第3話「騒動の始まり」

『SHUNは高校時代、同じクラスの男子生徒にいじめを行っていた』

『日常的に暴行を行ったり、陰口をたたいたり、私物を隠したりしていた』

『主犯格として、多数の同級生を従えて加害行為を行った』

『担任の先生からは信頼されており、被害者がいじめの件を相談しても信じてもらえなかった』


 目を疑う内容だった。


 でも、あのメンバー思いで愛されキャラのSHUNが意地悪く他人をいじめる様子はどうしても想像できない。凛は思わずつぶやいた。


「なに、このタチの悪いデマ…」


「デマだと思うじゃん? 世間ではほんとの話だと信じられているのよ。SNS見てみて」


 咲紀との通話をつなぎながら、今度はSNSアプリを立ち上げる。


 目に入ってきたのは、今回の報道に対する困惑の声、失望の声、そして罵詈雑言だった。


『あんなキラキラした顔して裏でいじめやってたとか、まじ最低』

『これでSHUNのアイドル人生終わったな』

『これまで推してた私たちの人生を返してよ』

『夢壊されたわ』


 言葉一つ一つに、心がえぐられる。


 私の自慢の推しが、そんなことするはずない。あの報道はなにかの間違いだって、みんなが信じてることは全部うそだよって、みんなに向かって叫びたい。


 凛には、SHUNがいじめを行っていないと断言できるだけの理由がある。だって、凛にとってSHUNは――


「凛、あなた、周りの人たちに自分がSHUNの妹だって言ってないわよね?」


「うん、言ってない。おじさん一家以外は知らないから大丈夫」


 そう、あの大人気アイドルSHUNは、凛の兄なのだ。


 凛の父が心臓発作で亡くなったあと、当時12歳だった俊は、知人の紹介で単身でL国に渡り、アイドルデビューを目指して芸能事務所に入ったのだった。


 意地悪な男子にいじめられて泣いていた凛を助けてくれた、優しくてかっこいいお兄ちゃん。さみしいときに一緒に遊んでくれた、面倒見のよいお兄ちゃん。


 そんな自慢のお兄ちゃんが自らいじめる側にまわるなんて、ありえない。そう主張したかった。


「ならよかった。こういうときは本人の家族もメディアに攻撃されることが多いから気をつけてって言おうと思ったけど、大丈夫そうね」


 電話口の咲紀は、少しだけ安心したようだった。


「凛もお兄さんのことが心配だと思うけど、ちゃんと寝て食べて、生活してね。つらかったら仕事なんて一日くらい休んでもいいんだから。私のことも頼ってね」


「うん、ありがとう」


 咲紀の温かい言葉に感謝しながら電話を切り、ベッドに横たわる。今夜は眠れそうになかった。


 ◇


 その騒動の予兆は、あった。


 週刊誌でSHUNのいじめ疑惑が報道される3日前のこと。


 SHUNがリーダーを務めるHorizonと肩を並べる人気グループである「BEAT」のリーダーORIONが、不穏な動画を真夜中にSNSに投稿したのだ。


 投稿された10秒足らずの動画は、どこかの高校の廊下で撮られたものだろうか。


 制服を着た背の高い学生が、小柄な学生を床に押し倒している様子だった。周囲にいる野次馬的な生徒たちにはモザイクがかかっているが、中央の背の高い学生の顔はクリアに映っている。


 その顔は、明らかにSHUNだった。


 投稿された動画には、意味深なキャプションも添えられていた。


『人は有名になると、過去の過ちを忘れてしまう。しかし、傷を受けた者はいつまでも覚えている』


 SHUNについての告発とも言えるこの投稿によって、ファンは混乱に陥った。


 SHUNは危害を加えているのではなくいじめを止めているのだと擁護する声もあれば、意味深な投稿で終わらないでちゃんと真実を語ってほしいとORIONに求める声もある。


 しかし、リアクションの大半は、SHUNを非難するものばかりだった。


 ただ、この時点ではまだ疑惑の段階だった。ORIONが詳細を語ることはなかったため、真偽不明のまま、みなの記憶から消えるかと思われた。


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