第6話 事件発生


 攻撃魔法の特訓を始めて半年。

 水属性の攻撃魔法を特訓していた。水属性攻撃である、水球のアクアボールに続いて水弾丸のアクアバレットを習得した。

 

 練習を続けるうちに、魔力切れが発生するのではないかと考えた。

 けれど考えとは反対に、全く魔力切れは起こらなかった。魔力量が多いのか、魔力消費量が少ないのか……。

 子供の俺にも魔力切れがいつ起こってもおかしくは無いと思ったが……。

 

 魔術書では自分の魔力量を知るには特殊な魔道具が必要と記されていた。

 物置部屋なら、ひょっとして……と思ったがガラクタまみれで期待外れだった。じいちゃんにも聞いたが特殊魔道具は持ってないらしい。


 俺の魔力量って膨大だったりして。

 もしかして才能があったりするのかも。

 まぁ、自分の限界は自分で知るしかないか。

 いつか分かるだろう。

 

 そうして日々魔法習得に明け暮れていた時、ある事件が起きた。

 それは、目を背けていたこと、忘れたかったこと。

 過去の記憶が俺を現実に引き戻すきっかけとなった。



 

 ――俺は三歳になった。この村では三歳になると子供の健康な成長を祈る祭りがあった。

 

 村の中心には立派な櫓が組み上げられていた。木材で作られたそれは、村の大人たちが力を合わせて建てたものらしく、村人全員の期待が込められているようだった。


 「今日はラキの成長を祝う大事な祭りだ。たくさん楽しめよ。」

 

 じいちゃんは笑顔で俺の頭を撫で、ばあちゃんも優しく微笑んでいた。


 健康に成長するのは良いことだ。

 中身はどうなるかはわからんけど。


 村人たちが集まり、賑やかに話し、祭りは始まった。色とりどりの食べ物が並び、子どもたちは櫓の周りを走り回っている。俺も少しずつ緊張を解き、料理をつまみながら村の雰囲気を楽しもうとしていた。


 やがて夜になり、祭りの終わりが近づく。櫓に火がともされる瞬間だ。村長が中央に立ち、祈りの言葉を述べる。人々は静まり返った。


 そのときだった。村長が松明を持ち、櫓に火を灯した。燃え盛る炎が木材を包み、一気に明るく夜空を照らす。


 目の前が真っ赤に染まる。

 熱気が肌に伝わるような感覚。


 「……っ!」


 胸の奥が突然締め付けられるようだった。耳鳴りがし、呼吸が浅くなる。視界には、まるであの日の燃え盛る火事が広がっていくかのような錯覚が広がった。


 「ラキ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」

 

 すぐ近くにいたじいちゃんが心配そうに声をかけてくれたが、その声も遠くに感じられた。


 火の光と音がすべてを支配する中、俺は動けず、その場に立ち尽くしていた。身体は震え、何かを叫びたいのに声が出ない。

 

 目の前の炎が、あの日の記憶を呼び起こす。息が詰まり、頭の中は真っ白になる。


 熱い、熱い、また、燃える、また……!


 燃え上がる櫓の炎を見た瞬間、胸の奥で何かが弾けた。視界がぐにゃりと歪み、足元が崩れ落ちるような感覚に襲われる。


 熱い、息が苦しい……


 目の前に広がる光景が消え去り、別の場所、別の時間が一気に押し寄せてきた。


 

 ――真っ暗な部屋。煙が充満する空気。

 何かが焦げる刺激臭と、熱気が肌を刺す。遠くから聞こえる悲鳴や叫び声。


 あの時の俺だ。


 ふと見下ろすと、自分の体はあの時のまま、大人の姿だった。痩せた細い腕が震えているのが分かる。


 「火事だ……誰か! 助けて……!」


 揺れる炎が暗闇を飲み込んでいく。部屋の隅から迫る炎に、恐怖で体がすくむ。息を吸おうとするが、喉に煙が入り込み、咳が止まらない。


 必死で出口を探すが、どこも炎に塞がれている。床が熱で軋み、立っているだけで足裏が焼けるようだ。


 怖い、死ぬかもしれない……


 音がする。崩れる建物の音。上を見上げると、天井が大きく崩れ落ち、炎が降り注いできた。全身が熱に包まれ、痛みと共に意識が遠のいていく……。

 

 次に気づいた時には、全てが終わっていた。黒い焦土だけが残り、命の温かさはどこにもなかった。そして俺も、その世界に存在していなかった。

 


 「……!」


 我に返ると、目の前には櫓が燃えている。目の前の火だけが脳裏に焼き付いている。手が震え、全身から汗が噴き出す。


 あの日と……同じだ……!


 声を出そうとするが、喉が詰まって何も言えない。目を閉じても火の記憶が追いかけてくる。


 周りの人々の姿が薄れていく。代わりに、前世での火事の光景が脳裏に浮かび続けた。 


 全身が震え、喉の奥が焼けつくように乾いていく。呼吸が乱れ、息を吸うたびに胸が痛む。それでも止められない。瞳には炎だけが映り込んで、消せない恐怖が全身を支配していた。


 やめろ、やめろ! 消えろ、消えろ、消えろ!


 誰に向けたものかも分からない、ただ心の中で叫び続ける。身体は力なく崩れそうなのに、頭の中は恐怖の叫び声で埋め尽くされていた。手は無意識に胸元を掴み、爪が食い込むほど力が入る。


 消えろ!


 次の瞬間、空気がピリついたような感覚が広がった。


 「……っ!」


 周囲から驚きの声が上がる。

 

 「火が……消えた!?」

 「なんだ、今のは?」


 瞳に映っていたはずの櫓の炎は、跡形もなく消え去っていた。祭りを照らしていたはずの明るさは失われ、夜の静寂が訪れる。周りには黒く濡れた木材と、微かに水が滴る音だけが残っていた。


 全身の力を失い、膝をついてその場に崩れ落ちた。震える手のひらを見つめるが、そこに残っているのは汗ばむ感触だけだった。


 はぁ……はぁ……

 消えた……

 燃えてない……

 死んでない……

 俺は、生きてる


 「ラキ、大丈夫か!? どうしたんだ!」


 誰かの声が遠くから聞こえる。それでも身体は反応できない。目を閉じても、まぶたの裏に赤く燃え盛る光景が消えない。


 無意識に放たれた魔法。それが自分の手によるものだとは気づかず、俺はただ炎の恐怖と余韻に飲み込まれていた。

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