第4話「真夜中の訪問」
しかし、告発から3日後。あの週刊誌の報道によって、SHUNの非が決定的となった。
SHUNと同じ高校に通っていたという男性が週刊誌のインタビューに応じ、SHUNを中心とした複数の同級生からいじめを受けていたと告白したのだ。
彼曰く、SHUNはいじめの主犯格で、常習的に自分に暴行を加えたり無理な命令を言いつけたりしていた。当時の日記や、暴行を受けた際にできた傷跡など、彼が証拠として持っていたものもインタビューとあわせて公表された。
彼は「SHUNのステージでの活躍を見るたびに過去の苦痛を思い出す。これまで誰にも言わないで我慢していたけれど、これ以上彼が活躍するニュースを見るのはつらい」と泣きながら訴えていた。
週刊誌のインタビュー記事は、世間に大きな衝撃を与えた。
一部のファンは、インタビューの内容が真実なのか、捏造されたものではないのか検証するよう求めた。しかし、その声は、BEATをはじめとする他のグループのファンから「頭の中がお花畑」と非難され、かき消された。
Lポップをよく知らない一般市民からも批判が集まる。SNSは、完全にSHUNへの攻撃の場と化した。
そして、事態はさらに悪化する。SHUN自身からも事務所からも、何のリアクションもないのだ。
報道の内容が真実ならば、早急に謝罪の声明を出すべきだ。反対に、内容が間違っていたならば、早急に無実を訴えなければならない。そのどちらの反応もなく沈黙を続けるとしたら、可能性はただ一つ。
報道の内容は真実であり、SHUNは罪を認めず謝罪を拒否しているということだ。
世間は、沈黙を貫くSHUNに対して失望を隠せなかった。
そして昨日。ようやく事務所から声明が出された。
『SHUNの今後の活動につきまして、無期限活動休止といたします』
ごく短い文で書かれたその声明は、無実を信じていた少数のファンを落胆させ、その他の人々を「それみたことか」と勝ち誇らせた。
ダンスもボーカルもラップもでき、品行方正でメンバー思いの完全無欠な大人気アイドル、SHUN。その姿は、もう見る影もなくなった。
◇
凛はスマホの画面をオフにして、ベッドに倒れこんだ。
SHUNのスキャンダル報道が出てから今日で一週間が経つ。
Lポップの大ファンである凛は、多くのファンのアカウントをフォローしているけれど、ここ一週間はSHUNの話題で持ちきりだ。しかも、ほぼすべてネガティブな内容。
凛はベッドの上で目を閉じた。例の報道が出て以来、あまり夜眠ることができていない。眠気はあるのに、不安や心配で脳がずっと覚醒している感じがして、どうしても寝つけないのだ。
外は台風が近づいていて、雨と風の音がひっきりなしになっている。
もう今年も8月後半に入った。
年末の音楽祭に向けて活動をさらに加速させたいこの大事な時期にこんな騒動に巻き込まれてしまって、兄はさぞ気落ちしているだろう。グループに迷惑をかけたと責任を感じて、思い詰めていないだろうか。
雨風の強さに比例するように、心配な気持ちがむくむくと膨らむ。
そのとき、いきなりオートロックのインターホンが鳴った。
こんな悪天候の中、しかも夜遅くに、誰が訪ねてきたんだろう。
不審に思いながら重い体を引きずって、インターホンのモニターまでたどり着く。モニターにアップになった人物の顔を確認して、凛は息をのんだ。
モニターに映る背の高い男は、被っていた黒いキャップを取り、黒いマスクを外す。
現れた顔は、先ほどまで凛が思い浮かべていた、その彼だった。
「お兄ちゃん…」
ようやく出た声が、震える。
「凛、急に押しかけてごめん」
低くかすれたその声は、画面を通して何千回も聞いた彼の声とまったく同じだった。
夢にまで見たお兄ちゃん。ずっと会いたかったお兄ちゃん。
その彼が、もうマンションのすぐ下にいる。
なんでここに、という当たり前の疑問は、思いがけない再会に対する衝撃のおかげで凛の頭から吹き飛んだ。
懐かしさと切なさが同時にこみ上げてきて、目の奥がつんとした。
「申し訳ないけど、しばらくの間おれをここにかくまってほしい」
切羽詰まった顔の俊とモニター越しに目が合い、凛の心臓がどきりとした。
「L国では24時間メディアの目があって、生活するのが厳しくなった。この国で頼れるのは凛しかいなくて、本当にしばらくの間だけでいいから、家に置いてもらえないか」
一瞬、返事ができなくて沈黙が流れる。
兄を、かくまう?
あまりにもいきなりの話だった。
メディアを騒がせる人物をかくまって、自分になにか影響はないだろうか。いつまでいるつもりなんだろうか。彼はこの国でどう過ごすつもりなんだろうか。
いろんな考えが一瞬のうちに頭をかけめぐる。
どうして凛の居場所がわかったのだろうとか、疑問も尽きない。
けれど、ずっと大好きだったお兄ちゃんに助けを求められ、凛に断る理由なんてなかった。
「分かった」
心を決めて、凛は口を開いた。
「とりあえず中に入って」
ありがとう、との返事が聞こえてから、インターホンのモニターが切れて真っ黒になる。
心の準備ができないうちに、玄関のチャイムが鳴った。
おそるおそる玄関の鍵を開けると、そこには15年ぶりにじかに見る、生き別れた兄がびしょぬれで立っていた。
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