第2話『雪の侵食』
私は雪に追われていた。そう言うと奇妙に聞こえるだろうが、これは比喩ではない。文字通り、雪が私を追っていた。
始まりは単純な出来事だった。私が部屋の窓から外を見ていると、雪が降り始めた。普通の雪だった。しかし、よく見ると、窓ガラスに付着した雪の結晶が、すべて同じ形をしていることに気がついた。六角形の規則正しい形。まるで工場で大量生産された部品のように均一だった。
不思議に思って窓を開けると、雪は部屋の中に流れ込んできた。私は慌てて窓を閉めたが、すでに床には薄い雪の層が広がっていた。掃除機で吸い取ろうとしたが、雪は溶けなかった。室温は20度以上あったはずなのに。
さらに奇妙なことに、雪は徐々に広がっていった。まるで生物のように、じわじわと部屋の隅々に這って行く。私は雪を箒で掃き集めようとしたが、集めた雪はすぐにまた広がり始めた。
電話で管理人を呼ぼうとしたが、受話器を取ると、そこからも雪が零れ落ちてきた。白い結晶が、まるで砂時計の砂のように流れ出てくる。慌てて受話器を置いたが、机の上にはすでに小さな雪の山ができていた。
恐ろしくなった私は、玄関に向かった。しかし、ドアノブに手をかけた瞬間、それが雪で作られていることに気がついた。六角形の結晶が幾重にも重なって、ドアノブの形を模していたのだ。触れた指先に冷たさはなかった。
振り返ると、部屋の家具や壁紙までもが、すべて雪で作られた複製に置き換わっていた。本棚の本も、机の上の書類も、ペン立ても。すべてが白い結晶で構成された偽物になっていた。
そして今、私は自分の手を見ている。指先から、少しずつ、雪の結晶が広がっていくのが見える。均一な六角形の結晶が、皮膚を覆っていく。痛みはない。ただ、どこか懐かしい感覚がある。
まるで、これが本来あるべき姿だったとでもいうように。
私は窓の外を見た。そこには無数の人々が歩いていた。皆、真っ白な体で、同じ形の結晶で作られていた。彼らは皆、同じ方向を見て、同じように歩いていた。
私の体はもう、ほとんど雪になっている。もう逃げることはできない。そもそも、逃げる必要があったのだろうか。
窓の外では、まだ雪が降り続いていた。今度は、上からではなく、地面から空へと向かって降っていた。
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