電脳、並行、ソラとヒト。
ベアりんぐ
電脳、並行、ソラとヒト。
『リンク、並行学習、
1人の研究員が告げる。真っ白い部屋にさまざまな機械が置かれていて、私は1人、小さな椅子に腰掛ける。背中には無数の管が繋がれていて、その効果でだんだん意識が遠のいていく。
それを確認したのかガラス越しにマイクを持つ1人の男……私の生みの親が、ゆっくり話す。
「いいかソラ、見た夢をなるべく詳細に、具体的に伝えてくれ。これまで何度もやっているだろうが油断はするなよ?」
「了解」
「よし良い子だ……それじゃあいくぞ、3――」
男はカウントダウンする。その眼差しは期待に満ちたものだ。これは私の夢ではなく、人類の夢のためなのだから。
「2――」
背中に燃えるような感覚を持つ。痛みを感じる機能など本来ならいらないはずなのに、何故かこの男は私を作り出す時に付けたらしい。なんでも娘のように思っているから、だとか。
所詮、機械である私には理解出来ない感情が含まれていた。
「1――」
……いや、雑念は捨てよう。データに支障をきたしてしまう。どのみち私に、感情など不要だ。なぜなら私は――
「0――」
並行宇宙を観測するためだけの、Solaでしかないのだから――。
* * *
夢の世界へ降り立つ。そこは真っ暗だけれど、遠くには無数の恒星と惑星が存在していて、目の前の『地球』によく似た青い星がぼんやり輝いている。幾度となく目にしてきた光景だ。……私はゆっくり、その宙を泳いでいく。
誰かが言った。
「人の夢はあらゆる空間とリンクしていて……それと同時にこの宇宙も夢を見ていて、それを観測し並行宇宙として置き換えることが出来る」、と。
そのために何十年も研究が進められ、その果てに私――Solaが出来たのだ。私はこの限りなく広がる宇宙を演算し、そこからさらに無数とある並行宇宙の夢を見ることが出来る。
並行宇宙への脱出が急がれたのはつい最近になってからだ。この青く輝く星が、もたなくなってきているのだと。みな誰しもそんな時が来ることを知っていた。だからこうして、私が生まれた。
次元の壁を超え、並行宇宙へと至る手立てはすでに完成している。問題はどの並行宇宙へ旅立つかが懸念されていた。初めは人の脳にて旅立つ並行宇宙を観測し、決定しようとしていた。しかし人の見る夢と宇宙の膨大な夢では規模が違いすぎるあまり、人の脳では限界があった。
そうした壁をまた超えるために、人工的に作り出した脳によって並行宇宙を観測しようという計画がなされた。しかし機械に夢を見せるのは困難だ。開発は難航していた。
そこに現れたのが、私を作り出した1人の男だ。なんでも機械の中にヒトの中枢神経の一部を取り入れることで、夢を見られるようになったとか。これまでブラックボックスであり倫理的問題とされていた人体転用を、この男は造作もなくやってのけた。もはやそこに、倫理の文字はなかった。
そうして出来上がった私は、これまで何度も並行宇宙の観測のため、こうして夢を見ている。この空間では星に触れられるし、別の並行宇宙への移動も容易だ。しかし一つだけ、問題がある。
「……この並行宇宙は、ダメだ」
私は星をゆっくりと元の位置に戻し、また宙を泳ぐ。星と星が程度良く開けた場所で私は、人差し指を勢いよく宇宙の膜に突き刺す。その膜をゆっくり破き、中に存在する――いや、次元間の向こう側にある別の並行宇宙へと移動した。
先ほどと似て非なる宇宙。同じ位置に恒星があり、また『地球』によく似た青い星。それを観測しながら、先ほど入ってきた次元の裂け目を見る。
次元の移動は容易だ。しかしその狭間に落ちてしまえば最後――2度と戻ってこられない。データも収集不可能だ。さらにいえば、1度に夢見ることが出来る並行宇宙の数も限られている。いくらそのために開発された私といえど、せいぜい3回が限度だ。
「……ここもダメ」
理想とは程遠い。なんせ暮らしていける大陸が存在しないし、大気濃度も殺人的だ。
私は星をゆっくり戻し、また開けた場所で勢い良く膜を突き破る。そうして次元の壁を超えて、また別の並行宇宙へ辿り着く。
ダメならば次へ、またダメならば次へ――そうして私は、何度も並行宇宙を渡り泳いだ。しかしこれまで理想とする並行宇宙は見つけられなかった。
結局今回も、理想の宇宙は見つけることができなかった。
* * *
「おつかれ、ソラ」
「……博士、お疲れ様です」
「おつかれはキミだろう?わざわざ私を労う必要はないさ。……それと結果は、どうだった?」
