第1話 死と転生


 はっとして目が覚めた。さっきまでゴウゴウと燃えていた炎は消えていて、代わりに辺りは真っ暗闇だった。ジメジメとしていてなんだかカビ臭い。

 

 んん?

 ここはどこだ?

 なにも見えないな。

 

 手足を動かそうとしたか力が入らず、声を出そうにもうまく出ない。

 

 動けないし、声も出ない……

 どうなってるんだ?

 

 おーい! 誰かー!

 誰かいませんかー?

 

 もがいていると突然、闇の中に一筋の光が差し込んできた。眩しさに目を細めた。光の中から誰かが現れた。

 

 「――――――」

 

 そこに誰かがいる。何か喋っているようだが聞き取れない。

 やっと光に慣れた頃、その姿が目に入ってきた。それは小柄なばあさんだった。しわしわで白髪の、おそらく60代か70代くらいの年齢だ。


 誰?

 何してんの?

 ここどこ?

 

 するとばあさんは俺に向かって手を伸ばし、抱き上げてきた。小柄なばあさんが大人の俺を抱き上げられるわけが無い。訳が分からなかった。


 えっ!? おいおいおい!

 何してんだ! ばあさん! 腕が折れるぞ!

 

 ばあさんは微笑みながら何かを言った。

 

 「――――――」

 

 何か言っているが相変わらず聞き取れない。俺は何がなんだか分からず、手足を使ってどうなっているのか伝えようとした。

 目の前に見えたのは、小さく、か細い――まるで赤ちゃんのような手だった。

 ばあさんは、ニコッと笑い、その手を握った。ばあさんのしわしわの手の感触がある。


 なんだこの手。

 赤ちゃんの手?

 触られてる感触はある……

 俺の手、なのか?

 火事のせいで身体が縮んだのか?

 もしかして夢?

 

 「あー、あうー」

 ちょっと! ばあさん!

 

 声を出そうとしてみるが、漏れ出たのは赤ちゃんのような声だった。

 ばあさんは嬉しそうな顔をして俺を抱きしめた。

 

 「あぅ、あうー、あー」

 何がどうなってるんだよ!?

 

 少し紫がかった不思議な色をしたばあさんの瞳に、その正体が映る。

 白くふわふわしている天使。紛れもなく生まれたばかりの赤ちゃんだった。

 

 はっ!? えっ!

 俺……赤ちゃんになってる?

 嘘だろ!?

 そんなこと、ある訳ない!

 やっぱり夢だ!

 うん、これは夢!


 俺はパニックになって手足をバタつかせた。ばあさんはそんな俺を見てあやし始めた。


 よしよしよし、いい子だねぇ…………じゃあないんだよ!

 どうなってんだ!

 

 ちょっとしたノリッコミをしながらも、状況を把握しようと周りを見渡すと、所々コケが生えた古そうな祠があった。


 これは……祠?

 うーん……もしかして……俺はここで目覚めたのか?

 どゆこと?

 

 落ち着いて深呼吸をし、何とか状況を理解しようとした。


 えぇっと、まず俺は一度死んだ。うん、多分。

 それでどういう訳か赤ちゃんの姿で生まれ変わった。

 あの、あれだ、小説とかアニメでよくある転生ってやつだ。

 で、ここは転生先のどっかの田舎で、ばあさんは祠に参拝か何かでここへ来ていて、たまたま俺を見つけた。

 ……それにしてもなんで祠なんだ?

 普通こういう生まれ変わりって両親が暖かく迎えてくれるんじゃないか?

 

 いろいろ疑問が尽きないが、ばあさんは俺を抱き直し、歩き出した。どこに向かっているのか分からないが、この自由のきかない体ではどうしようもない。

 

 辺りには木々と草花が生えている。鳥が鳴いていた。風が木々の間を抜け、俺の頬を優しく撫でる。

 

 この空気を俺は、以前にも感じたことがある。多分、それは、夏の始まりのような、雨上がりの澄んだ空気のような、ワクワクとした高揚感。淀んだ生活の中で、唯一の爽やかな空気。

 

 少し歩いたところで、ばあさんは立ち止まった。俺は辺りの景色に目を奪われた。

 ここはどこかの山なのだろう。遠くに街と湖を見下ろせた。朝なのか夕方なのか分からないくらいの時間帯だった。湖が太陽の光を反射しキラキラと輝き、街はオレンジ色の光に包まれていた。


 すげぇ……綺麗だな。

 こんな景色を見たことがあるような……

 

 どこか懐かしく感じる空気。生きてきた中で一番美しいものだった。

 何故だか涙が出てきた。


 あ、あれ? なんか……涙が……

 どうしたんだ、俺。

 転生して中身も変わっちまったか?


