3 最初の仲間

 サリアは天井裏から屋敷に侵入し、仲間との打ち合わせどおり、自分の担当する部屋に忍び込んで獲物を物色していた。

 あらかじめ用意していた革の袋に入れられるだけの金貨と貴金属を詰めていく。


 お宝の鑑識眼には自信があるほうだ。サリアは貧民街の生まれだが、幼い頃から美術品の贋作をこしらえたり、売りさばいたりして生き抜いてきた。

 すべて、本物。泥棒よけの下手くそな模造品は一目でわかるし、金持ちがどんなところに本物を隠すのかも、経験から知っていた。


 ──眩しい。


 そう思ったとき、彼は条件反射で逃げだす姿勢をとっていた。

 だが、冷静な動きの半面、混乱もしていた。誰かが部屋のランプを点けるほど近くにいるならば絶対に気づくはずで、突然の明かりに一瞬思考がついていかなかった。

 さっきレイが後ろに回ったときだって、驚いたふりをしただけで本当はわかっていたのだ。敵意を感じなかったのと、自分のスキルは隠す癖が身についているだけなのである。


 点いたのは部屋の中のランプではなかった。

 窓の外で、圧倒的な数の火が燃えていた。


 松明を掲げていたのは、顔を完全に覆う兜を被った金色の騎士たちだった。


「こいつら、まさか……国王軍⁉」


 国王軍は、首都カリナンで任に就く騎士たちの中でも、選りすぐりの精鋭たちで作りあげられた騎士団だ。本来は他国との戦争が起こった際や、国王の身に危険が迫ったときにだけ出動するはずの特殊部隊だった。


「なんで、こんな奴らが……⁉」


 数人の騎士が武器を携えてサリアのいる部屋になだれ込み、彼をひっ捕らえて、庭で待っていた屋敷の主の前へと突きだした。

 太った貴族の男の後ろでは、アード・ウルフの団員たちが縄で体を縛られ、捕らえられていた。


「驚いたかね、サリアくん」


 男は大粒の宝石がついたいくつもの指輪をちらつかせた。


「金があればね、なんだってできるんだよ。国王軍を動かすことすらね。もっとも、象が蟻を踏むようで、少々あっけなかったがね」

「正気かよ。たかだか盗賊の一団に、国王軍なんか……!」

「おや、義賊と名乗らないのかね」


 サリアを見下ろして、馬鹿にするように大きな声で笑った。


「まあ君の言うとおり、たかだか盗賊風情だよ。君たちを潰すなら、わたしの私兵で十分だ」

「じゃあ、なんで……」

「君は、自分の首に賞金がかかっているのを知っているかね?」

「盗った金はばらまいてんだ。たしか二千ブラも超えてないはずだ」

「盗賊の団長としてではないよ。自分の出自を知らないなら、それでいい。そのまま死ぬがいい」


 騎士のひとりに「あとは頼んだよ」と言って、貴族の男は屋敷へと入っていた。


 しばらくの間、静寂が訪れる。

 松明の炎だけがうるさいほどに煌々と燃えていた。

 長槍の持ち手を地面につけたまま動かない騎士たちに向かって、サリアが叫んだ。


「あんたたちは、国王を守るためにいるんじゃないのか⁉ 金のためなら何だってやるのが国王軍の本性かよ!」


 先頭に立っていた黄金の騎士が、静かな声色で答えた。


「志が高くて、結構。なぜ今夜の襲撃計画が漏れていたと思う?」

「知るか、んなこと」

「おまえだけなんだよ、団長さん。その破れそうなポケットに宝石のひとつも仕舞わず、馬鹿正直に貧民に捧げているのはな。どうやら彼らはこれ以上、ケチな団長さんについていきたくないようだ。全員、金で簡単に協力してくれたよ」

「てめえらが、俺を売ったのか……⁉」


 サリアは、仲間たちをひとりずつ睨みつけた。


「俺と一緒に、この国を変えるんじゃなかったのかよ⁉ カトラリアの民を守るのは国王じゃない、貴族でもない、ましてそいつらの犬でしかない勇者でもない! 革命を起こすのは、俺たち平民なんだ‼」


 盗賊団は顔を伏せて、自分たちの団長のほうを見なかった。騎士が冷たい声で言う。


「ご高説ありがとう。しかし残念ながら、その革命は実行されることもなく、おまえはここで死ぬんだ」


 騎士は立てていた槍を振りあげると、盗賊に向かって切っ先を下ろした。

 だが、血を流して倒れたのはサリアではなかった。かつてのサリアの仲間のひとりだ。


「な、情報を漏らせば、おれたちはまともな暮らしをさせてもらえるんじゃなかったのか⁉」


 その問いかけに答える者はいなかった。始まったのは戦いですらない、一方的な処刑だ。

 縄を必死で外して庭中を逃げまどう盗賊たちを、金色の騎士は音をほとんど立てることもなく処分していった。


 そのとき甲高い女の声が響いた。外の異変に気がついたメイドが、屋敷から出てきてしまったのだ。姿を見られた騎士は、ためらいもなく若い女の召使いに槍を振りおろそうとした。

