第三章 ペル

1 亜人

 獣と魔物の線引きはなかなか難しい。

 知能が高ければ魔物、魔力をそなえていれば魔物、異形であってもまた魔物だ。

 カトラリア王国学術会が発行している図鑑で細かく分類されているが、冒険者にもその区別がつかないことがある。


「団員と密林に宝探しに行ったときの話だけど、絶対に魔物だと思ったんだよ。手を使って石を投げてくるし、見た目もバケモノみたいだったしな。だがそいつを本で調べたら、ゴリラっていう獣だった」

「食えるのか?」

「肉が硬そうだったから、どうかな。でも毛皮は使えそうだったぜ。すばしっこくて、すぐ逃げられちまったけど」


 宝探しの冒険談を話しているのはサリア。

 盗賊団の団長だったが、仲間たちに裏切られ、勇者に窮地を救われたことがきっかけで共に旅に出ることになった。

 話を聞いているのが伝説の『暁の勇者』であるレイ。

 まだ、たったふたりだけのパーティだ。


「でも、獣は面倒なんだよ。国の定めた保護法があるからな。魔物はいくらぶっ倒しても無罪だ。それどころか懸賞金がもらえる」


 貧民街生まれで、食うために幼い頃から世間に揉まれてきたというサリアは物をよく知っている。

 盗賊シーフらしく細身で、勇者よりいくらか背が低い。子どもっぽい挑発的な笑い方をするのでレイは自分より年下だと思っていたが、実際は二つ上の二十五歳だった。

 赤茶色の髪には癖があって毛先がはねている。そして、斜にかまえた緑の瞳には、燃えあがるような情熱を秘めていた。


 平気そうに振舞っているが、仲間に裏切られて、彼らを失ったことはまだ受け止めきれてはいないのだろう。サリアは仲間たちがまだ生きているかのように話をするからだ。レイはそう感じていたが、触れなかった。


 勇者は無口で、静かな男だ。戦いにもその性格はよく表れていて、両刃剣を使用しているのにもかかわらず防御を主とし、最小限の動きで敵を斬る。

 黒くて長い髪に青い瞳。その瞳の奥には、どこか憂いの影がある。


 正反対のふたりは出会った時こそ剣を交えたが、不思議と馬が合った。


 はじまりの街を出て、サリアと共に道中魔物を倒しながら北へと向かっていた。旅の目的地は先代の勇者だった父から何度も聞かされている。

 国王のいる首都カリナンからずっと北。さいはての地に、上級以上の魔物だけが住まう古代都市ユリーカがある。『竜魔王』がいるのはその上空、雲に隠れた浮遊する魔城である。


 魔王として復活したのは、レイと一緒に育った友人のリーベであった。彼とふたたび対面したときにどうするのか、レイはまだ答えを見つけていない。

 そもそも今のレイでは魔王の城にすら辿りつけない。あの日、儀式の間で力の差を嫌というほど肌で感じた。取り巻きの魔物ですらまだ倒せやしないだろう。

 今できるのは、少しでも強くなることだけだ。


 人の住む街から少し離れれば、魔物や獣たちがうろつきまわっている。

 人里を荒らす魔物には、サリアが教えてくれたように懸賞金がかけられていることも多く、旅の資金を集めながら戦いの経験を積んでいく。


 ゴブリンと呼ばれる小人型の魔物を何体か倒して一息ついたあと、サリアが額にたまった汗を拭いながら不満そうに言った。


聖職者プリーストでも学者スカラーでもなんでもいいけど、回復魔法を使える仲間が欲しいよなあ。あと遠距離でダメージ与えてくれるやつ。剣使いがふたりじゃ体力の消耗がハンパない。それから魔導士ウィザードのいないパーティなんて華がねえし」

「お前は攻撃を避けられるから、ダメージはあまり受けないだろう」

「動きが多い分疲れるんだよ!」


 サリアの反論に、レイは「文句の多いやつだ」と笑った。


 正式な冒険者となるには、職業を登録して国に申請が必要となる。戦士ウォーリアー魔導士ウィザードなどの戦闘職は、補助職の仲間を集ってパーティを組むのが一般的だ。

 盗賊シーフは宝探しをするトレジャーハンターの通称であり、解錠や探索、潜入を得意とする。サリアのように盗賊団出身で足を洗って冒険者となった者が多いため、そう名乗るようになったのだ。


 バランスのいいパーティを組むには魔法職も重要だ。

 レイとサリアはどちらも魔法が使えない。剣の才能よりももっと顕著に、魔法は本人の素質による部分が大きく、性格や育った環境、生まれながらの向き不向きが関わってくるのだ。


