!


 所詮は五歳だ。大人の男の力にかなうわけがない。男は俺の首根っこを掴み自分から引き剥がすともう片方の手でみぞおちを殴ってきた。一瞬呼吸が出来なくなった。男は首根っこを掴んだまま俺を勢いよく投げ飛ばし、そのまま壁に叩きつけられた。


 「ぐはっ!」


 全身がズキズキと痛む。受け身も取れず、もろに頭を打った。腹が痛い。頭がグラグラする。目が回る。


 「ラキ! 大丈夫か!?」

 「うっせぇんだよさっきから! そこで大人しくしてろ!」


 じいちゃんとばあちゃんが俺の傍まで駆け寄ってきた。全身の痛みの中で俺の頭は止まることなく考え続けていた。


 痛ったぁ!!

 なんなんだよ、こいつら!

 いきなり来て金目のもん出せって。誰なんだよ!

 あれか? 盗賊ってやつか!?

 こんなとこ来ても金目のもんなんてねぇよ!

 ふざけんなよ!

 村のみんなは大丈夫か?

 他のとこも襲われてるのか?

 くそっ! 助けなきゃ!

 あ、いや、でも俺、嫌われてるんだった。

 村なんかどうでもいいか。

 いや――。


 助けなきゃって気持ちが、俺を奮い立たせた。

 震える手を男たちに向かって伸ばす。

 

 「水の精霊イシュリアよ、透明なる水晶を創り出し、その輝きを大地へと解き放て……アクアフィールド!」


 足元からボコボコと音を立てながら水が湧き上がり、部屋一面を覆うように広がる。水は男たちの膝上まで達し、彼らの動きを封じた。これで詠唱の時間が稼げる。

 

 「な、なんだこれ! 動けねぇ!」

 「ガキがこんな魔法使えるはずがねぇ! クソがっ!」


 藻掻く男たちに向け、続けてアクアボールを放った。アクアボールは次々と男たちに直撃した。彼らは呻き声を上げ、その場で崩れ落ちて完全に動かなくなった。


 死んで……は、いないよな?

 気絶したか……

 とりあえず、よかった。


 「はぁ……はぁ……」


 なぜか体が重く、力が抜けるようだった。

 

 なんか……ものすごく体が重い。

 頭を打ったせいか?

 それとも、魔法を連発したからか?

 

 目の前が右に左に、クラクラと歪んでいった。

 同時に足元の水もスゥ……と引いていった。


 「ラキ!」

 「……じいちゃん、ばあちゃん……無事で、よかった……」


 安心したのか、声が震えた。じいちゃんとばあちゃんの声が遠くで聞こえる。そんな中、一人の影がゆっくりと近づいてきた。倒れている俺を見下ろし、その人物は小さく息をついた。


 「まだ子供なのに、無茶をするものだ。だが、これほどの魔力……。」


 誰……だ?


 誰かは分からなかったが、何故か嫌な感じはしなかった。俺はそのまま気を失った。

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