私は無言で首を振る。博士は「そうか……」とだけ言い、私の頭を撫でた。その表情はどこか悲しげでいて、私はわけが分からなかった。私の周りにいた研究員たちはそそくさと立ち去っていく中、博士だけはしばらく、私の頭を撫で続けていた。
……その後しばらくの協議を経て、1日を終える。協議には私も参加していた。夢で見たそれぞれの並行宇宙を映像データとして映し出し、詳細を話すためだ。
私や他の研究員は「Solaの人工脳からデータを垣間見れば良い」と言ったのだが、博士だけはそれを拒否した。最終的には、「そうするのであれば私もソラもこの計画には一切関わらない」とまで言い出したので、研究員たちは渋々了承されたそうだ。
こうしたワガママが通じるのは、博士だからだ。彼の頭脳がなければ私をメンテナンス維持出来ない。並行宇宙や夢理論を体現出来るのは彼しかいない。置換や移送は出来ても、観測が出来なければヒトはお陀仏だ。
……協議が終わり、私はまた真っ白な部屋に戻る。すると博士が続けて入ってきた。私が椅子に座ると同時に彼も、手頃な機材に腰掛ける。
「博士、そこに腰掛けては機材の故障に繋がるかと」
「……ん?あぁこんなものは良いんだ。それより、今日もキミの記憶について聞かせて欲しい。おつかれの中申し訳なく思うが、研究の一環でね」
「分かりました。……具体的にどのようなことを話せばよろしいでしょうか?」
博士は渋い顔をして、やがて言う。
「いやなに、そこまで窮屈にならなくても良いよ。……そうだなぁ、コミュニケーションってことで、どうだ?」
「コミュニケーション……?機械の私ととっても楽しくはありませんよ?」
「楽しい……?いま、楽しいと言ったか!?」
「……?ええ、はい」
「よし……!!今後の会話で引き出そうとした言葉がもう出た!えらいぞぉソラ!」
「……???」
「実はな、研究員の奴らやお偉いさんには内緒なんだが……ソラにはあるものを持たせてあるんだ、なんだと思う?」
「……痛覚、ですか?」
「いやいや違う!いや、それもそうなんだが……感情だよ」
「感情?」
「そうそう!しかしそれは、キミの脳に存在する言語プログラムとは別に切り離しているし、成長型のものにしていたから……それがようやく発現したんだよ!!」
「……」
「感情を芽生えさせると、きっと分からないことも増えてくるだろう。そのたび私に知らせてほしい。キミには分からないものを知りたいと、そうする権利がある」
「……私に権利はありませんよ?ヒトではありませんから」
「いいじゃないかぁ〜細かいことは!並行宇宙は突き詰めていけばきっと、理想となる置換先が見つかる。そうなりゃ俺もキミも、人類にとって英雄みたいなもんさ!」
そういう博士が、なんだか馬鹿らしくて……私は口角を上げて返事をした。
「なんだか、博士は変なんですねっ」
「ッ!?わ、笑った……笑ったぞソラッ!!」
「……???」
「ああそうか……いいか、今のは――」
……それから私は、並行宇宙の夢を見る毎日の中に博士との時間が出来た。といっても人工脳のクールタイムに過ぎないのでそこまで長い時間は取れなかったが、その時間のうちに私は、さまざまなことを教えてもらった。
元来組み込まれている言語プログラムの中にある言葉を機械的でなく、人間的に理解することができるようになった。そのたびに新鮮な心地がして、私はその都度笑った。博士は何度も飛び跳ねて喜び、時には周りにある機材を故障させた。
感情の底知れぬ深さを一つずつ、ひとつずつ知っていくたびに私は、博士に情を抱いていた。これまで『ただの』生みの親であった博士だが、関わる時間が重なっていくたびにそれが『ただの』ではなく、『私の』という言葉に変換されていった。
……ある日博士はこんなことを言った。
「ソラが見ている夢ってのは、実はヒトらしい夢じゃないんだ」
「……というと?」
「あれは並行宇宙だけを見せるように強制された夢だ。確かに夢理論としては、ヒトの夢は宇宙の夢とリンクする時があるのだが……それはごく稀だ。実はもっとくだらなくて、カオスで、素晴らしいものだ」
「なんだか……とても興味をそそられますね」
「そうだろうっ!?なのにあのクソ科学者どもが……まあそんなことはさておき、いつか私はソラにそんな、くだらなくてカオスで素晴らしい夢を見られるようにしたいって話さ」
鼻をさすりながらはにかむ顔はどこか悲しげでいて、それは時折見せる博士の陰だった。……前の私ならば、どうしてそのような顔をするのか追及していただろう。しかしいまは――