 とくに傷や病気を治癒する回復魔法は使える者が少ないため、教会が見込みのある者を幼少時から教育している。聖職者プリーストはいつかレイと旅に出るためにリーベが志していた職業である。実際に、彼は国民から慕われる立派な司祭になった。

 リーベは誰もが認める回復魔法の使い手だった。彼がここにいてくれたらと何度も頭をよぎったが、今は自分の剣の腕を磨くことだけ考えようと、レイがそう思ったときだった。


「危ない!!」


 背後から、甲高い声が聞こえた。

 振り向いた瞬間、レイの足元で土がせりあがり、壁が作られた。


「よっと」


 壁の向こう側でサリアが何かを斬る音がした。土壁はすぐに崩れ落ち、地面でただの土くれとなった。

 視界が開けると、サリアの前にゴブリンが三体地面に倒れているのが見えた。


「なんだ? 今の壁は」

「たぶん、あいつの仕業だ」


 サリアが指を差した先には、十歳くらいの小さな子どもが立っていた。両手を前に突きだした格好で口を固く結んでいる。


 その少年を見て、レイは鋭い動悸が胸を鳴らすのを感じた。

 幼い頃のリーベにそっくりだったのだ。違うのは金の髪がまっすぐなこと、瞳が碧眼ではなく琥珀色なことくらい。もっとも魔王となった今、瞳は紅く染まってしまったけれど。


 青年たちにじっと見下ろされて怯えた少年は、急いで身を翻して逃げようとした。その襟元をサリアが素早く掴んで体ごと持ちあげる。


「おいガキ、さっき何したんだ?」

「はなしてよ! ゴブリンが勇者様に襲いかかるのが見えたんだ! だから土の防御魔法で勇者様を守っただけだ!」


 少年をじっと見つめるレイを、不審に思ったサリアが尋ねた。


「なんだ、レイの知り合いか? このガキ」

「いや、人違いだ。……思ったほど似ていなかった」


 リーベと違ってくるくると表情が変わるその子どもを見て、レイは安心したような、残念なような気になった。


「あほか、ガキ。視界を遮ってどうする。しかもあんな弱い敵に防御なんていらねえんだよ」


 呆れた顔のサリアにそう言われて、少年は拗ねた表情でそっぽを向いた。よく見ると、その少年が普通の子どもと違っていることに、レイは気づいた。

 

「……この子ども、耳と尻尾が生えてるぞ」


 少年の頭の上には耳がぴんと立ち、服の隙間からはキツネのような太く柔らかい尾が覗いていた。


「おい、ガキ……まさか、亜人か!?」


 驚いた声でそう叫んだサリアに、レイが尋ねる。


「亜人? なんだそれは」


 はぁ、と深いため息をついてサリアが言った。


「ほんと、あんたってなんにも知らないよな。まあ貴族様でお坊ちゃんだから無理もないか。亜人は裏の世界に放り込まれた住人だからなぁ」


 少しむっとしたレイに気づかないふりをしてサリアは続けた。


「亜人は簡単に言や、人間と魔物の混血さ。魔物に異常な興味があってハマっちまう人間ってのはたまにいるんだ。その結果、ごくまれに適合して子どもが生まれ落ちることがある。よっぽど肉体構造の相性が良けりゃね。それが亜人さ」

「そんな話、聞いたこともないぞ……」

「魔物退治を推奨する国は必死に存在を隠したがってるし、行きつく先は国による密かな処分か、悪趣味な金持ちのおもちゃさ。俺も亜人を見るのは数年ぶりだ。貧民街にはたまにいたがな」

「いいからはなしてよ!! 盗賊!!」


 少年は手を振って暴れて、サリアの手を逃れようとした。


「しかし亜人がこんなところに堂々といるもんだなー。近くの村まですぐだぞ」


 サリアが少年を地面に放った。


「いたた」


 雑に投げられた少年は、恨めしそうな顔で睨んでいた。


「ペルは村に住んでるんだ!」

「ペル? お前の名か?」


 そうレイが尋ねると、少年は笑顔を向けて答えた。


「そうだよ! ペルだよ」

「ペルでもペロでもいいけどよ、村に住んでるって、村人がおまえを匿ってるのか?」


 サリアの質問に「盗賊には答えたくない」と舌を出し、レイに向かって言った。


「ねえ、勇者様の冒険に連れてって! ペルは回復魔法も防御魔法も使えるよ!」


 少年の意外な言葉に、レイとサリアは顔を見合わせた。


「ペルは、お父さんに会いたいんだ!」

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