 サリアは叫びながら、懐に隠し持っていた短剣で、騎士の槍を弾き返した。メイドの手を引いて走ったが、出口はどこも封鎖されていた。

 鎧の擦れた音が聴こえてくる。国王軍が走って追ってきている。


「こっちだ」


 背後からしなやかな手が伸びてきて、サリアと召使いの女を茂みへと引き込んだ。


「あんた、たしか……」

「レイだ」

「レイ! いたならもっと早く助けろよ‼」

「こう騎士が多くては身動きが取れない。だが、助ける方法なら今見つけた」

「⁉ おい……」


 国王軍の前に堂々と出て行くレイを、サリアは呆気にとられて眺めていた。

 騎士たちの間に、ざわめきが起こった。


「レイ様……⁉ 勇者様が、何故このようなところに⁉」


 騎士の放った言葉に、サリアが息を飲む。


「勇者って……まさか『暁の勇者』のレイか⁉」


 青い鎧を着た勇者は落ち着き払った声で、国王軍の小隊長を問いただした。


「旅の途中だ。騒がしかったので寄らせてもらった。国王軍が国命以外で動くなど、どういう経緯か説明してもらおう」

「お言葉ですが、これは屋敷の主との利害を利用しただけで、国王直々の正式なご命令なのです! アード・ウルフの団長を殺せと!」

「団長? こいつか?」


 勇者は植木の後ろから、黒いスカーフを顔に巻いた赤茶色の髪の男を引きずってきて、騎士の前に差しだした。


「あ、ない」


 サリアは自分のスカーフを探ったが、いつの間にかなくなっていた。


「あら、まあ」


 召使いの女が声をあげる。


 レイが差しだしたのは、サリアのスカーフを顔に巻いたまったくの別人である。

 処刑された団員の中に、似たような髪色と体格の男を見つけて身代わりにしたのだ。


「じきに夜が明ける。事情は理解したが、おまえたちの出動を民に知られては困るだろう。早く引き上げたまえ」

「ハッ」


 きっぱりとしたレイの威厳に、国王軍はそれ以上何も言わずに引き下がった。

 暁の勇者はこの国の騎士たちの頂点だ。世間知らずな貴族のお坊ちゃんが、まさか国王軍すら逆らえない勇者だったとは──サリアはぽかんと口を開けていることしかできなかった。


 軍が退却の準備をしている最中、後ろのほうで様子をうかがっていた若い騎士がレイに近づいてきて声をかけた。


「勇者様」

「どうした」

「失礼を承知で申し上げますが、民の中には不遜にも勇者様に不信感を抱いている者もいるようです。ですが、我々カトラリアの騎士は『暁の勇者』を目標とし、尊敬しているのです」

「そうか……ありがとう」


 力ない微笑みを作って、レイは言った。


「私の祖父は、過去に竜魔王がもたらした混沌の経験者です。祖父にとってはどれほどの時が経過しても忘れることのない、つらく、凄惨な記憶です。レイ様が竜魔王を倒してくださると、心から信じております」


 足並みを揃えて、マントで鎧を隠した金色の騎士たちは首都へと帰っていく。

 レイとサリアは連れ立って、悪趣味な貴族屋敷を後にした。


 夜が、明けようとしていた。

 丘の向こう側から、暁の光がのぼってくる。


「勇者のくせに、えげつないことするよなぁ。俺の仲間の死体を利用するなんざ」

「助けろと言ったのはおまえだろう」

「いや、ていうかなんで勇者のあんたが俺を助けたんだよ! 国王側の人間だろ⁉」

「助けろと言われたからだ」

「はぁ、わけわかんね」

「私は、未熟な勇者なんだよ。魔王を倒す力もないし、何が正しいのかもまだわからない。まして旅に出ている理由は、友人を助けたいというただひとつの私情だ」

「なんつーか、大変なんだな、あんたも」


 レイは昔のような凛々しい微笑みで、サリアに言った。


「サリア、おまえに興味があるんだ。民を守るため、この国を変えたいと言ったおまえに」

「俺もあんたの私情とやらには興味があるな。勇者という存在がどこに向かうのかも。でもいいのか? 事情はわかんねえけど、俺、賞金首らしいぜ」

「おまえはさっき死んだんだ。国王の前に転がされて、あの屋敷の主人の懐に莫大な賞金が入る、それだけのことだ。まさか勇者のパーティにお尋ね者がいるとは誰も思わないだろう?」

「そりゃそうだ」


 ふたりははじまりの街を出て、次の場所へと向かっていく。

 街の名前のとおり、冒険はまだ始まったばかりなのだ。

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