第9話 来客


 祭りの日以来、魔法の特訓はぱったりとやめてしまった。あの日の記憶が頭をよぎるたびに、どうしても気が重くなる。今はたまに秘密基地に出かけ、そこで何をするでもなく、ただぼんやりと空を眺める日々が続いていた。村の景色も冬の名残を少しずつ消し去り、春の訪れを感じさせていた。


 そんなある日、村へ珍しく外からの客人が訪れた。それは冒険者の一行だった。村は外れに位置しているため、旅人や商人ですら滅多に訪れない。彼らは近くを通る道を利用するついでに、この村で休憩することになり、数日間滞在するという話だった。


 冒険者……アニメや漫画でしか知らない存在を、まさかこの目で見ることになるとは思わなかった。剣や弓を持ち、旅の疲れを物ともせず堂々とした立ち振る舞いの彼らに、俺は自然と目を奪われた。


 その様子を見ていたじいちゃんが笑いながら言った。


 「ラキ、冒険者が気になるんだろ? 一緒に会いに行かないか? 見てるだけじゃもったいないぞ。」


 そう言われて俺は少し驚いたが、好奇心に負けて頷いた。じいちゃんに連れられ、俺は冒険者たちの元を訪ねることになった。


 宿に入ると、冒険者たちはテーブルを囲みながら笑い声をあげていた。木のテーブルの上にはビールのジョッキや簡単な料理が並べられており、彼らの陽気な様子に村の若者たちも交じっていた。


 「おや、誰か来たな。」


 気づいたリーダーが目を細めてこちらを見た。長い金髪を後ろでまとめた屈強な男で、大剣を背負っている。ほろ酔いで赤らんだ顔は親しみやすさを感じさせた。


 おぉ、冒険者っていうイメージ通りの人だ。

 大剣もある。すごい。


 「じいさん、坊主。その辺に座れよ。冒険者の話でも聞いていかないか?」


 気さくな声でそう言われ、俺はじいちゃんに促されて席に着いた。冒険者たちは四人。リーダーの他に、双剣を持つ軽装の男、弓を背負った女性、そして黒いローブを着た魔術師風の青年がいた。


 「坊主、お前は冒険者に興味あるのか?」


 リーダーが笑いながら言うと、俺は少し緊張しながら頷いた。


 「なら、私たちの話を聞かせてあげましょう! 最近行った冒険なんだけどね……」


 最初に話をしたのは弓使いの女性だった。


 「この間、不思議な洞窟を探索したのよ。普通の洞窟だと思ったら、中は生き物みたいに動く仕掛けがあって、迷路みたいに道が変わるの。」


 「動く……洞窟?」

 

 俺が驚いて聞き返すと、彼女は笑いながら続けた。


 「そう、壁の至る所に魔法陣が書かれていてね、迷路の中を歩くと魔法が発動して、道そのものがずれるのよ。」

 「どうやって脱出したんですか?」

 「うちの魔術師が地図代わりに魔力を放出して、動きを読み取ってくれたの。おかげで出口を見つけることができたけど、危うく一生閉じ込められるところだったわ。」


 次に話したのは魔術師の青年だ。

 

 「俺たちはもうひとつ変わった場所にも行ったぞ。山奥にある”音が反響しない谷”だ。そこではどんな声も音も吸い込まれるように消えるんだ。」

 「音が消える?」

 「そう。どんなに叫んでも、物を叩いても音が出ない。そこにいたのは音を喰らう魔物だった。」


 俺は思わず前のめりになった。

 

 「どうやって倒したんですか?」

 「音を出さない弓で仕留めた。さすがに剣や魔法は使えなかったからな。音が響くと逆に奴が力を取り戻してしまうんだ。」


 リーダーが苦笑しながら補足する。


 「静かに戦うなんて、正直辛かったぞ。普段は大声で戦うのが気持ちいいからなぁ。」


 そう言うなり、ジョッキを豪快にあおり、一気に飲み干した。喉を鳴らす音が響き、最後に「ぷはぁっ!」と息を吐き出す。その顔には満足げな笑みが浮かんでいた。

 

 どれも俺の知らない世界の話ばかりだった。話を聞いているうちに、不思議とあの嫌な記憶と祭りでの出来事は頭から消えていた。ただ、彼らの言葉に夢中になり、次々と質問をしていた。


 やがて夜も深まってきた頃、冒険者たちは次の旅路に備えて準備を始めた。そして翌朝、村人たちに見送られながら、彼らは旅立っていった。


 冒険者たちの姿が見えなくなった後、俺はふと思い出した。この世界に転生したばかりの頃、「旅をしてみたい」「冒険者、魔術師、剣士になりたい」と思っていたことを。トラウマに縛られて、そんな気持ちをどこかに置き去りにしていた自分に気づいた。


 外の世界って、こんなにも広いんだ。

 俺は全然見れてなかったな。

 そういえば前にじいちゃんに、外の世界を見ろ、人と関われって、言われたっけな……


 その日の夜、俺は小さく息をつきながら決めた。


 「もう一度始めてみよう。」


 翌日、俺は秘密基地に向かい、久しぶりに魔術書を開いた。まずは回復魔法から始めるつもりだ。トラウマはまだ重い。でも、それでも足を止めているわけにはいかない。誰かの役に立てる力を、少しずつでも身につけていきたい。

 

 冒険者たちとの出会いが、閉ざされていた俺の心に小さな風穴を開け、そして光を灯してくれた気がした。それが新たな一歩になることを、俺はどこかで信じていた。

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