第2話 異世界生活一年目
ばあさんとじいさんは信仰心が深いようで、毎日俺を連れてあの祠へ向かった。そこで手を合わせ、しばらくすると家に帰る。その後は家の裏に畑があるので畑仕事をする。午後は村へ。たまに森へ出かけて散歩をする。
これが日課だった。毎日同じようなことの繰り返し。それでも、不思議と退屈はしなかった。前世で過ごした日々と違い、何故か毎日が有意義なものだった。
言葉は分からないが俺にたくさん話しかけてくれた。まるで自分の孫のように接してくれるその優しさは、とても暖かく、心地が良かった。
そうしてこの世界に転生してから一年が過ぎた――。俺はすくすくと育ち、おぼつかないながらも歩けるようになった。
歩けるようになって、最初は家の中を探索した。寝室、お風呂、トイレ、書斎、物置部屋。見慣れない道具や家具が溢れていた。
物置部屋ではボロボロな剣と盾が置いてあった。昔は冒険者か何かだったのだろう。年季が入っており、傷がたくさんついていた。
俺もいつかはここを出て、旅でもしたいな。
冒険者……いや、魔術師もいいな。
それとも剣士か……。
物置部屋では他にも手鏡を発見した。そこで初めて自分の姿を見た。
そこにいたのは、短く切りそろえられた柔らかそうな黒髪、薄赤色のビー玉のような瞳を持つ、色白な少年がそこには映っていた。
以前の俺は、身長に対して痩せていて、覇気のない姿をしていた。だからこの見た目には驚きを隠せなかった。
それもそうか。異世界に転生したんだ。
見た目くらい変わっていてもおかしくは無いな。
うん、なかなかいい顔だ。
これは将来期待できるな。
精神年齢に似合わない、幼い姿。この少年はどんな大人になるのか、自分はどんな大人になるのか、まだ想像はできない。けれど、以前のような情けない大人には絶対ならないと、強く思った。
一年で変わったこといえば他に、言葉が少し分かるようになった。食べ物や日用品などの単語、「なに」「どこ」などの疑問形も使えるようになった。
言葉の勉強には書斎がとても助かった。部屋の両側には天井まで続く本棚があり、ぎっしりと本が詰まっていた。奥には机と椅子、それから小さい両開きの窓があった。
使わないのか埃っぽくジメッとしていた。窓を開けたかったが、俺の背では椅子に登るのも難しい。
背が伸びたらここの窓を開けよう。
俺はよく書斎に入り浸った。子供の俺には時間がたっぷりある。小説、絵本、地図、魔術書、魔物図鑑、さまざまな本を手に取った。
・地図 おそらく、この世界の地図が描かれていた。大陸がいくつか描かれており、とても広そうだった。もしこの世界を一周するならとても時間がかかりそうだ。
・魔術書 漫画やアニメに出てきそうな、呪文と魔法陣と、何かの調合について書かれていた。せっかく魔法のある世界へ来たんだ。早く言葉をマスターして魔法を使えるようになりたいところだ。
・魔物図鑑 これも漫画やアニメに出てくる魔物がたくさん描かれていた。ドラゴン、ゴブリン、トロール、などなど。そういえばじいさんがドラゴンの模型を作っていたな。もしかしたらこの世界には実在するのかもしれない……。
書斎に籠る俺を二人は心配していた。普通の子供のようにはしゃいだり泣いたりしないからだ。
なるべく心配はかけないようにしたい……
けど、中身はおっさんのままだし、はしゃぐとか泣くのはちょっと恥ずかしいんだよ……
二人ともごめんよ、心配させて。
じいさんが書斎に入ってきた。床に座って本を広げている俺の横に胡座をかいた。
「本が好きなのか?」
俺はこくりと頷いた。
実際、本を読むことぐらいしかやることが無い。
まぁ、面白いからつまらなくは無いけど。
「そうか、そうか。」
じいさんはニコニコして俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「そうかぁ、本が好きなのか。それじゃあ、小さいお前にはピッタリな本があるぞ。ほれ。」
そう言いながら本棚の中から一冊の本を取り出した。
表紙には「勇者とドラゴンの2000年の戦い」と書いてあった。どうやらおとぎ話のようだ。文字はほとんどなく、絵ばかりだった。
じいさんは俺にこの本を勧めると、また頭をくしゃくしゃとして書斎を出ていった。勧めてくれた絵本を読んでみた。
ある国に勇者とドラゴンがいた。一人と一匹は2000年間勝敗がつかない戦いをしていた。ある時ついに勇者がドラゴンの首を落とした。喜ぶ勇者。しかし目からは涙が零れた。勇者とドラゴンには友情が芽生えていたのだ。勇者は悲しみに暮れ、ドラゴンのお墓を作った。
というストーリーだった。
じいさんに何故これを勧めたのか聞いてみた。
「お前には色んなことを見てもらいたいんだ。本の中だけじゃなく、外に出て、人と関わって、たくさんの世界を知るんだ。そうすれば見えていなかったものが見えるようになってくる。」
人と関わる……見えてなかったもの……か……
何となくだが分かるような気がする。前世でのたくさんの後悔が浮かんだ――。
それから、名前をつけてもらった。どうやら俺は「ラキ」と名付けられたようだ。じいさんとばあさんは俺を呼ぶ時、「ラキ」と呼ぶのだ。
どういう意味なのかは分からない。はたまた意味はないのかもしれない。分かるのは俺がこの名前を気に入っているということだ。この名前が「ラキ」という男の人生の始まりのような気がする。
ラキか。うん、悪くない。
この世界に転生出来てラッキーだし。
なかなか悪くはない。
朝起きたら朝食を取る。次に二人と祠へ行き手を合わせる。帰りは丘へ行って寄り道をする。その後は家へ帰って書斎へ行き、お昼まで本を読む。昼ごはんを食べたらまた書斎へ。夕ご飯を食べてランタンを持って書斎に行く。まるでどこかの小説家のように書斎に籠っていた。寝る前は本を読んでくれるようになった。そうして一日が過ぎていった――。
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