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 昼を過ぎると、いよいよ姫沙夜キサヤの離れからは人の気配が消えた。皆、祭事で屋敷に来る客人を出迎えたり、町へ出かけたのだろう。

 警備の者たちも、冬の山しかない屋敷の奥のこの場所より、表の方へ回されているようだ。確かに、三メートルもない程度の塀の向こうの雑木林、そしてそこから続く山道は、今は雪もそこそこ積もって、余程の物好きでなければ通る者などいない。

 

 姫沙夜は、部屋の庭の裏門から家出した幼い日のことをぼんやりと思い出していた。あの時は夏の星祭りで、今と同じように自分は放っておかれていて、誰も家出に気づかなかった。そして道に迷い──当時十七歳だったレキと出会った。

 十才だった自分は、その年の星祭りの願い事に「靂と名乗ったあの人にまた会えますように」と掛けたのだ。

 

 それから八年後──許嫁として顔を合わせた時の驚きは、今でも鮮明に覚えている。あの時、靂もまた、そこにいるのがいつかの幼い姫君であったことにすぐに思い当たり、驚きを隠せない顔で、姫沙夜の菫色の瞳を真っ直ぐに見つめたのだった。

 

 姫沙夜は羽織をしっかり着直して戸を開け、縁側に立つと、目を閉じ、心の中に幸せな記憶を呼び起こした。


 だがそうしていると、まばゆい光をまとったあたたかな日々の記憶が、どうしようもなく胸を焦がして、息苦しいくらいに思いが募ってくる。


 ──会いたい。

 まだ、こんなにも。


 今日は星祭ではない。もうとうに、願いなど届かないと分かっていても、姫沙夜は思わずにいられなかった。

 

 自分に残された時間が、どれほどあるのかは分からない。何もかもなくしたこの先に、また笑えるような日が来るとも思えない。

 それでも──だからこそ今、靂が与えてくれた満ち足りた時間が、切なさと共にきらきらと瞬いて、今しも凍りそうな心を暖かな夢幻へと導くのも、事実だった。

 それは、ほんのわずかな救いではないか。


 もうこの先、共にいられないとしても。あの宝石のような時間に、せめて感謝を告げたい。そうして、きちんと気持ちに区切りをつけて、靂の幸せを願うことが、今の自分にできる最後のことではないのだろうか。


 そこまで考えて、姫沙夜はふと思いついた。

 そうだ。あの時のように裏門から出て、靂に会いに行けはしないだろうか。

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