第2話「いやな予感」
仕事で疲れた日は、推し活をするにかぎる。
凛はカーディガンを脱ぎ捨て、ソファに横になった。推し活用に最近買ったタブレットの画面をオンにする。
画面に現れたのは、近隣のL国で活動する5人組男性グループ「Horizon」。
実力派と名高いこのグループは、6年前に無名の事務所からデビューした。
デビュー前こそ注目されなかったが、デビュー曲が注目を集めると、大手事務所に所属する有名グループがひしめくLポップ界において、あっという間に国民的人気の座を射止めた。凛の住むこの国でも、Horizonは圧倒的知名度を誇っている。
Horizonの魅力は、なんといってもパフォーマンスの完成度の高さにある。
すでに活躍している人気グループたちのコンセプトとは異なり、アイドル的な要素を極力排して、表現力にこだわるのが特徴だ。アイドルというよりもアーティストと言った方が近いくらい、ファンサービスよりもパフォーマンスを重視するスタイルだった。
たとえば、アイドルが行うカメラ目線の動きはしない。その代わり、目線から足先の角度に至るまで細かい部分にこだわりぬいた表現で魅せる。
他のグループに対して真っ向から勝負を挑む彼らの姿勢にLポップのファンは度肝を抜かれ、あっという間に夢中になった。
凛の推しは、リーダーのSHUNだ。
涼しげな黒い瞳に、すっきり通った鼻筋。端正な顔立ちと、華奢すぎず適度に筋肉のついた長身のスタイルが魅力的な彼は、どんな難しいパフォーマンスもそつなくこなすことで有名だ。
ラップとダンスはLポップ界トップレベルで、ボーカルも得意。普段はラップを担当しているけれど、たまに歌うボーカルパートが素晴らしくよいのだ。
しかも彼は、グループのすべての楽曲の作詞作曲に関わっている。恵まれた容姿とパフォーマンスのレベルの高さに加え、楽曲プロデュースまでできるなんて、「天は彼に三物も与えた」とファンは彼を賞賛した。
来週は半年ぶりに新曲が発売される予定で、昨日は予告映像が出たはずだ。でも、凛は昨日は仕事で忙しく、落ち着いて見ることができなかった。
今日こそ映像を見よう、とグループの公式SNSを開く。そのとき、聴きなれない音が部屋に響いて、びくりとする。スマホの着信音だった。
普段、凛はだれとも通話しない。電話の予定もないのに、だれがかけてきたのだろうかといぶかしく思いながら、テーブルの上のスマホに手を伸ばす。ロック画面に表示された名前を見て、凛は眉をひそめた。
咲紀だ。
20年近くの付き合いになる咲紀は、凛の小学生以来の親友で、よく仕事終わりや休日に飲みに行っては、仕事の愚痴や恋バナに華を咲かせていた。
礼儀正しい彼女は、電話する前にメッセージをくれるはず。なぜこんな夜遅くにいきなりかけてきたのだろう。
通話ボタンを押すやいなや、取り乱した咲紀の声が耳に飛び込んできた。
「凛! SHUNが、あなたの推しのSHUNが、とっても大変なことになってるわよ!」
「え、なに、どうしたの?」
いつも冷静な咲紀が、尋常じゃないほど落ち着きを失っている。いやな予感がした。
「とりあえずニュース記事のリンク送ったから、早く目通してみて。早く!」
咲紀に急かされ、ちょうど送られてきた記事のリンクを慌ててタップした。
記事のタイトルにさっと目を走らせる。その瞬間、凛の心臓が早鐘を打ち始めた。
『L国で大人気のHorizonリーダーSHUN、過去にいじめを主導か』
その記事は、L国の人気週刊誌の報道内容を翻訳したものだった。記事の本文に目を通すと、にわかには信じられない言葉が並んでいた。
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