甘いぶどう〜嵌められたトップスターは、生き別れた妹にご執心です〜

ももりんご

第一章

第1話「夢の中で流す涙」

 凛は今夜も、夢の中で涙を流す。


 ***


「お父さん、あの曲弾いて!」


 大好きな父の膝の上にのぼりながらおねだりすると、兄の俊に優しく注意された。


「凛、膝に乗ったら父さんがギターを弾けないだろ」


 しかたなく父の膝から降り、俊の隣に座る。そして、父がギターを構えるのをわくわくしながら眺めた。


「ほんとうに凛は、父さんのギターが好きなんだな」


 父が、いつもの柔らかい笑顔を浮かべてギターの膝の上に置き、凛が最近気に入っている、父自作の曲を弾き始めた。


 イントロが終わると、凛は今度は俊の膝の上にのぼりながら歌い始めた。俊も凛を抱きかかえながら、ギターに合わせて口ずさむ。


「こんなに歌がうまかったら、二人とも小学校の音楽の授業は満点だな」


 一曲歌い終わると、父は満面の笑みで二人を褒めてくれた。


「小学校の歌は簡単でつまらないんだ。父さんの歌の方がもっと難しくて歌いがいもあって好きだよ」


「そりゃあ、父さんが作る歌は世界一だからな」


 少し大人びた小学5年生の息子から賛辞を受けて、父はおとなげなく胸を張る。お世辞かもしれないなんて決して思わない。


 歌が聴けて満足した凛は、父に思いきり抱きついた。父はそっと抱きしめてくれた。


 そんな大好きな父と頼れる兄との穏やかな生活は、長くは続かなかった。

 

 翌年、父は心臓発作で亡くなった。過労だった。


 母は産後うつを悪化させて、凛が物心ついたときからずっと心身の調子が優れない。父は母と子ども二人を養うために朝も夜も働いていた。


 家族思いの父は、どんなに忙しくても食事はいつも一緒に取ってくれた。仕事の余裕がある日には、自作の曲をギターで弾き語りしてくれたりもした。


 父の亡きあと、母は実家に戻り療養することになった。両親と別れた凛は、父方のおじさんに引き取られ、いとこと一緒に育てられることになった。

 

 俊も、凛と一緒におじさん一家で育てられるはずだと凛は思っていた。


 しかし、大人の事情でそれはかなわなかったようだ。俊は、知り合いの伝手をたどって、近隣のL国に渡り現地の中学校に進学することになった。


 俊がこの国で過ごした最後の日のことを、凛は今でも覚えている。


 凛は当時小学2年生で、俊は小学6年生。


「お兄ちゃん、ほんとに行っちゃうの?」


 荷物をまとめて玄関に向かう俊に、凛は追いすがった。


「うん、もう行かなきゃ。凛はさみしくても我慢するんだぞ。おれもL国でがんばってくるからな」


「もう会えなくなるのはやだ! いつになったらまた会えるの?」


 涙目で尋ねる妹に、俊は優しく微笑んだ。


「そうだな、凛が大人になったら、かな。大人になったら迎えに行くから、それまでお互い元気で過ごそうな」


 そう言って、凛をぎゅっと抱きしめる。


「絶対だよ。絶対、迎えに来てね。待ってるからね」


「うん、約束するよ」

 

 凛は俊の胸の中で、こらえきれず涙を流した。


 あの別れから、もうはや15年が経った。


 俊は、まだ凛を迎えに来ていない。


 それもそのはず、俊はL国で仕事に邁進しているからだ。忙しくて凛を迎えに来る時間もないことは、凛も十分よくわかっていた。


 それでも、どうしてもさみしさに負けそうな夜もある。


(お兄ちゃん、私、もう大人になったよ)


 夢の中でつぶやく。


(私はもう23歳になったよ。早く、お兄ちゃんに会いたい)


 夢の中でしか素直になれない凛は、今夜も夢で静かに涙を流した。


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