そっとしておいてあげたいと、思ってしまった――。
* * *
「ポイントはO-13、A-677、M-875、T-882、G-455の並行宇宙です。現段階でこの並行宇宙を
私がそう言うと、研究チーム一同がワッと盛り上がった。歓声、奇声、時には泣き声すら聴こえる。そんな中唯一、博士だけが曇りを帯びていた。
……ひと段落し、夜を迎える。自由に眠ることのできない私は真っ白くも暗い部屋で1人、思い悩んでいた。そんな時、誰かが扉をノックする。返事をし扉が開かれると、そこには博士がいた。
「……博士?どうしてこんな夜に――」
「シッ。……黙って、ついてくるんだ」
「……?一体なにが――」
「説明は後だっ!とにかく、今は!!」
見たこともない剣幕の博士に、黙ってついていく。握られた手は非常に温かく、機械肌から伝わる感触で博士の手が汗ばみ震えているのだと分かった。
見たこともない廊下を何度もなんども曲がり、階段を登っていく。何が起きているのか分からないが、とにかく今は、博士を信じるしかない。
……ようやく、私にとって初めてである地上に出た。空には夢で幾度となく見た星たちが輝いていて、ああ私はここを泳いでいたのだなぁと感心してしまう。しかしそれとはよそに、博士は荒々しく自動車なるものを運転し始めた。私も急いで乗り、しばらく揺れに身を任せた。
ぐんぐんと遠ざかっていく、私の故郷。それを見ながら私はようやく、博士にわけを訊く。
「急にどうしたんです?ようやく並行宇宙に飛び立てるところでしたのに」
「いいや、その前に私もキミも処分されていたよ」
……処分?
「数人の裏切り者を除いて、研究員たちは全員殺された。残っていたのはキミと……打ち上げに参加していなかった私だけだ」
「えっ……」
「理由は……なんとなくだが分かる。並行宇宙の観測や理論は、どれも使い方を間違えれば致命的なものになる。国にとって邪魔だったんだ。ヒトにとっても……」
「……そんなはずはっ」
「しかし現実だ!……とにかく今は、なるべく人目につかない場所へ行きたい。……そうだ、あの場所へ行こう」
博士の言葉は、どれも理解しがたいものだった。どうして功績あるものを、これまでヒトのためにやってきた者たちが殺されなければならないのか。……どうして博士が、殺されなければならないのか。
ヒトを理解した気になっていた。ヒトになれるかも知れないと内心嬉しく思っていたものが砕けて散った。それが……なんだか、悲しくてっ……。
「っ!……泣いて、いるのか?」
「……私に涙はありません、流す雫はないのですっ。しかし、なぜだか身体が、声がっ、揺れるっ、のです……!!」
涙など当然、出ない。しかし想いは溢れて止まなかった。
感じたことのない震えと熱を持ちながら私は、しばらく車に揺られていた。
* * *
ヒトが並行宇宙へ旅立って数年――。
瞬く間に世界は荒廃しつつ、自然本来の姿に戻ろうとしていた。ひと気などあるはずもなく、今日も成果なしかなぁと思っていた時――。
ガサッ!!
「誰ですっ!」
茂みから音がした。私が尋ねても返事はない。
「……私は、敵ではないです。冗談だって言えますよ。……夢は
……即興だったが悪くないだろう?そう思っていると茂みからは1人の男の子――と、さらに小さい女の子。どうやら兄妹のようだ。兄の方がなにやら呟く。
「……おねぇちゃん、それクソつまらないよ」
「ガーン……」
効果音を口にすると、女の子はくすりと笑った。その姿を確認し、着けていたインカムに手を伸ばす。
「ヒト、2名発見です。ポイントは748.053.221です」
そう言うと、インカムからは聞き慣れた……少し年老いた声が聞こえる。
『よくやったソラ〜!それでこそ私の娘よ〜!!』
「では、連れて帰還しますね」
そう言ってインカムを切る。……数秒間、顔を下げて耐えていると、そばに来ていた男の子が言う。
「おねぇちゃん、その顔気持ち悪いよ」
「……ガーン!」
先ほどより大げさにすると、またも女の子は笑ってくれた。……しかし今回はちゃんと傷ついた。なんだか胸の辺りがキュッと痛く感じるし。
「……それにしてもおねぇちゃん、ヒトじゃないよね?機械?」
その問いに、私は少し悩んでしまう。
……しかし告げるべき名前も、想いもある。ならば迷う必要なんてなかったのだ。
私は胸を張って、2人の子どもへ名乗った。
「私は
電脳、並行、ソラとヒト。 ベアりんぐ @BearRinG
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