螺旋の外縁
@tsumomah
第1話
24:40。最低気温3度、冷凍都市と言われる由来は、人が人に干渉しない東京の姿を表している。冷凍と厳密に言うならまだ温度が高く、凍らせるには理由が足りない。しかし、冷凍都市という比喩表現を考えた人は何て素敵な表現をしたんだとコピーライトコンテストで金賞をあげたいほどに感心した。
新宿三丁目と歌舞伎町の狭間、愛を綴るという嘘を具現化したラブホテルが煌びやかだった。粗末なルールで組み立てられた、とりあえず詰め込もう!とする淫らな冷凍庫を感じさせる理由のない人達が存在している街を感じさせた。その一人一人を私は名前も出身も歴史も哲学も知る由もない。知る由もない。誰にも覚えてもらえない人、誰かに忘れられた人、なんでここにいるかも自身を理解しきれていない、浅い人間だっているかもしれない。東京は見せかけの希望と分かりづらい絶望が排水溝に溜まるような風景だった。
それが今の私の感情と相俟って、退廃的なドラマとしては今は美しく映っている。数日前に絶望まで落ちた私が見せているのか、通常運行でこれなのか、普段では考えもしないことだった。
なぜ、このような街にいて、そう映っているのか、それを先輩に会って聞いてみることにした。慰めてもらうか、ただ話したいのか、気持ちの整理ができていない。そんな状態であの爆竹のような先輩に会うために、肥溜めのような街、新宿を通った。
...
24:55。2丁目と3丁目の間、人通りは少なく、国籍すらわからない人しかいない路地。女性が独りで歩く場合はボディーガードが必要だ。ここで違法薬物が売買されていると噂されても信じてしまうような、海外SF映画によく出てくるサイバーパンクさがあった。気温のせいか、ビルの隅から湯気が漏れ出していた。おそらく白い気体が湯気の正常な色なはずだが、私には少し薄汚れたネズミの死体を想像させる彩りだった。
少し開けた路地へ。浮浪者なのか売人なのか、こんな寒いのに地べたに座っている人が何人かいた。震えながらスマホをじっと見つめる人、お酒を飲みながら談笑するサラリーマン、誰かの迎えを待っているのかキョロキョロ周りを見る女性。目的がなければ避けて通る道。今日の待ち合わせの喫茶店はこの先にあった。
昭和を感じさせる橙レンガで作られた雑居ビル。入り口の看板が階段扉の上に「XIEXIE!」という元気に書いてあった。その看板は、中に電球が入っているようで光を放っている。時々消えたり点いたり、正常な可動をしていないことがわかる挙動をしていた。映画のワンカットでよくある雰囲気を出す演出。このカッコ良さがわかる男はどれほどいるか。どうしたらこの状態を保つことができるのかと数秒看板を見つめ、私は蜘蛛の糸を辿るようにその階段を登った。
店内に入ると先ほどの湯気よりも煙に近いもの、おそらくタバコの煙が店内に充満していた。この寒さだと窓を開けて換気をすることは難しい。完全喫煙店なのか、至福のベールで包まれている煙は心地よい。タバコの煙のせいもあるが、薄暗く光の色は赤で目がおかしくなりそうだった。
煙草の煙、フェードとブラーの奥から店内雰囲気と絶妙に反比例するテンションが目を突き刺した。待ち合わせをしていた先輩が元気よく手を振っていた。店内の客が何人か私に目を向け、一瞬注目を集め恥ずかしくなりながら先輩の席へ向かう。途中、店員がカタコトの日本語で声をかけたが無視して最短距離で先輩の席に向かった。
「元気ぃ〜!?めっちゃ元気なさそうじゃん!」
ポジティブなジャブが開始直後に顎下に入った感覚、衝撃と雷撃。ダウンを余儀なくされたが、すぐさまファイティングポーズをとり心のレフリーに「今夜はこれからだろうが」とアピールした。
螺旋の外縁 @tsumomah
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