4 小さなプリースト

 父のところへ走っていこうとしたペルを、山の中で出会った六人パーティのメンバーがかばうように立ちはだかって制止した。剣士の男がペルに向かって怒鳴る。


「何してる! 危ないから下がっていろ!」


 剣士はゴーレムに切りかかり、背後から魔導士が炎の塊を飛ばす。

 攻撃を受けたゴーレムはますます我を失い、暴れだした。


「あ、ペルのペンダント!」


 盗賊の腰にかかっていた、自分のものであるはずの赤い石を見つけて、ペルは叫んだ。


「ペル、今はそんなことを言っている場合じゃない。あとで取り返してやるから、おまえは逃げろ」


 レイが厳しい声でペルをたしなめ、後ろに下がるよう身振りで示したが、ペルは退こうとしなかった。


「お父さんはあの石に反応して奴らを追って、抜け道から村に降りて来たんだ! だってあれはお母さんの石だから! ペルを迎えにきたって言ってる!」

「そういうことか。厄介なことになっちまったなあ。レイ、どうするよ?」


 サリアの問いかけに、レイは戸惑いを隠せない声で答えた。


「村人が目の前で襲われているんだ。助けないわけにはいかないだろう」


 剣を構えたレイの裾を両手でつかみ、ペルが訴える。


「やめて、勇者様! お父さんを、みんなを殺さないで!」


 ペルの懇願を聞いて、レイは剣を持った手の力を緩め、立ち尽くした。


 その今にも泣きだしそうな瞳に、まるで自分の姿を見ているようだと思った。


 魔王を殺せ、と怒号を浴びせる民たち。

 あのとき自分の心が、嫌だ、と叫んでいた。



『やめてくれ。リーベを殺させないでくれ』


『やめて、お父さんを殺さないで』



 かつての自分とペルの声が、重なる。


 脳を貫くような、破壊の音が目の前で響き渡っている。ゴーレムが腕を振りまわし、家の煉瓦れんがを叩き割っている。石と石のぶつかる音だ。

 教会の柱をなぎ倒す、木の割れる音が続く。畑や地面をひっくり返す、土の破裂する音。人々の悲鳴。



『私は、勇者だ』


『でも、リーベは友人なんだ』



 心に言い聞かせると、心が跳ね返してくる。

 勇者は、そこにとどまったまま、動けなかった。


「ペル!!」


 聞き覚えのある叫び声に、時が動きだす。


 ペルの姿を見つけたシスターがこちらに向かって走ってくる。だが、年老いた彼女は建物の破片に足を取られ、道端に倒れ込んだ。


 すぐ近くにいたゴーレムが、その体に腕を振り下ろそうとした。


「シスター!」


 ペルが両手をかざして呪文を唱えると、一瞬、電撃のようなものが走った。拘束魔法だ。

 ゴーレムは手を振り上げた格好のまま、その場に固まった。


 ペルはシスターの元に走り、彼女の手を取ると、レイに向き直って声をあげた。


「勇者様、ペル、戦うよ。お父さんたちと戦う。だって村の人は、何も悪いことしてないもん。ペルを迎えにきてくれたけど……攻撃してるのは、お父さんたちのほうだ」

「ペル、無理をせずさがっていろ」

「無理じゃない。今のペルは、勇者パーティの聖職者プリーストだから! シスターを、村のみんなを助けなきゃ……!」


 決意の言葉に反し、瞳には涙がにじんでいる。

 いつのまにか背後にいたサリアが、勇者にそっと耳打ちした。


「おい、レイ。多分だけどな、なんとかなるかもしれねえぜ。とりあえず倒せ!」

「なっ……どういう意味だ?」

「説明してる時間はねえ。俺を信じられるか?」

「……わかった。おまえは私の最初の仲間だ。信じよう」


 レイはまだ戸惑いを抱きながらも頷き、剣を天に掲げた。


「暁よ、力を貸してくれ」


 勇者の剣が、輝きを帯びる。

 白く燃え上がるような光をまとった剣は聖なる力に満ち、まるで生を与えられたようだった。


 すとん、と音がして、レイが一歩を踏み出したように見えた次の瞬間、シスターとペルの真上にいたはずのゴーレムの体は二つに分かれていた。

