第10話 出会い
冒険者一行が村を去った後、俺は再び秘密基地に足を運び、魔法の特訓を再開した。ただし、攻撃魔法はまだ怖かった。代わりに、回復魔法を習得しようと決めた。誰かを助けるための魔法なら、あの日の恐怖から一歩前に進める気がした。
同時に、トラウマを克服するための訓練も始めた。暖炉の火やキッチンの火に少しずつ慣れる努力だ。じいちゃんとばあちゃんがそばで見守りながら手伝ってくれる。
「無理はするな。慣れるには時間がかかるもんだ」
とじいちゃんが優しく言ってくれた。
ばあちゃんも「焦らなくても大丈夫だよ。少しずつ進めばいいんだから」と言いながら微笑んでいた。
大丈夫、きっと俺ならやれる。
二人の言葉に背中を押されながら、小さな火を目にするたびに胸がざわつくのを必死に抑え、少しずつ克服への道を歩んだ。
四歳になる頃、いつものように秘密基地で魔法の練習をしていた。風が心地よく、草木が揺れる音が響く穏やかな昼下がり。集中して詠唱を繰り返していると、ふと耳に妙な音が届いた。
「ん? ……子供の、泣き声?」
どこからか聞こえてくる子供のすすり泣きのような声に、俺は練習を中断し、声の方へ歩み寄った。
この辺りは誰も来ない。
迷子か?
秘密基地の周りを慎重に見て回ると、林の奥で異様な光景が目に飛び込んできた。
しゃがみ込んで泣きじゃくる小さな女の子。その前には、以前魔物図鑑で見た、低級魔物と思われる犬のような生き物が唸り声を上げ、鋭い牙を剥き出しにしている。今にも飛びかかりそうな構えを見せていた。
魔物図鑑では感じなかった恐ろしさが、今この場では体中を駆け巡っていた。
「やばいっ!!」
俺は何も考えず、駆け出した。体中が恐怖に震えながらも、何とかしなければという思いだけが体を動かす。心臓が高鳴る。
「おい、こっちだ犬!」
とっさに注意を引きつけるべく、そこらにあった石を拾い、魔物へ向かって投げた。石は魔物の鼻先に命中しこちらを睨んできた。ゆっくりの俺に近づいてくる。
俺は踵を返して秘密基地へ全力で走り出した。後ろから追ってくる魔物の足音が聞こえ、恐怖が体を硬直させた。
秘密基地に飛び込み、荒い息をつきながら振り返ると、魔物がすぐそこまで迫っていた。
「やるしかない……!」
震える足を押さえつけるように立ち、集中した。手を魔物へ向け、いつぶりか分からない、あの攻撃魔法をイメージする。
手の中で魔力が水へと変わり始める。心臓が喉まで張り詰めるような緊張感が広がる中、俺は渾身の力を込めて詠唱する。
「水の精霊イシュリアよ、透明なる水晶を創り出し、その輝きを波紋と共に解き放て! アクアボール!!」
今まで作り出したどのアクアボールよりも大きかった。
バッシャーン!!!
放たれたアクアボールがまっすぐ魔物に命中し、魔物の体を包んだ。水に包まれた魔物は断末魔の叫びを上げ、ピクリとも動かなくなった。
「……やった……のか?」
俺はその場で立ち尽くした。息は荒く、手は震えていた。胸の中が空っぽになったような気がして、何とも言えない脱力感が襲ってきた。体中の力が抜け、膝がガクガクと震え出す。
倒したんだ、俺が、魔物を。
やっぱり実際に遭遇すると……さすがに怖いな。
まだ心臓がドキドキいってる。
恐怖から解放されたはずなのに、まだ心臓が激しく鼓動している。魔物を倒した瞬間に感じた安心感は一瞬で消え、代わりに冷や汗が背中を流れた。手のひらに残る水の感覚が、まだ鮮明に残っていた。
「俺、やったんだ……」
言葉にしてみても、実感が湧かない。俺が攻撃魔法を使って魔物を倒した。普通なら嬉しさや達成感が湧いてくるはずなのに、むしろその後に襲ってきたのは深い疲れと不安だけだった。
何もかもが一瞬で終わって、ただ無のように感じられた。これで良かったんだろうか?魔物といっても生きている動物だ。その命を奪ったことに恐怖した。
いや、でも助けなきゃいけなかった。目の前で子供が危険に晒されているのを見過ごすことなんてできなかった。
足元がふらつき、やっと我に返る。あまりの緊張と恐怖に体が反応してしまったせいで、今まで感じていた冷静さを失っていたことに気づく。
「そうだ! 女の子!」
ハッとして女の子のことを思い出した。俺はその場を離れ、その子の元へ駆け寄った。
「大丈夫か!?」
急いで女の子の元へ戻ると、彼女はまだその場でしゃがみ込んでいた。よく見ると、膝から血が滲んでいる。
「待ってろ、今治すから!」
回復魔法はまだ練習を始めたばかりで、まともに使える自信はなかった。けれど、目の前の彼女を放っておくことはできない。焦る心を落ち着けようと深呼吸し、両手に魔力を集めた。
「痛みと苦しみを癒す力をこの手に授け、彼のものを癒し給え。ヒーリング。」
手を膝にかざすと、微かな緑の光が傷口を包み込む。完全には治らなかったものの、血は止まり、傷も目立たなくなった。
「ありがとう……」
泣きじゃくる声でお礼を言う女の子が顔を上げた。思わず目を見張った。ピンク色の短い髪、長い耳、そして美しい青色の瞳。
あれ? この子よく見ると……
長い耳……エルフみたいだ。
驚きながらも手を差し伸べると、女の子はその手を取って、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう……助けてくれて。」
その言葉が俺の胸にじわっと染み渡る。たった一言の感謝が、今まで感じたことのない温かさをもたらした。
「うん。けど、どうして一人でこんなところに?」
彼女を見つめながら、ふと疑問が湧いたので聞いてみた。
「私は……お母さんとお父さんとはぐれちゃったの。」
彼女は小さく息をつきながら話し始めた。
「お母さんとお父さんを探してるうちにあの魔物に遭っちゃって……怖くて、すぐに走って逃げたんだけど転んじゃったの。もう……ダメかと思った。本当にありがとう。」
再びお礼を言ってくれた彼女。その顔には少しだけ笑顔が見えた。
「俺はラキ。この近くの村に住んでるんだ。君は?」
「私はアイリス。私はお母さんとお父さんと旅をしてたの……」
彼女の目には、孤独や不安がにじんでいた。俺はそれを感じ取ると、彼女を一人で放っておく訳にはいかないと思った。
「君の両親を探すのを手伝うよ。」
その言葉を口にすると、アイリスはパッと顔を上げて笑顔を見せてくれた。
「本当!? ありがとう!」
にっこりと微笑む彼女は、ピンク色の髪を揺らしその美しさを増していた。少しだけドキッとしてしまった。
エルフってイメージ通り綺麗……
っていうよりこの子は可愛い、かな。
そんな呑気なことを考えたが気を取り直し、彼女が来たという方向に向かって歩き出した。
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