 ぽろぽろ目から涙が零れ落ちた。それはばあさんの手を伝う。ばあさんは俺の顔を覗き込み、優しく俺の涙を拭ってくれた。


 俺はこの景色を忘れないよう、目に焼き付けた。ばあさんは俺にこの綺麗な景色を見せたかったのだろうか。

 

 しばらく歩くとばあさんが住んでいるであろう、村に着いた。地面は舗装されておらず、蔦のはった石造りの建物が何軒か見えた。そのうちの一軒がばあさんの家だった。

 家の裏手には畑があり、そこでばあさんの夫らしきじいさんが畑を耕していた。じいさんは赤ん坊の俺を抱いたばあさんを見てとても驚いていた。

 

 そりゃ驚くだろうな。

 どう考えても子供を産むような歳じゃない。

 拾ってきたのか、はたまた誘拐してきたのか、疑うのが普通だな。

 

 二人は家の中へ入り俺を見ながら何か話し合っているようだった。ばあさんは何か訴えるような仕草をし、じいさんは腕を組んで考え込んでいた。


 俺をここで育てるかどうか話しているんだろうな。

 俺、どうなるんだろう。

 この二人に育てられるのかな。

 なんだか不安になってきた……

 

 日が暮れ始めて辺りが暗くなってきた。じいさんは立ち上がり壁側に両手を見せた。

 

「―――――」

 

 何か一言発した。すると辺りの照明に明かりが灯った。室内は一気に明るくなった。

 

 ん? なんだ? 何をした?

 部屋がいきなり明るくなったぞ?

 スイッチ……を入れたようには見えなかったな。

 

 俺は驚いて声を出していた。最も、言葉には出来ていなかったが。

 

 驚いた俺が手足をバタつかせていると、じいさんは何かを思いついたのか俺に近づき掌を見せ、

 

「――――――、――――」

 

 また何か喋った。

 

 じいさんの手からグニョグニョした物体が現れた。それは動物の形になった。鹿だ。グニョグニョした物体は茶色で木のような素材になった。

 目を丸くしている俺をよそにじいさんは次々とグニョグニョした物体を手から出し動物を作り出した。

 鹿、豚、犬、鳥といった動物だ。それから……おそらくドラゴン。翼が生えていておおきな口を開けている。

 じいさんは自慢げな顔をしていた。

 

 さっきの明かり、この謎の物体、もしかして魔法……なのか?

 いやいや有り得ない。

 そんなおとぎ話みたなことあるはずがない。

 …………いや、待てよ……

 

 一度は否定したが、俺は一度死んで赤ん坊の姿で生まれ変わっている。有り得ないことが実際に起きていた。有り得ないことが、既に起こっているのだ。

 

 何か発したのは詠唱、明かりをつける魔法と、物を作り出す魔法……。異世界転生。この言葉が今の状況を説明するのにピッタリだった――。

 

 

 そして、ばあさんに拾われてから一ヶ月が過ぎた。

 一ヶ月の間で色々なことが分かった。

 まずこの家にはばあさんとじいさんの二人で暮らしていて、子供はいない。言葉が分からないので何を言っているのか分からないが、俺の世話をしてくれている。最初は俺をここで育てるのに反対そうだったじいさんも、今では俺のことを可愛がってくれている。

 

 村は小さく、おそらく30~40人ほどしか住んでいない。子供や若い人は数人、ほとんどが老人だった。突如として現れた赤ん坊を見て村人は戸惑いを見せていた。老人のもとに生まれたばかりの赤ちゃん、ほとんどの人は代わるがわる家に訪問して来ては俺の事を観察していった。

 村の周りは木々で生い茂り森の中にあった。野生の動物もたまに見かけた。空気は美味しくまさにのどかな田舎だった。

 

 そして、俺が今いる場所について、驚いたことにこの世界は魔法の世界だった。魔法が生活の一部になっており、魔法によって物を動かしたり、明かりをつけたり、水を出したりしている。俺の知る現実とは明らかに異なっていた。ただ生まれ変わったわけではなく、魔法の世界へ転生していた。

 

 最初は戸惑った。どうして俺が? 何でここに? 疑問だらけだった。けど、俺にはじいさんとばあさんがいる。言葉を交わすことは出来ないけど、なんだか心で通じている気がする。

 

 この世界のことは少しずつ知っていこう。だってまだ俺は、生まれたばかりなのだから。

 

 子供の頃夢見ていたような世界が、今こうして目の前に広がっている。

 

 俺の「人生」が始まった。

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