 黄土色をしたゴーレムは少しだけよろめくと、その場で砂となって崩れ落ちた。


「あれが伝説の勇者の剣か。やるねえ」


 戦いの場から離れたサリアが口笛を鳴らす。


 六人組パーティも勇者のサポートに回り、村はゴーレムと人間の戦いの場となった。刃が石を裂く鋭い音が響き、魔導士の魔法陣がいくつも宙に描かれる。

 ペルはもう一人の聖職者プリーストとともに怪我をした村人の治癒をし、戦う者たちの身を防御魔法で守っていた。


 最後まで残っていたのは、ペルが父と呼んだ、ひときわ巨大なゴーレムだ。

 魔法陣から炎が飛ぶ。弓の雨に、斧の一撃。

 そして剣士と勇者の、最後の一閃。


 レイが剣を革製の鞘におさめたそのとき、ゴーレムは砂となった。

 村人が歓声をあげて、レイの下に集まってくる。怪我人は多くいたが、全員が生きていた。


「勇者様、剣士様、村を救ってくださり、ありがとうございます」


 口々に感謝の言葉を述べ、互いの無事を喜んだ。


 村人の相手を剣士の男に任せ、レイはペルの傍へと向かった。

 ペルは砂となったゴーレムの上で、じっとたたずんでいた。その後ろに立ち、レイはペルの頭に手を置いて言った。


「何が正しいのか、私にもまだわからないんだ。だが、ひとつだけ確かなことがある。おまえは強い。私よりも、ずっと」


 戦いの最中は耐えていた涙が、幼い聖職者プリーストの頬に流れた。


「レイ! ペル!」


 壊れた民家の向こう側から現れたサリアが、二人の下に走ってきた。


「サリア、どこに行っていた。信じろなんて言っておいて、戦いの最中に姿を消していただろう」

盗賊シーフの仕事をしていただけさ」


 呆れた声で言うレイに、サリアは得意顔で笑った。


「ペル」


 サリアに名を呼ばれて、ペルは顔をあげた。


「これで最後だな。ペルの父ちゃんの分」


 砂を手でかき分けて青い宝石を探し出すと、ペルの小さな手のひらの上に置いた。


「これは、お母さんのと同じ……」

「えーっと十八、十九、ちょうど二十個か。全部あるはずだ。あっちの盗賊が盗んだペンダントもちゃんと盗み返しといた」

「この宝石が、なんだというんだ?」

「種明かしをしてやるよ」


 フン、と顎をあげて盗賊は得意げに笑う。


「ゴーレムは土くれでできた傀儡かいらいの魔物だ。生まれて年月の経った宝石にその土地が持つ思念が宿り、ゴーレムを動かすんだ。だから本体の宝石が壊れない限り、肉体に死の概念はない。おまえの父ちゃんはもちろん、昔死んだ母ちゃんだって、生き返るんだよ。その石さえあれば、何度でもな」

「ほんと!?」


 顔をぱっと明るくさせて、ペルがサリアにしがみつく。


「ああ。それには長い年月が経過するか、強い魔力マナを浴びせる必要があるらしい。おまえが強くなって、いつか生き返らせてやれ」

「ペル、やるよ! もっと魔力マナを高めて、お父さんとみんなを生き返らせる!」


 二十個の宝石の宝石を大事そうに抱え、ペルは笑った。


「……おい」

「なんだ、レイ。ご活躍だったな」

「おまえ、そういうことはもっと早く……」

「前回はレイに良いとこ持ってかれたからな、お返しだ。俺にも恰好つけさせろよ」



 老いたシスターは、ペルが勇者の冒険についていくことに反対しなかった。

 彼がゴーレムに育てられた子どもであることは、村の誰もが知っている。もうペルがここにいられないことを、彼女はわかっていた。


「この子を、よろしくお願いいたします。勇者様御一行に自然神のご加護がありますように」


 そう言って、深く頭をさげた。


「先はまだ長い。次の土地に行こう。サリア、ペル」


 勇者の一行は、これで三人となった。

 旅は、まだ続く。

 魔王の下に辿りつくまで。

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