第2話 やはり男運が悪い

二人で座るには少し狭いダイニングテーブル。

カップラーメンの湯気を挟んだ向こう側に座る、薄汚れたオレンジ色の法衣を着たお坊さん。


「ご相伴にあずかります。改めて感謝を」

僧侶は、仰々しく両手を合わせて頭を下げる。


「ところで、あなたは飲み物だけでよろしいのですか?」


カップラーメンを取り上げられた私は、野菜ジュースをチューチュー啜る。


同じように仰々しく、両の手のひらで優しく包み込んだ250mlの紙パック。

スッと伸びた白いストローから、口を話して答える。


「私、ダイエット中で。夜中に食べると太るので、大丈夫です。これも何となく買っただけで、よく考えたらお腹空いてなくて。むしろ、ありがとうございます的な感で」


私に向けられる目線。

東洋的で彫りの深い顔立ち、黒い瞳で穏やかに正視する。


「そうですか」

ゆっくりと時間をかけた一言。

最近耳にした中で、一番優しい言葉だった。


ラーメンを平らげた僧侶が、居直りして告げる。

「ご挨拶が遅れました。私は、गौतम सिद्धार्थと申します」


何と言ったのだろうか。

「え?ガータマ?すみません、もう一度お願いできますか?」


「日本人の方には発音が難しいかったですね。ガウタマ・シッダールタ。人からシャカと呼ばれています」


私は運がない。本当に運がない。特に男運がない。

変な外国人僧侶を拾ったら、自分のことをシャカだと宣い始める。


シャカ。そう、釈迦だ。

お釈迦様。ブッダ。仏様。


中学時代の社会の三島先生の言葉を思い出す。「仏教の開祖ブッダ。本名はガウタマ・シッダールタ。パーリ語では、ゴータマ・シッダッタという発音だね」


多分誰も覚えていないことだけど、私は忘れていない。

三島先生の授業が大好きだったから。


閑話休題。


自らをお釈迦様だという謎の外国人。

あまりに日本語が上手いので、外国人かすらも怪しい。

お釈迦様のコスプレをしただけの、ヤバいやつなのかもしれない。


今までも悪い男にたくさん振り回されてきた。

非常識で甘え上手で、顔が良い男。

私の家を寝床にして、お金をもらったら遊びに出かけてしまう。


だから私は動揺しない。

分かっていたのだとも思う。


人に頼られたい。

一人になりたくない。

誰か一緒に居てほしい。


だから、声をかけた。

そしたら、後はいつもの流れだ。


「私は明日も仕事なので寝ますね。お風呂は玄関の横で、ソファと毛布は自由に使ってください。多分、起きる前に私は家を出るので、これで鍵を閉めてポストに入れておいてもらえれば大丈夫です」


大丈夫。

私は大丈夫だ。


貴重品は寝室の金庫に入れているから、誰も開けることはできない。

鍵を持っていかれたら、ドア側の鍵を変えたらいい。

何回も脳内でシミュレーションしたことだ。


私は、寝室に向かう。

寝室にも頼りにならない鍵をかける。

一度も破られたことのない、コインで開けられる鍵。


閉まる扉の隙間から、漏れ入るように覗く、彼の表情。

慈しみのようであり、憐れみのようにも見えた。


〜続〜

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