『雪解けの記憶』「死と再生を巡る6つの物語」

ソコニ

第1話『雪の重さ』



窓の外は一面の銀世界だった。昨夜から降り続いた雪は、街並みを見違えるほど変えていた。窓ガラスに映る蛍光灯の明かりが、降りしきる雪に溶け込んでいく。


吉田美咲は、暖かい部屋の中から外を見つめながら、いつもより丁寧にマフラーを巻いた。首に巻きつける布の感触が、今朝は特別温かく感じられた。


「今日は早めに出なきゃ」


玄関を出ると、まだ誰も踏み込んでいない新雪が、靴の下でかすかな音を立てた。サクサクという音は、砂糖を振りかけたお菓子を切り分けるような、どこか愛らしい響きだった。


道を歩き始めて数分、向かいのアパートから老夫婦が出てきた。二人で力を合わせて雪かきをしている。その姿を見て立ち止まった美咲に、おばあさんが気づいた。


「あら、吉田さん。今朝は早いのね」

「はい。電車が遅れるといけないので」

「そうね。気をつけていってらっしゃい」


普段は会釈を交わすだけの関係だったが、今朝は言葉を交わすことができた。白い息を吐きながら、おばあさんは優しく微笑んだ。


視界が開ける交差点に来ると、空気が一段と冷たくなった。建物の影から吹く風が頬を撫で、目を細めると、街路樹の枝々に積もった雪が、朝日に輝いていた。パウダースノーが風に舞い、きらめく光の粒となって消えていく。


コンビニの前では、店員が黙々と雪かきをしていた。普段から挨拶を交わす若い店員だ。今朝は珍しく、疲れた表情を浮かべている。美咲は立ち止まり、スコップを借りた。


「少しだけ手伝わせてください」

「え? あ、ありがとうございます」


二人で雪を払う中、店員は明日から実家に帰ると話してくれた。祖父が入院したという。だから今日は早番を代わってもらったのだと。


「私も実家が遠いんです。大変ですよね」

「はい…でも、行かなきゃって」


短い会話だったが、互いの事情を少し分かち合えた気がした。


駅に着くと、いつもより人が少なかった。電車を待つホームで、美咲は手のひらに雪を受けてみた。結晶は瞬く間に溶けていったが、その冷たさが、今朝の出会いの温かさを際立たせているように感じられた。


電車が到着し、美咲は静かに乗り込んだ。窓に映る自分の姿と、その向こうに広がる白い世界。マフラーの中で、今朝交わした何気ない言葉が、まだ温もりを保っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る