第4話 始まりの魔法
魔術書を読んでいて気がかりなことがある。それは、異世界から来たただの人間に魔法が使えるのか、ということだ。体は生まれ変わって別物になってはいるが、この世界に適した体なのだろうか。もし魔法が使えなかったら……。いや、マイナスに考えるのはよそう。
考えても答えは出ない。とにかくやってみる。まずは簡単そうな初級の物を動かす魔法「アクトラクト」を試してみることにした。
よし、まずは簡単なやつだ。
出来るようになったら便利だな。
じいちゃんから貰った鹿の模型を目の前に置き、手を伸ばす。掌に力が集まるイメージ、そして鹿の模型が手に引き寄せられるように……。
「運命の糸を辿り、我が問いかけに応えよ。アクトラクト!」
掌に暖かい何かが触れた。その瞬間、鹿の模型がカタカタと音を立てて左右に揺れた。
「おぉ! 動いた!」
引き寄せるとまではいかなかったものの、動かすことが出来た。
よっし! 魔力は備わってる。
俺にも魔法が使えるぞ。
次だ、次は手に引き寄せる。さっきは初めてだったことと集中力が切れてしまったから失敗したんだ。
再度掌に力が集まるイメージをそして鹿の模型が手に引き寄せられるように……。
「運命の糸を辿り、我が問いかけに応えよ。アクトラクト!」
また掌に暖かい何かが触れた。鹿の模型はカタッと音を立てて倒れた。そのまま動かなかった。
あれ? おかしい。
さっきよりもグッと力を入れて強く引き寄せるイメージをしたのに。
うーん……
じいちゃんにコツを教わりに行った。
「じいちゃん、物を動かす魔法を使ってみたんだけど、上手くいかなくて。何かコツとかない?」
畑仕事をしていたじいちゃんはピタっと手を止め俺の方を見た。その顔は目を見開き驚いていた。
何か変なこと言ったか?
もしかしてやってはいけなかったか?
「ラキ、お前もう魔法が使えるのか?」
「うん……」
素直にこくりと頷いた。勝手に使ったのがいけなかったのかもしれない。許可なく魔法を使用するのは規則違反なのかも。
怒られる覚悟だったが、そうではないらしい。
「凄いぞラキ! 二歳で魔法が使える子供は見たことも聞いたこともない! 文字の読み書きも出来るし天才かもしれん!」
立ち上がって俺の肩をバンバンと叩き、満面の笑みでじいちゃんはそう言った。
「魔法使っていいの?」
「何を言ってるんだ。使ってはいけない、なんて決まりはない。」
良かった。ホッと胸を撫で下ろした。ホッとしたところでさっきの質問をもう一度する。
「それで、さっき物を動かす魔法を使ってみたんだけど……」
「あぁ、そうだったそうだった。どれ、見てやるから今やってみなさい。」
じいちゃんは掌から同じ鹿の模型を作った。言われたとおり、さっきの要領でやってみる。じいちゃんは真剣な目で俺を見ていた。
やっぱりダメだ。倒れるけど引き寄せることが出来ない。
「魔力が足りないのかな?」
「いや、そうじゃない。今どういうイメージでやった?」
掌に力が集まって、それで鹿がスっと引き寄せられて来る……そんなイメージ。
「なるほど、コツはな、2つある。1つは全身から生命エネルギーを集めること。ただ掌に集中すればいいというものではない。生命エネルギーは全身から発せられる。頭、腕、腹、足の全身からだ。このエネルギーを足から腕に、腕から掌に、循環させるようにするんだ。もう1つは、その集めた魔力で手の形を作る。その手はお前の分身とでも思っておこう。その手を使って何がしたいのか、それをイメージする。今は鹿に手を伸ばし、掴んでお前の掌に収めるイメージを。」
じいちゃんの助言を受け、俺は再び挑戦した。深く息を吸い込み、両足を地にしっかりとつける。
右腕を鹿の前に出し、左腕は右腕を掴む。頭、足先、お腹、左手の指先、全身に生命エネルギーがあるように。その生命エネルギーを右手に。すると今までのよりずっと暖かい物が右手に触れた。
この暖かいのって、もしかして生命エネルギーか?
そのまま手の形をイメージする。俺の手と重なるように。その手が鹿に伸び、掴む、伸びた腕は縮んで鹿が俺の手に収まる。イメージしながら唱えた。
「運命の糸を辿り、我が問いかけに応えよ! アクトラクト!」
その瞬間、バチンと鈍い音を立て、俺の右手に鹿が直撃した。
「いってぇ!」
思わず右手を擦りながら顔をしかめる。
「おぉ! 出来たじゃないか! 今のは上手かったぞ!」
じいちゃんは拍手をしながら喜んだ。だけど掴み損ねた。今のは手に収まるとしかイメージしていなかった。多分、分身が掴んだまま、俺は俺の右手で掴まなきゃいかなかったんだ。初級だと思って侮っていた。魔力の込め方も、イメージも、案外難しい。
「ありがとう、じいちゃん。もっと練習するよ!」
じいちゃんは「おう、頑張れよ!」と言って背中を叩いた。
初めての魔法は上手くいかなかった。魔力の扱いとイメージの細さ、魔法は奥深いものだと知った。
そうして初級魔術の特訓が始まったのだった――。
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